24.純粋なる力
先端の斧部分に重心のあるハルバードは、振り子作用で一撃の威力が桁違いに増す。しかし、それを振るう方もテコの原理で相当の負担が強いられるというのに、まるでただの棒きれを扱うかの如く軽々しく振られた狂気の刃。
ソレを正面から受け止めれば、巨大な岩でも降ってきたかのような重みが全身に伝わり、初撃から膝が折れそうになる。
やはり見た目通りのパワータイプ。だが、それにしても限度ってものがあるだろう!
朔羅が折れやしないかと心配になるが相も変わらず美しい剣身はそんなこと梅雨知らず、ほんのりと滲み出る黒い霧を太陽の元に滴らせていた。
「ハッ!止めやがったか」
僅かな膠着で交差した視線、ガイアのギラギラした目は嬉しさが混じっているように感じる。加減なく戦える遊び相手を見つけた、そんな喜びが滲み出ていた。
ハルバードを押し返し、今度はこっちからと左右交互に打ち込むが、重い筈の槍を軽々と使いこなして朔羅の斬撃をものの見事に弾いてみせる。
「チッ」
それならばと離れ際の一撃、朔羅に纏わせた風魔法を後退しながら撃ち込む。刀身を離れた緑色の三日月が僅かな飛空でガイアに襲いかかるが、口角を吊り上げた奴のハルバードがそれを叩き落とす。
鉱山であれ程の時間を費やしても出来るようにならなかった武器に付与した魔法の切り離し。
しかし、プリッツェレに来てからというもの理由は分からずとも妙に身体の調子が良く、魔力の収束もだが魔法の威力すら強くなっていた。試しにやってみたらすんなりと出来てしまったというなんとも言えないオチ……日頃の努力のおかげか?その時は戸惑いもしたが強くなっているのなら問題は無い。
地面に激突した風の刃が砂埃を舞い上げガイアの姿が見えなくなってしまった。
不味ったと思えど後の祭り、その中から飛んで来た槍のような風魔法を躱すと大回りして反対側へ。あわよくば背後から襲えるかとの思いがあったが流石にそんなレベルの相手ではない。
「なっ!?」
斬り込んだ朔羅をあっさり弾かれたがそれは想定内。その直後、うっすら見えた腹に蹴り入れた脚は奴を捕らえるのに成功した──が、予想外の硬い感触……なんじゃこりゃ!?
まるで金属製の壁でも蹴ったような感触に驚いてしまうが、今はそんなことに気を取られている場合ではない。
一瞬の躊躇、されどそれが命取りになりかねない。反動を利用して慌てて飛び退けば、当たれば即死クラスの容赦ない攻撃が襲いかかる。しかし間一髪、俺の離脱の方が早く事なきを得た。
それを追いかけ無防備に突っ込んでくるガイアを振り下ろす朔羅で受け止めた。踏ん張りを効かせる後ろ足は土埃をあげて短い溝を地面に掘る。圧倒的なパワーに悲鳴を上げた全身に火の魔力を注ぎ込んで強化させた肉体。力自慢の脳筋野郎に力でぶつかり合い、鍔迫り合いの押し相撲へと絡れ込んだ。
「やるじゃねぇか “人間” 」
間近に迫るガイアの顔は白い歯を見せながら笑みが浮かんでいた……本当に楽しそうだな。
だがその口から漏れ出た言葉に一瞬、理解が追いつかない。
──人間? お前も人間だろ?
強敵との戦いで楽しくなって来ていた頭の中に嫌なモノが過ぎる。
“サルグレッドに巣食う魔族”
まさか……こいつがそうなのか!?
でもなんでそれを俺にバラす?そんなことをして、こいつになんのメリットがあると言うんだ?
「ケネスの野郎をけちょんけちょんにしたそうだな、いい気味だったぜ。あのまま死ねば良かったのに残念だよ。次は息の根を止めてやれよ?」
「お前っ!やはり魔族なのか!?ケネスはまだ生きているんだな?」
「まぁそう熱くなるなよ。お前が俺の事をバラしたって誰も信じないぜ?俺の方が信用がある上に魔族だって証拠も無いしな。それにしてもお前、良い腕だな。久々に熱くなって来たぜ!」
魔族なら角や羽、尻尾といった身体的特徴があるはずだ。なぜバレていない?それを隠せる魔導具か何かがあるというのか?
どっちにしてもこいつは魔族だ。憎むべきケネスの仲間!!……だが、ケネスを殺せとはどういうことだ?
「ケネスと仲が悪いのか?お前が奴を殺せば良いだろう?」
「ばぁか、俺にも立場って面倒くせぇもんがあるんだよっ。力が全ての魔族っつったって好き勝手は出来ないんだぞ?
だが今はそんな事よりっ!楽しもう、ぜっ!」
今までが加減していたかのように、あっさり押し返されて距離が生まれる。
間髪入れずに降ってくる鉄の塊を避けると共に炎を纏った朔羅が刀身を伸ばす。これで奴のハルバードと同じリーチ!
