13.下から降る雨
今までとはまるで違う風魔法の使い方に強い興味を示し、丸一日経った今でも熱心に練習を続けるのは他ならぬエレナだった。
「あれは《サヨナキドリ》と言う美声で知られる小鳥なのですが、可愛らしい姿からは想像し難い程に獰猛な一面も持っていて、食事の時には群れで大型の動物を襲い骨だけにし……」
ついこの間は競い合うように魔物退治をしていたというのにその熱はすっかり冷めてしまったようだ。
ジェルフォが解説してくれるサヨナキドリが今夜の食事にと俺達を見定め五十羽程の集団で向かって来ていようともララとノンニーナの話に熱心に耳を傾けており、チラリと視線を向けただけでそれ以上の反応がない。
「行け、雷龍!」
ティナの両手から解き放たれた細い雷撃は数日前より幾分形が整ったことで龍っぽく見えなくはない。しかしモニカの水蛇とは年季が違うので比べたらいけないのかもしれないが、まだまだ進歩が足りてないようだ。
だが見た目とは裏腹に技術の方は昨日のララの話からヒントを得たようで、思わず感嘆が漏れるほどに向上している。
鳥の群れに向かうのは一撃で全てを消炭にするような太い雷龍ではなく『調子悪い?』と心配になるほど細いモノ。
しかし群れの両端にいる個体へと二頭 (?) がそれぞれが接触すれば、全てのサヨナキドリを糸で結ぶかのように隣で羽ばたく個体へと電撃が伝い、巨大な光球の如く昼空が明るくなった。
「わぉっ!ティナ凄いじゃんっ」
「うん、素敵ね。集団を相手するには効率的な使い方だわ」
この世の中は弱肉強食。向かって来なければ無闇に殺生する事も無いだろうが、こちらとて鳥の餌になどなるつもりがさらさらないため彼等が哀れだとは思わない。
黒焦げになり一斉に落ちて行く鳥の群れにモニカとサラが賞賛を送りドヤ顔のティナが胸を張ったまさにその時、火の魔力がほぼ真下から接近するのを感じた。
「なにっ?」
俺達がいるのは風壁を応用させた風の絨毯の上。当然、ちょっとやそっとの攻撃ではビクともしないような造りだ。
雪を膝の上に抱っこして座るという至福の姿勢だとしても魔法の接触した音が聞こえるだけで振動すら伝わって来ない。
「そういえば来るかもって言ってたわね、油断してたわ。ごめん」
ザモラ山脈の裾野に入ると何日か進んで来た大森林とは若干の装いを変え、上からでは殆ど地面が見えないほどだった木の密集度が幾分減り、それに加えて木の高さも低くなったためにちらほら地面が伺える場所も出てきた。
それはつまり地上からも俺達のことが見えるという事で、こんな怪しげなモノが空に浮かんでいれば何かある前に撃ち落としてしまえとなるのは当然の心理だと思うので、攻撃されたこと自体は仕方がないと自覚してはいる。
木々の合間から放たれた第一派の魔法で無傷だと分かれば、第二波は本腰を入れたらしく猛烈な勢いで火球が降り注ぎ爆発音が鳴り響いている。
しかし遅れたとはいえ、即座に展開されたララの結界がとめどなく放たれる火魔法を完璧に遮断してくれるので何ら心配はない。
「いや、俺も油断してた、というか気にしてなかったと言った方が正確かな」
「自分の力に自信があるのは良いが、油断や慢心とは得てして災いを招くぞ?ましてや其方はこの集団の中心人物、其方の行いが皆の行く末を握る事を努努忘れるでない」
「心するよ。ありがとう、ノン」
「…………ノン、じゃと?」
“ノンニーナ” と呼ぶと怒るし “ノンちゃん” は俺が恥ずかしい。
妥協案で “ノン” と呼ぶ事にしたのだがそこは受け入れてもらえたようで、一瞬 キョトン とした後で何故か少しばかり頬を赤くしながらニヤケ始める。
「ノン、か……其方だけの特別な呼び方も悪くない……うむ、悪くないぞ?」
みんなと少し違う呼び方をしただけで何処か違う世界にトリップしてしまったノンニーナ。そんなに喜んでもらえて光栄の至りだが今は放っておいてやる事をやろう。
「ティナ、行くぞ」
「はぁ!?何で私が……ちょっ、ちょっと!」
若干怒り気味のティナの腰を抱きかかえれば言葉とは裏腹にしっかりしがみ付いて来るので、そのまま風の絨毯から飛び出した。
「殺しちゃ駄目だからね〜っ」
言われるまでもない事だがそんな事は彼女も分かっており、ただの見送りの挨拶に過ぎないのだろう。
