33.改めましてのご挨拶

「これで良し、首輪は色々とお洒落な物もあるから明日にでも好きなのを探してきなさい。君の身の安全の為だ、付けていた方が良い。人間社会で暮らす以上、すまないがこれだけは慣れてくれ」


 夕食までの待ち時間、ランドーアさんが馬鹿兎の首輪に所有者がいる証であるコインを取り付けてくれた。これがあれば他の人間に連れ去られることは無いらしい。


「さて、改めて自己紹介をしよう。名目上ではあるが君の主人となったランドーア・カミーノだ。それに妻のクレマニーと、娘のティティアナだ。

 君は五年前、娘を盗賊共から助け出すのに一役買ってくれた恩人だそうだな。勝手ながらその恩に報いるために動かせてもらった。その節の事は感謝の言葉もない、娘を救ってくれてありがとう」


「それ程でもぉ……あるけどぉ」


 馬鹿兎が馬鹿なことを言って照れてるけど、お前も地獄に堕ちるところをランドーアさんに助けられたんだぞ?ちゃんと感謝しろよな。


「娘を助けて頂き感謝してもしつくせません、本当に有難うございます。

 十数年前、妻を人間に盗られ、今度は娘を盗られて成す術も無かった駄目な父親です。どうぞ笑ってやってください」


 深々と頭を下げる親父さん。一人でも娘を取り戻そうと襲ってきた勇気のある人、尊敬に値すると俺は思う。なんでこんな立派な親父さんからこんなチャランポランな娘が出来たんだか不思議でならないよ。


「それで……あの、厚かましいお願いがあります。娘がそちらでお世話になるのなら、私を雇ってはもらえませんでしょうか?私は獣人ですが、以前、人間の屋敷で働いたこともあります。何かしらは出来ると思いますので、どんな仕事でも構いません。出来る事を何でもやらせてもらいます。

 どうかお願いします!娘と一緒に居させてもらえませんか?」


 躊躇なく土下座をし、額を床に擦り付けて懇願する親父さん。ランドーアさんはそんな彼の前に膝を突き、優しく肩を叩いて顔を上げさせる。


「そんな事ならお安い御用だ。娘を救ってくれた恩人の家族、そんな人を無下にする訳にはいかない。客人として持て成させていただくので、娘さんと共にいつまでも滞在してくれてかまいませんよ。さぁ、立ってくだされ」


「ありがとうございます」と何度もお礼を言い涙を流す親父さん、うんうんと何度も頷くクレマニーさんはハンカチを目尻に当てている。

 よかったよかった。流石、懐の広いランドーアさんだ。そんなランドーアさんだから俺も大好きなんだ。




 今日の夕食はいつもにも増して賑やかだった。それもよく喋る馬鹿兎のお陰だな。つい数時間前までこの世の終わりみたいな顔をしてたくせに、今では「こんな美味しい料理食べた事無い!」とか言って俺の料理にまで手を出す始末。切り替えが早過ぎでないかい?まぁ、いつまでも沈んでいるよりは良いけどね。


 ティナも元気を取り戻したようで皆と一緒になって笑っている。

 結局、俺が “友達宣言” したのが悪かったみたいで変な方向に思い詰めたみたいなんだけど……仕方ないじゃん?俺は貴族じゃないし、ティナを嫁にもらってカミーノ家を継ぐなんて出来ないぞ?



 夕食の終わりにはまた一波乱……親父さんが客人なんてヤダと言い出したのだ。


「やはり私のような者が客人などというのはどう考えてもおかしい。何でもかまいません、どうか貴方様の屋敷で働かせてもらえませんか?」


 そこまで言うのならとランドーアさんも親父さんの意思を汲み、屋敷に戻り落ち着いたら執事として働くことが決まった──そこまでは良かったんだ。



「私はレイさんと一緒に居たいです」



 馬鹿な兎の馬鹿な発言が小さくて可愛い口から飛び出す……お前さ、助けてもらった恩とかってないわけ?親父さんと一緒に屋敷で働こうとか普通考えない?あ、考えないからそんな事言い出したのね、俺が馬鹿だったよ。

 隣の席から他人おれのデザートにフォークを突き立てた馬鹿兎のほっぺをぷにゅりと引っ張ってやる。


「そんな事言うのはこの口か?なぁ、この口か?お前は親父さんと一緒に屋敷で働いてカミーノ家の人達の恩に報いるんだ、分かったら返事っ」


「れいひゃん、いはいからははひてよ。もぉっ食べられないでしょ!私はティナちゃんを助けた、ティナちゃんのお父さんは私を助けた。それで終わりでいいじゃないですかっ。私は晴れて自由を取り戻したのよ、私が何処に行ってもいいでしょ?」


「ほぉ……つまり俺がお前を連れて行く行かないも自由だよな?そんな恩知らずの薄情者など知らんっ。どっかでまた捕まってしまえばいい」


「そ、そんなぁ……お願いします、私を連れてってください。私、レイさんがいないと死んでしまう病気なのです。ほらっ、人助けだと思って……ねぇねぇいいでしょ?ねぇねぇねぇってばぁ」


 猫のように ゴロゴロ と戯れ付き甘えてくる兎、種族違うぞ?めんどくさい病にかかった兎など死んでしまえっ。

 そっぽを向いて知らん顔をしてると、これ幸いとばかりにひとの腕に顔を擦り付ける。


「二人は仲が良いな。彼女が言うように私が恩を返せたと思ってもらえるのなら、それは嬉しいことだよ。彼女はもう自由だ、家に留まると言うのならずっと居てくれて構わないし、彼女の意思が他にあると言うのならそれはそれで構わない。ただ、彼女の身に危険が及ぶのが分かっているのなら止めさせてもらうがね。

 うっかりしていたが、まだ名前を聞いてなかったね。差し障りなければ教えてもらってもいいかね?」


 両手に持ったナイフとフォークを静かに置くと、背筋を ピシッ と伸ばして姿勢を正し、珍しく静かに話し出す。


「私の名前はエレナ、そして父のライナーツです。この度は助けてくださり有難うございました。そして父まで雇う約束を頂いて感謝の言葉が尽きません。

 ご存知のとおり私達獣人はこの国に安全な場所などは無く、日々人間に追われるのみです。こうして優しくされる事など皆無に等しく、貴方の寛大さがとても嬉しく思います。どうぞ末永く父をよろしくお願いします」


 エレナか、初めて名前を聞いた。いつものふざけた態度とは違いこうしてキチンと挨拶も出来たんだな、偉い偉い。

 ポンポンと頭を撫でてやると一瞬で ニヘッ と表情が緩む、シリアスモード終わるの早いな!


 それにしても親父さんは、エレナと一緒に居たいからカミーノ邸で執事をしたいって話じゃなかったっけ?お前が俺と来てしまったら親父さんはどうなるんだ、親父さんはそれでいいのか?


 疑問は残るもランドーアさんが出かけるという事で食事はお開きとなった。なんでも国王陛下と飲みに行くらしい……気楽に国王と飲みに行くとか、凄いよな。


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