「はぁぁぁあっっ!!」
更に魔力を注ぎ込み、身体強化の効果を高めた。漲る力のままに炎に包まれた朔羅を何度も振るう。
だが流石は魔族。突然変わった俺の射程に一瞬で順応しやがる。
数は少なくとも個の力が強いとされる魔族。そう何人も会った訳ではないが、少なくともケネスには耐えられない苦渋を味合わさせたし、ルミアと渡り合うアリサに至っては奴よりも更に強いだろうとは想像がつく。
二人が魔族でどれ程の位置にいるのかは分からないが、世界で唯一の国という体系を持つサルグレッド王国の中でも頂点に位置する近衛三銃士の一人に謳われるガイアは、人間という種族の中で見たとすれば最強クラスだと言えよう。
「ハッ!」
「フンッ!」
空気を切り裂き唸りを上げるハルバード、それに抗う炎の刀身。二メートルを超えるような長物が打つかり合うなど見る機会はそうそうない。
打ち合う度に轟音と火の粉が撒き散らされる。幾度となく繰り返される鍛造にも似た光景。此方が押せば相手も押し返し、相手が押せば此方も負けじと押し返す。技も何もない、単純かつ明瞭な力と力のぶつかり合い。それは子供のような意地の張り合いだったのかもしれない。
純粋な力で相手を屈服させる、魔族でありながらそんな無垢な心で打つかって来るガイアに興味を惹かれたのは否定できない──いや、俺はまた “魔族” なんて色眼鏡を……。
気が付けば静まり返る観客席、皆一様に固唾を飲んで勝敗の行方を見守っているのだろう。
心が熱くなる愉しい時間。
『コイツには負けたくない』
いつしか頭には、そんなことが思い浮かんでいた。
それが当然の事のように吸い寄せられるハルバードと朔羅。互いを主張し合い、袂を別つ刹那の隙間、顔に当たった米粒ほどの小さな水玉が奴の気を僅かに逸らした。
「!?」
チャンスを逃すまいと全力で飛びかかる。僅かに判断が遅れたガイアは慌てて後退を始めるものの返したハルバードも間に合わず、振り抜かれた朔羅にその身を晒すこととなった。
宙を舞う赤い液体……しまった!そうは思うも既に遅し。魔族ならばアレぐらいでは死なないだろうと祈るように思いつつも、激しく焦る自分がいた。
愉しい時を演じた友とも呼べる存在、それを自分自身で斬り殺した!?
土埃をあげて大の字に倒れるガイア。どういう身体をしているのか、思い切り斬られた割には吹き出した血の量が異常に少なく、それを見れば死んではいないのだろうとは安心できた。
それでも斬られたことには変わりはない。腹から胸にかけての皮膚が切り裂かれ赤い筋が入っていた。だが、どう考えても傷が浅すぎる……こいつ、化けもんか?
「あ〜あ、油断した」
火の魔力が包んでいたとはいえ凄まじい斬れ味を誇る朔羅の斬撃をまともに受けた。なのに、たいして出血もせず、意識もはっきりとしている様子。水魔法の身体強化で防御したようにも感じられなかった。だとすれば純粋に肉体そのものが強靭だと?……そんなバカな。
⦅勝者、レイシュア・ハーキース!⦆
司会の声が響くと会場に歓声が響き渡る。すると一人の女性が駆け寄って来てガイアの隣に慌てて座り込む。胸にかざされた両手から柔らかな光が発っせられると、出来たばかりの傷を包み込んだ。
程なくして光が収まれば俺の付けた傷など綺麗さっぱり消えている。
癒しの魔法……か。もしあの時、俺にその魔法が扱えたのならユリアーネが命を落とすことはなかったんじゃないだろうか。ルミアが来るまでの間、少しでも治療できていたらユリアーネは……。
過去のタラレバに囚われぼんやりしていれば、女性が立ち上がり一歩退がったところでガイアが起き上がる。
「おいおい、勝負を制したやつがなんて顔してるんだ?お前は近衛三銃士に勝ったんだぞ?もっと誇れや。
お前が俺の事をどう思ってるのかは知らないが、俺はお前の事が気に入ったぜ、レイシュア。またヤろう、じゃあな」
ハルバードを拾い上げると俺の肩を叩く。その手は力強くとも優しいものだった。
入ってきた扉へと歩みを進めるガイア、その背中は広く、逞しさを感じる。
多分あいつはワザと負けた。そこにどんな計算があるのかは知らないが、多くの民衆が承認となる大舞台で俺に『三銃士を倒した』という滅多な事では手に入れられぬ高嶺の花を持たせるために。
変わった魔族だな。ケネスのような下衆な感じは一切ない、寧ろ好感が持てる奴だ。『魔族だから』という目を向けてしまったことを謝りたいくらいに……こんな心の有り様じゃあ、アリサに謝罪したとしても許してなんてもらえやしないな。
⦅なんとなんとっ!近衛三銃士ガイア・トルトレノを撃ち破り、勝ったのはハーキース卿だっ!これは予想外!誰がこの結果を予想する事が出来ただろうかっ!?実力で貴族の地位を手に入れたというのは本当だったぁ!!
正直に言おう!彼が上級モンスター、オーガ六体を相手取り、見事打ち倒したと聞いた時、そんな奴がいるわけがない、そう思っていた!
だぁが、しかしっ!その彼は今、まさに今、我らの目の前でガイア氏を見事撃ち破ってみせたのだぁ〜〜っ!!つまりこれは彼の噂が本物だったということの証明に他ならないっ!
みなさんっ!彗星の如く現れた英雄の誕生を拍手で祝おうじゃないか〜っ!!!!⦆
俺の勝利が予想外だったのだろう、興奮した司会者が席に登り大袈裟な手振りを交えながら扇動すれば、観客席が歓声の渦に飲み込まれる。闘技場に残る俺へと向けられた拍手の雨、ただやってきた対戦相手を倒しただけなのにこんなにも大勢の人に褒められ少しばかり照れ臭くなる。
「次は私にやらせてくれっ、いいだろ?ハーキース卿」
そんな折、ビップルームから飛び降りたのは銀髪の青年だった。
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