幕間③──エレナの決断 上
『お前はお留守番』
私は一人だけ置いてきぼりです。
酷いと思いませんか?
ぐいぐいと迫る強力なライバルだったティナさんとお別れを告げ、これからは私の時代ねっ!っと意気込み、レイさんの家までの道中ではここぞとばかりに ベタベタ しまくって来ました。
森を抜けて着いたところは森の中にあるとは思えないほど広〜いお家。二階は無いけどちょっとしたお屋敷ですか?ってくらいの広さでびっくりです。
これから私とレイさんの愛の巣になるお家なのねと デレデレ していたら、その日の夕食の席でコレですよ。
「私がいないと寂しいでしょう?」
当然私は食い下がります! せっかく一緒の家に住めると思ったのに肝心の人が出て行ってしまっては意味がありません。
しかし私の願いなど聞き入れてもらえず、先生の「兎ちゃんはダメよ」という一言もあって敢え無く撃沈しました。
仕方なく……仕方なぁ〜くチュウで我慢してあげようとおねだりするも、それすら受け入れてもらえず打たれる始末。あぁ、私って何なんだろうと落ち込むのも当然ですよね?
レイさんは私の事が好きではないのでしょうか?いえいえ、そんな筈はありません。大切に思いもしない人の為に金貨七千枚も借金してまで助けに来てくれるなんてことがあるはずが無いんですもの。
ふてくされ、机に頬杖を突く私を放っておいてレイさんは寝室へと向かいます。それをジトッと見ていても振り返ってもくれません。
『明日から離れ離れだから今日くらいは一緒に寝てやる』
そんな一言を期待していた私は当然のように独り置き去りです。寂しさと悲しさで涙がジワリと湧いて来たところにポンポンと優しく頭を叩かれました。
「ヤツはヤツなりにお前のためを思ってのことだからな、そう落ち込むな」
慰めてくれたアルさんはカッコよく後ろ手を振りながら部屋へと戻って行きました。
アルさんもとってもハンサムさんです。
サラサラの金髪に何処かの王子様のような端正な顔立ち。物静かで普段はあまり喋りませんが、こうして気を遣ってくれるとても優しい人です。クロエさんが惹かれるのも納得のイケメンさんなのですが、私が運命を感じたのはアルさんではありませんでした。
“レイさんが冷たいのならアルさんに鞍替え!” な〜んて事が出来たらどんなに楽でしょう。人の心などそうコロコロと簡単に変わるものではないので、そんな事は無理ですよね。レイさんにアルさんの優しさの半分でもあればもっと私に優しくしてくれるのになぁって、その時は思いました。
その夜はふて寝です!
こっそりとレイさんのベッドに潜り込もうかとも思いましたが、なんだかそんな気分にもなれず一人寂しく布団で丸まりました。レイさんと一緒に居たいのに明日からは会えなくなる、なんだかやるせない思いを胸に眠りにつきました。
次の日の朝、呆気ないほどあっさりと私を置いて旅立つ四人。仲間外れ感が半端なく泣きたくなります。
そりゃぁ私には戦う力はありません。レイさん達が向かった先が危ない所だとも分かっています。それでも好きな人と一緒に居たいと思うのはイケナイ事なのでしょうか?
私は一人、家の近くの眺めの良い丘の上で膝を抱えてぼんやりとしていました。
レイさんと出会ったのはもう五年も前になります。私が人間の罠にかかり木の上に吊るされているのを助けられたのが最初でした。正直その時は『カッコイイ人』くらいにしか思ってませんでした。
次に会ったのはけっこう最近です。
森の中で何気無しにフラフラしていたら聞き覚えのある声が聞こえてきて行ってみると、懐かしのレイさんがそこにいたのです。こんな広い森の中でそんな偶然ってあるもんだと感激したのをよく覚えています。
兎の姿でしたが近寄ってみると、鞄を漁ったレイさんは人参を差し出します。私が喜んで食べているのをジッと見つめられて照れてしまいました。
ユリ姐さんが二本目の人参をくれたので夢中になって食べていると、いつの間にかレイさんが見当たりません。
聞こえた水の音を頼りにぴょこぴょこと移動してみれば、水浴びをしていた素っ裸のレイさんがいました!いやんっ♪
コレは不味い、そう思いはしたのですが時すでに遅し。水から上がって来たレイさんが私の前にしゃがみ込みました。目の前には当然のようにレイさんのアレがががっっ!!!!
産まれて初めて見たパォ〜ンに動揺して獣化が解けてしまった私は、自分の羞恥心を悟られないよう平然を装い、あえてレイさんのモノをマジマジと見つめて差し上げたのですが……そこで記憶が飛んでいるのは何故でしょう?
その後、私も混ざって森の散歩を楽しんでいると魔族の方に出くわしました。その方は凄い魔法を使うとても綺麗な方で、レイさんとはお知り合いだったらしく随分と親しげでチュウまでしてるではありませんかっ!
