10.夢

 アレ?ここは何処だ? なんで俺はこんな所に……?


 気が付けば星さえも見えない真っ暗な場所。地面すら無く、自分以外の何者も居ない空間だというのに恐怖は感じず、不思議と懐かしい感じさえする。


 ふと頭の中を何かが過り、自分の手へと視線が落ちる。

 するとそれは随分と小さな子供の手。 これはもしかして夢の中なのか? こんな夢、いつか見たような気がする……。


 気になって周りを見渡せば、遠くに見えるぼんやりとした灯り。それを目指して歩いて行けば、巨大という言葉では足りないほど大きく、天を突き刺す壁のような巨木が闇の中に浮かび上がってくる。


(確か……こっち)


 朧げながらも思い出される記憶の断片。淡い光を放つ巨木の足である複雑に絡まるようにして伸びる根と根の間、影となった暗闇に足を向ければ予想通り牢屋のようなモノがあった。


 やはりこれは昔見た夢だ。この牢屋の奥には女の子が居て……


「……だれ?」


 凪いだ水面みなもに落ちた一雫、心にそっと響き渡る透明感のある美しい声が聞こえてくる。


──この声、やはり何処かで……


 一切の光が無い部屋の奥、膝まで伸びる金の髪を揺らして碧い瞳をしたお人形さんみたいに美しい少女が姿を見せた。


「俺はレイシュア、君はどうしてそんなとこにいるの?」


 十歳にも満たない幼女とも言えるほど幼き彼女。牢屋に閉じ込められているにしては不釣り合いな綺麗で白い服には金色の縁取り刺繍が入っており、質素なデザインでありながらも貴族が着る物のように上質さを感じさせる。腹部で大きく開いた服からは雪のように白い肌が顔を出し、暗闇を照らす太陽のように俺の目を奪う。


 一度見たら忘れられないこの世のものとは思えないほどの美しさ、触れた瞬間に壊れてしまいそうな儚げな少女にはやはり会ったことがある。


「貴方がレイシュア!会える日をずっと楽しみにしてたのよっ」


 感情の無かったお人形の顔に一瞬にして笑顔の花が咲き乱れる。その華やいだ顔はまさしく天使。愛くるしくもあり、こんなに小さな少女なのに美しいとさえ思わせる。

 そんな不思議な容姿に見惚れて言葉を返せないでいると、ゆったりとした足取りで近付いてくる。


「私はエルシィよ。夢でね、見たのっ。大人になった貴方が私を此処から出してくれる夢よ。素敵ね、本当に現れた!」


 牢屋の格子に身を寄せ、少しでも俺に近付こうと伸ばされた両手を取った。柔らかな小さな手、こんな少女がなぜこんな所に捕まっているのだろう?


「それなら今すぐココから出してあげるよ。俺はもう立派な大人だ」


 一瞬キョトンとした彼女は、手はしっかりと繋いだままに格子から身体を離すと ピョンピョン 小さく飛び跳ねる。コロコロとした笑い声、何故急に笑い出したのかは分からなかったのだが、楽しそうな姿を見ているとこっちまで笑顔になってしまう。


「あははははっ。レイシュア、冗談も上手いのね。でも大丈夫、貴方が大人になるのぐらいちゃんと待てるわ。だって、もうすぐなんですもの。

 でも約束してね……大人になったら迎えに来てくれると。 ねぇ、約束よ?」


 無邪気な笑みでのウインク、そんな可愛らしい顔を見た途端、強烈な目眩に襲われ意識が遠退いていった。



▲▼▲▼



 夢を見た。俺の中にこんな欲望があるとは認めたくはない代物だ。

 いや、確かに似たような願望を抱いた事は否定しない……だが、それにしても自己嫌悪に陥りそうなほど酷い夢だった。



 自分では動かない全裸のユリ姉、その身体を揺さぶり、好き放題に貪っているのは他ならぬ俺自身。


「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」


 まるで知性無き野獣の如く本能の赴くままに自分自身を突き入れ、豊な胸を握り潰すかのように力の限り揉みしだく。

 食いちぎる勢いでかぶりついた白くて柔らかな肌、身体の至る所に赤い痣が出来ており、俺が付けたのだろうとは容易に想像がつく。


 自分でやっている事なのに反吐が出そうな気分、できる事ならば思い切り殴り飛ばしてやりたい。


 何故こんな夢を見るのだろう?俺って実はそんな奴だったのか?

 こんなことをしたいと心の底で思いながらユリ姉の隣にいたのだとしたら、この世の中で最も醜い男だな、俺。


 それでは満足出来なかったのか、欲望を吐き出したにも関わらずユリ姉を蹂躙する動きは止まらない。


(頼むからもうやめてくれ!!!)


 何度も何度も繰り返される行為に目を逸らしたくなるが、それでもヤっているのは俺自身。



(やめろ……やめろっ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!!!)



 否応無しに見せ付けられるその光景を否定しようと声を大にして叫び続けた結果、夢の中だというのに意識を失うこととなった。



▲▼▲▼



 差し込んだ朝日が早く起きろと瞼をノックする。もう少し寝かせてくれと顔の上に腕を置いて眩しい朝日をシャットダウン。

 朝だと言うのになんだか妙に身体が怠い。


──昨日、何してたっけ?


 確かユリ姉と二人でベルカイムで酒を買って……そうだ、ルミアのお遣いでフォルテア村に帰る途中だったんだ──んんっ?途中?


 途中で……そう、途中で、魔族を見かけた。


 三人居た。アリサと貴族風の男と……ケネス!そう、確かあのケネスが居て、俺はケネスを追いかけて……追いかけて、フォルテア村に着いた。


 着いた、けど……けど、母さんが倒れていて、慌てて駆け寄ってみたけど……腹に穴の空いた母さんは息をしてなかった。


──そう、母さんは死んだんだ


 すぐ近くにプリエルゼ母さんも居た。居たには居たけど……胴体が半分に千切れてた。

 ケネスに……魔族に殺されたんだ。


 母さん……俺がもっと早く帰っていれば二人は死なずに済んだのに……ごめん、ごめんな……。


──その後は殆ど記憶が無い


 ケネスを追いかけ村を走った時、リリィのおばさんの下半身が黒焦げになって死んでるのも見た。

 辛うじて顔の判別がついた爺ちゃんらしき肉の塊もあった。他にもいっぱい殺されてた。


 それから、ケネスと戦った気がする。


 その後、どうなったんだろう? 俺がベッドで寝ているということはケネスを討ち取ったのか?


 母の……村人達の死にとても冷静になっている自分に気が付き、事の顛末を知るべく目を開ければ ボロボロ になった家の中。

 傾き、穴の空いた屋根だが、壁だった物の隙間から見える押し潰された隣の部屋とは違い、不思議とこの部屋は無事でそれなりに綺麗なままだ。


 寝転んだまま視線を回すと見覚えのある部屋、そこはリリィの部屋だった。


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