アリシアの声に振り返る事なく手を挙げて返事をすると風壁を展開させ、これから戦いに身を投じるというのに嬉しそうな顔で俺を見上げるティナと二人で下から降る雨のような火球の嵐の中へと身を投じた。
▲▼▲▼
前衛とは、戦闘の最前列に立って敵の攻撃を防ぐ、もしくは躱しつつも相手の注意を引きつける役目を負う危険極まりない立ち位置だ。
それは必然的に相手の攻撃に対応する為の瞬時の判断力が生死を分ける重要な要素であり、それに耐えうるだけの防御力、もしくは回避能力が要求される……というのが俺の持論なのだが強ち間違いではないはずだ。
カナリッジ襲撃の際、単独行動に出たティナは複数の上級モンスターに臆する事なく挑み勝利を手にしてきたと言う。
それならば、撃ち込まれる火魔法の数だけは凄いものの、それさえ捌き切れば大したことはないだろうと踏んだ今回のサラマンダー族の襲撃もそつなく凌ぎきれると踏んで連れて来てみたのだ。
だがしかし、ティナとて大事な仲間。それも、自分の妻という掛け替えの無い存在なので『行ってらっしゃい』と放任できる訳がない。
本音を言えば怪我をしないかと心配で堪らないのだが、彼女の望む強さとは、手入れの行き届いた庭でぬくぬくと紅茶を飲んでいるだけで手に入るものではないので俺が我慢するしかないのだ。
「アリシアも言ったけど、交渉相手を殺したら駄目だぞ?なるべく怪我もしない程度に戦闘不能に持ち込むんだ。 相手は魔法が得意なようだから素早く接近して腹にでも一撃いれてやれば大人しくなるんじゃないか?
それと、くれぐれも怪我をしないように無理は……」
風の絨毯から飛び出した俺達は当然のように火魔法の雨に晒された。だが的が小さい分当てるのは難しかったようで、十発ほどの被弾だけで難なく地上に降りて来られた。
「あーーっ!!もぉ!わかってるわよ! どっちが多く倒すか勝負よっ、じゃあっっ」
心配からくどくど言い過ぎた俺をうざったそうな顔で一瞥すると視線は既に、俺達を優先すべき排除対象として集中砲火してくるサラマンダー達へと向けている。
地に足が着くなり雷魔法で身体強化をすると、飛んでくる火魔法の波が弱まった一瞬の隙を見定め、魔法を遮っていた風壁など無いとばかりに一直線に飛び出していくものだから俺の方が焦ってしまう。
「お、おまっ……!?」
慌ててその進行方向にある風壁を解除すると同時、黄色い光に包まれたティナが地面スレスレの低姿勢で三人一組で固まるサラマンダー達に向かい、正に雷の如く一瞬で距離を詰める。
「なっ!?」
自分達の放つ火球の下を掻い潜って来た敵に目を丸くしたのも束の間、身を逸らす事すら出来ないままにティナの拳が深々と鳩尾に食い込む。
「ごふっ!」
身体をくの字に曲げながら、強制的に肺の空気の全てを吐き出させられる強襲者の一人。
殺さずの約束を守ったティナは、一瞬にして勝ち星一を手に入れたようだ。
それにしても奇怪なのは強襲者達の出で立ち。
遠目にも確認できるほど目立つのは、三人が三人共持ち合わせている豊か過ぎる胸である。
ソレに加えて身につけている衣装。
申し訳程度しか布地の無いビキニに、迷彩柄の腰巻パレオのような布を巻いただけの『森林でそれ!?』と目を疑う格好である。
パレオを突き破り地面まで垂れ下がる赤黒いトカゲの尻尾より何より、胸を覆う布から溢れんばかりのお胸様が ブルンブルン と激しく揺れ動く様子に思わず目を奪われたのは男として致し方ないのだと空気を読んでくれ。
「へっ?」
すぐ隣に居た仲間が突然倒れれば驚くのも無理もない。
口に手を当てて目を丸くした時にはティナの第二撃が彼女の腹部を捉え、次の瞬間にはその逆側に居た女も悲鳴をあげる間も無く身体を曲げて地面へとダイブする。
瞬く間に三人が倒される様子は近くに居た他のグループからも確認出来たようで、唖然として攻撃の手が止まってしまったようだ。
──静寂が支配した戦場で三秒という時間はいささか長すぎた
そんな彼女達の都合などお構いなしに電光石火で別のグループに肉薄すると、一撃の元に地面へと沈めて行くが『種族特性ですか?』と聞きたくなるほどに揃いも揃って持ち合わせている特大のお胸様をクッションに倒れ込むのは、女性の顔に傷を負わせないようにと配慮したティナの心配りなのだろうか……。
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