二人のキスを羨ましく思いながらも興味津々で眺めた後、難しい話しを始めたアリサさんは “レイさんは特別な存在” なのだと言いました。だから私もレイさんに惹かれるのだ、と。
私がレイさんの事を好きなのは彼が特別だからなのでしょうか?今でも私にはよく分かりません。
でもその後に言われた一言は衝撃的でした。何故初めて会った人にそんな事を言われるのか不思議には思いましたが、それ以上に私の心を見抜かれた事にビックリしました。
「自分を隠したままじゃ、本当に仲良くなんてなれないわよ」
私は昔から……そう、きっとお母さんが人間に攫われた頃からでしょう、辛くても苦しくても明るく振る舞う事を心掛けて来ました。
お母さんが居なくなってお父さんの気持ちが沈んでしまっても、私が明るくしていれば笑顔になってくれたからです。もちろんその笑顔が本心からのものではなかった事くらい判っていましたが、それでも落ち込んでいたからといって良い事がある訳でもないのです。
だからせめて上部だけでも笑顔で前を向いていて欲しくて、まずは私が明るく振る舞う事でみんなを笑顔にしようと考えたのです。
それがいつしか過剰になり “喋り過ぎのうるさい子” となってしまったのです。笑顔で自分を隠してみんなの為に明るく振る舞う、それが悪い事だとは今でも思いませんがアリサさんの言葉が胸に刺さります。
このままの私では本当の意味でレイさんと仲良くなる事が出来ない、つまり恋人には成り得ない、アリサさんがそう言った気がしたのです。
渋々ながらもレイさん達と別れ、お父さんと合流した時でした。人間に見つかり逃げようとしたのですが、魔導具と言う変わった捕獲道具に捕まってしまったのです。
私を助けようと必死になって戦うお父さんでしたが人間の使う魔導具には敵わず倒されてしまい、私は連れていかれてオークションにかけられる事になったのです。
お父さんがいない以上、私を助けてくれる人などおらず、生きる事にすら諦めを感じながらも何日も絶望に沈んでいると、いつの間にかオークションは終わっていました。
そして死んでしまいたい思いと共に私を買った人の元へ連れて行かれると……なんとなんと!そこに居たのはレイさんだったのです!!
生まれてから二十年余り、この時ほど嬉しい出来事は他にありません。 “レイさんは運命の人” そう確信したのもこの時でした。
私を助けようとやって来たお父さんを快く迎え入れてくれたのはティナさんのお父さん。私を助け、お父さんまで保護してもらえて、どれだけ感謝してもしきれないほどの思いで『ありがとう』を伝えました。
みんなで行った初めてのお店。初めて乗る馬車、初めて行くお城。レイさんとの生活は目にする全てが初めて尽くしで ワクワク が止まりませんでした。
「貴女は運命の人と既に出逢っています。しかし今のままの貴女では良くありません。もっと自分に素直になりなさい、もっと自分の欲求をその人にぶつけなさい。そうすれば幸せな人生を送れる事でしょう」
順番に入った占い屋さん、黒ずくめのお姉さんがアリサさんと同じ事を言った時には本当にビックリしました。
「自分に、素直に? でもそれは迷惑にはならないのでしょうか?私はやっと自分の居場所を見つけました。それと同時に居場所を失う事が怖いと思うようにもなりました。私が私の想いをぶつける事で今の関係が壊れてしまうのが怖い。
あの人は本当に私を受け入れてくれるのでしょうか?」
「レイシュアの心はそんな狭いものではありません。この先幾人もの愛を受け入れ、その愛に応えていくことでしょう。貴女はその輪の中に入る資格を持つ者ですが、どうするかは貴女次第ですよ」
美しいと思える不思議な声が私の胸にスッと染み込みました。私にとって都合の良い言葉だったからでしょうか?初対面の人の言葉なのに信じてみたくなる、占い師の力とはそういうものなのかもしれません。
夜ご飯を食べた後の事でした。
レイさんを探して広いお屋敷を徘徊していると、星空の下でティナさんと密着してラブラブしているのを発見しました。私も仲間に入れてもらおうとコッソリ近付けばティナさんが思いの丈をぶつけてレイさんに迫っていました。
しかし、レイさんはティナさんの気持ちを受け入れるつもりがないと言います。好きな思いが受け入れてもらえない、そんな悲しいことは例え私以外の事だとしても嫌だと思いました。
“生涯を共にするただ一人の人を愛したい”
私はレイさんの運命の人。私の事が原因でティナさんは振られてしまう!その時はそう思い、慌ててフォローに回ったつもりでしたが、盛大な勘違いだったことは後から知りました。
獣人は一夫多妻の家庭も少なくないのですが、人間や魔族はそうでは無いことくらい知ってます。
レイさんと姉弟のようなリリィさんは美人さんですが、控えめでみんなを見守る感じのユリ姐さんも超が付くほどの美人さんなので侮れません。
森で出会ったアリサさんもかなりの美人さんでレイさんと親密そうでしたし、三人には一歩及ばないティナさんももちろん美人さんですし、レイさんに受け入れてもらえないと知りつつもグイグイと迫ります。
レイさんの周りは強力なライバルが沢山です。
レイさんが “一人しか駄目” と言うのであれば私が頑張るしかありません。
何を頑張るのかって?……何を頑張れば良いのでしょう?
取り敢えず先生が指導してくれると言う魔法でも身に付けて、その魅力でレイさんに迫るとしましょう。空飛ぶ白うさぎ、なかなかにレアな存在ですよ?
目指すはレイさんと二人きりの空の散歩ですっ!
「気持ちの整理は着いたかしら?」
気合いと共に握りこぶしを空に突き出す私の背後にお師匠さんと仲良く手を繋ぐ先生がいました。
「なぁに、心配せんでもすぐに帰って来るじゃろて。魔法の勉強でもしてゆっくりと待っておれば良いぞ」
優しい眼差しでお師匠さんが笑ってくれるので、私も笑顔で頷きます。
ではでは、私は私の出来る事を頑張るとしましょうっ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます