33.三度目の邂逅

 お昼の誘いを「先約があるから」と断られたので、シャロに短剣のお礼を言い別れを告げると、元気いっぱいで「早く会いに来てね〜」と大きく手を振り見送ってくれた。


 一旦屋敷に戻ると遅目の昼食、その後にはモニカが王宮を案内してくれるというのでコレットさんと三人で早目に王宮へ向かうことにした。


 昔から王宮を徘徊していたと言うモニカ。何でも第二王女とお友達らしい。

 オークション会場で会ったサラ王女殿下。ティナとも王女を通して知り合い、仲良くなったそうだ。なんでもあと一人居るらしく仲良し四人組だそうだが、みんな地方の貴族なので一度に集まれるのは特別な晩餐会や式典がある時だけらしい。



 昔は宝物庫や調理場に忍び込んでは係の人と仲良くなっていたと自慢げに言うモニカはやはりお転婆と言われても仕方がないだろうと改めて思う。


「お兄ちゃん、私はお転婆じゃないわ?ちょっと好奇心旺盛なだけよっ」


 プクッと膨れるモニカを笑いながら見ていたとき、色鮮やかに手入れされた花壇に囲まれた秘密感漂うテラス席で、一人本を読みながらお茶をしている白い帽子を被った人影が目に入った。

 俺の視線に気が付いたモニカもテラス席に顔を向けると「あっ」と言いながら俺の手を引き足早に歩き出す。


「ご機嫌麗しゅうございます、お一人ですか?」


 顔を少し上げ、つばの長い帽子の下から覗いたのはツンと澄ました顔のサラ王女殿下だった。


「モニカったら、誰も居ないのなんて見ればわかるじゃないですか、普通に話しかけてくださいよ。王城に来るのは久し振りよね?お変わりなく?」


 遠慮無しに席に座るモニカに帽子を脱いだサラ王女がにこやかに微笑む。

 先程の澄ました雰囲気ではなく、ティナと顔を合わせた時のように心許した相手にだけ見せるであろう柔らかな笑顔だ。


 幼さの残る美しい顔立ち、それを彩る銀の髪は陽の光を浴びて輝いて見える。心地良いそよ風の悪戯で銀糸が顔に絡み付いた。それを片方の手で搔き上げる仕草に鼓動が高鳴るのを感じてしまう。


 これが王女、最上位たる血統の品格とでも言うのだろうか?


 貴族令嬢たるモニカも “俺の女” というひいき目を度外視したとて文句なしに美しい。

 だが以前会った時は『あぁこれが王女様か』という程度で特に気になる印象がなかったのに今はどうだ?警戒心の無さがそうさせるのかもしれないが、凄く魅力的に感じる。


「それで、其方の殿方はモニカとどのような関係なのですか?以前お会いしたときはティナと一緒にいらっしゃったのに、何故モニカと?」


「ちょっと色々あってねぇ。それより聞いてっ!私、お兄ちゃんと婚約したのよっ!祝福してくれる?私が先になって申し訳けど、後でティナにも話しに行くわ。もしかしたら二人共お兄ちゃんのお嫁さんになるかもよ?」


 嬉しそうに笑うモニカを驚いた顔で見つめる王女。すると俺の方に視線を向けてきたのだが、表情は同じでも雰囲気が変わった気がする……一瞬睨まれた感じさえしたぞ?


「モニカもティナも私の大切な友人です。その二人共と結婚なさるおつもりですか?彼女達は貴族の娘です。家督はどうされるおつもり?ご両親は許可なさったんですの?」


──あぁ、怒ってらっしゃる……


 氷の仮面でも被ったかのような冷ややかな視線。モニカに向けていた柔らかな笑みは鳴りを潜ませ、忌むべき者を見るような澄ました顔で俺を非難する王女殿下──貴方の仰る事はごもっともです。しかし、仕方がないのです。


 モニカの気持ちを受け入れたら俺もモニカを愛してしまった。おそらくティナの気持ちを受け入れればティナへの愛も生まれるだろう。自分でも思うが俺は罪深き男なのです。

 でもその分、彼女達を力の限り愛すると決めた。俺の生き方は俺が決める、誰にも文句は言わせるつもりはない。


「お父様もお母様もちゃんとお兄ちゃんの事を理解した上で認めてくれたわ。きっとティナの家だって……」


「そんなことわかりませんわっ!一人で複数の女性を愛するなんて出来っこない。ティナもモニカも二人共不幸になってしまうわ!ねぇモニカ、目を覚ましてっ。貴方は騙されているのでななくって?」


 フルフルと首を振るモニカは俺の隣に立ち、腕に抱きつくとサラ王女へと向き直る。


「サラ、私はそれでもいいのよ。私はお兄ちゃんの事が好き、それは紛れも無い事実なのよ。

 お兄ちゃんは私が側に居ても良いと言ってくれた。好きな人と一緒に居られる、それだけで幸せじゃない?貴女はそうは思わない?」


「思わないわよっ!そんな……そんなのって……そんなの間違ってるわっ」


「サラ王女殿下、貴女の考えには賛同出来る、以前は俺もそう思っていたからだ。


 俺は少し前に最愛の妻を失った。その妻を想う気持ちは今でもしっかりと俺の胸の中にある。今でも妻だった人を愛しているんだ。

 けど、それと同時にモニカの事も愛している自分がいる、二人共同じくらいに、だ。

 ティナが今の俺の事をどう思うかは聞いてみないと分からない。たがもし、それでもと言われれば俺は彼女の事もモニカと等しく愛するだろう。


 そんな俺を否定するのは構わない。けど、モニカの幸せまで否定するのは止めてほしい。出来ればモニカの幸せを友人として祝福してやってくれればと願うよ。


 モニカ、俺はこの場に居ない方がいいだろう。部屋に戻るよ」


「私も行くわ。一人でなんて帰れないでしょ?また後でねっ、サラ」


 視線を落としキュッと口を噤む王女を残し、俺達はテラスを後にした。モニカと彼女との、友人としての関係が壊れないか心配だったが、それでもモニカの気持ちが揺らがなかったことに安心すると共に彼女の確かな愛を感じた。


「部屋に行ってもまだ時間あるかな?」


「ん?まだ大丈夫だよ。どうしたの?」


「君を抱きたい……駄目かな」


「お兄ちゃんのエッチ!……私はお兄ちゃんのモノよ。好きな時に好きな事していいのよ?

 でも急にどうしたの?サラに言われたこと気にしてるの?」


「あぁそうだな、あそこまでストレートに否定されると俺は俺だと思っていたつもりだったがちょっとモニカの愛が欲しくなったんだよ、いけないか?」


 言ってて気がついた、俺達は二人ではなかったことに……。


 恐る恐る振り向くと澄ました顔のコレットさんが黙って後を付いて来ている。


「レイ様、私はメイドですよ?お仕えしてしている方達がどこで何をされようとも干渉する事はありませんのでお気になさらず。

 ただ、まぁ〜ぁ、それでもお優しいレイ様のことですからぁ、どぉ〜しても気になると言われるのならぁ、一晩付き合っていただければそれで良いですわよ?」


 上品な微笑みとは対象的なギラギラとした視線、捕食者のソレは本気なのだと告げていた。つまりこれは要求……というか強制。邪魔もしなければ口出しもしない代わりに餌をよこせ……と。

 助けを求めるようとモニカを見たが、困った顔で首を横に振られてしまう。諦めて捕食されるしか道はないのか。



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