25.第二部

 闘技場の真ん中までやってくると軽い準備運動を始める好青年。やる気満々といった感じに袖を捲り上げながら歩いて来たが、その袖は丁寧に何度も折り返されている。それを見ただけでも育ちの良さが窺い知れる彼の名はアレクシス・エストラーダ・ヴォン・サルグレッド、会議場にもいたサルグレッド王国唯一の王子にして次期国王様だ。


 鼻筋が通る整った顔は物語に出てくるような “ザ・王子様” といった印象。切れ長の目に嵌る空の色を濃くしたような露草色の瞳は穏やかな雰囲気を携え、短く整えた銀色の髪が清々しい爽やかさを醸し出す。

 陛下とは違い細身ではあるものの、それでもしっかりと鍛えられているだろう純白のシャツから伸びる腕にはしなやかな筋肉が付いており、会議場での華奢なイメージを覆すに十分だった。


 俺よりも高い百八十センチを超える長身は、その半分を占めるのではないかと疑いたくなるほどに長い足がよく目立つ。その対比で腰に下げた二本の剣が短く見えるが、あれは剣幅が広いので恐らくグラディウスと呼ばれる剣だろう。実際の刀身も五十センチそこそこしかないはずだ。

 同じ二刀流でもリリィは細身の剣で速さ重視だったが、王子様はそれよりも少しパワー寄りだと推測できる。


 両手を二剣の剣柄に置いた姿は “出来る男” の雰囲気が抜群で、どの程度の実力かは分からないがガイアと同程度だと思っていた方がいいかもしれない。



⦅今回の御前試合は期待の超新星ハーキース卿の実力をお披露目する舞台っ、近衛三銃士が一人、ガイア氏を撃ち破った直後だが、まだまだやれそうな雰囲気は流石だぜ!

 第二試合で相対するのは自ら名乗りを挙げた我等サルグレッドの王子アレクシス・エストラーダ !多くの女性を虜にするあまぁ〜いマスクに、近衛兵にも勝るとも劣らないとさえ言われるほどの実力を兼ね揃えた誰もが羨む人物だ。次期国王は果たしてハーキース卿を打ち破る事が出来るのか!?注目の第二戦もすぐにスタートですっ!⦆



 ノって来た司会者が「始め!」と告げた直後、歓声の波をものともせず一際目立って聞こえて来たモニカの声。


「お兄ちゃ〜〜んっ!アレクシス王子なんてけっちょんけっちょんにやっつけちゃえ〜〜っ!」


 おいおい、君の声よく通るんだから、そんな事を大声で言うんじゃありません……逮捕されても知らないぞ?


「すみません。後で叱っておきますんで、どうか許してやってください」


「はははっ、大丈夫だよ。モニカ嬢は相変わらずだな。私の妻になる女性もあれくらい活発な人だといいのだが」


 そうか、貴族もそうだが王子ともなると尚更結婚相手は選べないのか。政治が絡み、権力を維持していくためには結婚すらもその手段となってしまうんだな。なんだか可愛そうな人だ。


「モニカをご存知なのですか?」


「あぁ、昔から知ってるよ。彼女は妹の幼馴染でね、よく城に遊びに来てたんだ。君はお兄ちゃんと呼ばれているようだが本当の兄弟ではないよね?」


「はい、俺が彼女の事を妹みたいだと言ったらそれ以来そういう呼び方になっただけです」


「そうか。まぁその話はまた後で聞かせてもらうとして、今はこの時を楽しむとしよう。

 それでだ、唐突で申し訳ないんだが一つ頼まれてくれないかな?って言っても大した事じゃない、ただ手加減をしないでもらいたいだけなんだ。

 私は次期国王、いくら構わないと言っても国の兵士である近衛には私の身を案じて手を抜かれてしまうのだ。かといって、行動が制限される私が相手を頼める者など居やしない。


 だが都合の良いことに君が現れた。


 三銃士の中でも最強を誇るガイアを打ち負かすような奴などそうそう出会えるものではない。だから頼む、私は自分の力がどの程度なのか知りたいのだ。私のささやかな願い、聞き届けてはもらえないだろうか?」


 権力者ってもっと自由に生きてると思ってた、なんでも自分のやりたい事が出来るのだと。実際にはそうではないらしい。結婚にしたってそう、たかだかこんな手合わせにしたってだ。偉い人は偉い人なりに大変なんだな。


 俺が同意を示して頷くとアレクシス王子も満足げに頷き返して来たので少し離れて朔羅を抜いた。すると彼も両手を置いていた二本の剣を優雅な動作で抜き放つが、たったそれだけのことで目を見開かされる。

 確かに両手に持った筈のグラディウス、その無色透明な刀身は、まるで刃が存在しないかのように見えてしまう特別な物だった。


「驚いたかい?これでもセドニキスという列記とした金属製なんだよ。ミスリルよりも魔法伝道率が良い物でね、見た目も美しいから気に入ってる」


 アルの剣と同じ金属ではあるものの純度の違いからか、上質なガラスで出来ているようにさえ見える。エレナが欲しがりそうな綺麗な剣ではあるが、アルの剣でも金貨何千枚。それよりも価値が高いだろう剣が二本って……。


 無色の剣身が緑色に染まれば、風の魔力を帯びたのが一目で分かる。綺麗なのは認めるが、分かりやす過ぎて実戦には向いていない。

 手返しの良い剣身に風魔法を付与させて剣速を速くした、ならば相手に主導権を奪われる前にと足早に一歩を踏み込んだ。


 横薙ぎにした朔羅が二本のグラディウスに阻まれる……何故に二本?


 疑問に思いつつももう一撃入れれば、今度は一本で受け止めた後に逆側からの反撃が襲いかかってきた。どうやら王子様は確実性を重んじる慎重派のようだが、言い方を変えれば思い切りが悪いという事。


 しかし、応用力は高いらしい。


 彼の力量を推し測りながら徐々に威力を吊り上げつつ、打ちつ打たれつの攻防を続けること数度。単に力を隠している可能性もあるが、何となくガイアほど精錬された脅威は感じられなかった。


 何回目かの攻防の後で少し距離をとるが、二本の剣に風魔法が付与されているというのに風の刃を飛ばしてもこない。


──魔法が得意ではない?


 緊張からなのか、慎重過ぎるのが気にはなる。だが、経験が足りてないのが丸わかりだとはいえ剣の腕は悪くない。

 司会が言うように『近衛に勝るとも劣らない実力』なのかもしれないが、その上位者であるガイアとやりあった後では拍子抜けもいいところだった。過度な警戒をした俺が悪いといえばそれまでだが、本人の申告通り腫れ物を扱うように基本的な事しかさせてもらえなかったのかもしれない。


「クッ!やはり、強い」


 身体強化を強めて再び距離を詰める。

重くなった斬撃を片手で受け止めたアレクシス王子だったが先程のようにはいかず、整った顔を歪めて身体に力を入れる。それと同時に彼の体内を巡る魔力量が増加し、俺の打ち込みに合わせて身体強化を強めたのが感じられた。


「まだまだこれからですよ」

「くぅぅっっ!」


 一振りごとに威力を強める朔羅の斬撃、抑えきれない焦りを滲ませつつもそれに対応しきるアレクシス王子。最早片手では足りぬとせっかくの双剣にも関わらず赤色に染め換えられた二本の剣身で派手な音を響かせ、朔羅を食い止める度に力のかかる後ろ足は土埃を撒き散らしていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る