36.どうしてそうなった?
膝の上で嬉しそうにクッキーを頬張る雪から視線を上げれば、組んだ腕へと規則正しく指を打ち続ける眉間に皺を寄せた不機嫌全開のティナが正面に居座っているのが目に写り、乾いた笑いを誘ってくる。
「せっかくコレットが淹れてくれたお茶が冷めてしまうわよ?」
何度呼びかけても動こうとしない彼女に呆れ顔のサラが声をかけてくれるものの聞こえてないんじゃないかと心配になるほどに無反応を貫いていたのだが、不意に腕を解くと険しい表情のままに立ち上がった。
「私がおかしいの!?ねぇ、みんなはなんとも思わないって言うの!?そんなの絶対嘘!なんでこの女がココに居るのよっ!なんで私達が居るべき場所でのうのうとお茶なんて飲んでるのよっ!!
レイの隣は私達の席って決まってるの!そこを退きなさいよっ!!」
ビシッ と音がするほどの勢いで指を指したのは俺ではなかったのだが、その勢威に気圧され反射的に誤らなければいけない衝動に駆られた上に雪まで ビクッ と身を強張らせて動きを止めてしまうほどだった。
一方、矛先を向けられている相手はというと、俺に腕を絡めたままというおかしな体勢で満足げにお茶の入ったカップを口にしており、爆発寸前であるティナの想いを載せて吐き出された言葉などどこ吹く風だ。
「あぁぁぁぁあっっ!もぉっ!!!図々しい女ねっ、無視してんじゃないわよっ!」
怒りを込めた足取りでセレステルに近付くと強制排除に乗り出すべく腕を捕まえたものだから、その手からカップが滑り落ちギルベルトの背中である床を濡らしてしまった。
「ちょっと、何するんですか?」
そうまでされてようやく ムッ とした表情をティナへと向けるが、もう片方の腕は俺にしっかり絡み付いたままで頑として離れないとの主張が激しい。
「何、じゃないわよ!そこは私の場所なのっ、部外者はっ、さっさとっ、離れなっ、さいよっ!」
言っても聞かないのなら力ずくで……大きく開かれた足で踏ん張り体を斜めにしながらも全力でセレステルを引っ張るティナだったが、そんなのは無駄だと勝ち誇ったドヤ顔で彼女を見下すセレステルは一向に動く気配が無い。
「何なのよっ、なっ、んっ、でっ、動かないのよ!あんた太り過ぎなんじゃないのっ!?」
彼女が平然としていられるのは背後へと真っ直ぐ伸ばされた尻尾の先が地面 (ギルベルトの背中) にある凹凸を捕まえているからだという事には視野が狭くなってしまっているティナでは気付く事が出来ない。
怒りのあまり女性には言わない方が良い言葉のベスト三に入りそうな事を口走れば流石に看過出来なかったようで、ティナの手を振り払うと立ち上がり腰に手を当てるセレステル。
「貴女のプニプニお腹と違ってこの無駄の無い引き締まったウエストラインが見えないんですかぁ?プリッとした柔らかお尻から生える白くも美しい尻尾とカモシカのように細くしなやかなこの足、どこをどう見たら “デブ” なんて言えるんでしょうね?
レイシュア様に捧げる為のこの完璧な身体にあえて物申すのであれば、私の性格に似て少しばかり控えめに育ったおっぱいだけのはず。そうは思いませんか?」
自分に自信があるのは良い事だとは思う。胸の大きさなど選べるものではないし、そもそも個人の体型自体、人それぞれの好みである為に良い悪いの判定が出来るものではない。
だが、バランスを損なわない程度に大きく育ったバストに、それを引き立てる括れたウエストライン。更にその下に膨らむヒップから伸びる適度に細い脚というのは大多数の人が素敵だと感じるのもまた事実であり俺の好みとも合致する。
体質の影響もあるのだろうが、その体型を手に入れるにはそれなりの努力は必要だろうし、維持していくのもまた同じように人に知れない労力が要るのは誰しもが理解できる事だ。
「セレステルが魅力的な女性だとは思うよ。けど……」
昨晩 “彼女の気持ちは受け入れられない” と心苦しいながらも丁重にお断りしたはずだったのだが、何事もなかったように……いや、今までにも増して自分をアピールしてくる彼女は一体どんな心の整理をつけたのだろうか。
「まぁあっ!!レイシュア様に褒めていただけるなんてこんなに嬉しいことはありませんっ。あんなチビポチャより……」
脂肪の少ない細身であるセレステルに対してティナは母親であるクレマニーさんに似て全体的に膨よかではあるものの決して太っているわけではなく、贅肉の付きやすいお腹の肉でさえ頑張っても軽く摘めるほどしかないのは俺が保証する。
それでも言われれば カチン と来るようで、貴族の娘とは胸を張ることが出来ない、上品とは掛け離れた鬼のような形相で怒りを籠めた脚で床 (ギルベルトの背中) を踏み付けた。
「ちょっと!チビは否定しないにしてもポチャって何よ!?これっぽっちも太ってなんかないわよっ、このトカゲ女!!」
これまた言ってはならないキーワードによりセレステルの余裕の表情が崩れ、頭突きでもかますかの勢いで怒りに歪み始めた顔をティナの顔へと拳一つ分の距離まで詰め寄らせる。
「貴女!下位種族の蜥蜴と生物の最上級である竜の区別もつかないんですか!?」
二人共が拳を握り締め魔力を練り始めるので一触即発の危機を感じて本気で止めに入らねばと思ったとき、耳元で大きな溜息が聞こえた。
「言い争いは止めぬか!意見の食い違いならまだしも罵り合いなど滑稽なだけだ、聞かされる方の身にもなってみるがよいっ。
女性とは慎ましく淑やかに在るもの、争うのであれば己の良い処を自慢してみせい」
幕を上げようとしていた取っ組み合いの喧嘩も年長者であるノンニーナの放った一言で未遂に終わる。
唇を噛みしめお互いに矛を収める二人だが、まだ何か言いたげに睨み合いながらも体を離した。
「セレステルちゃん、もし本気でレイ君のお嫁さんになりたいのなら、まずはティナちゃん達と仲良くならなきゃね〜。ティナちゃんもあんまり怒ってちゃせっかくの美人が台無しよぉ?仲良く、仲良くねぇ……」
何故夫であるライナーツさんの隣ではなく此処に居るのかは知らないが、セレステルとは反対の腕に抱き付いたまま体内に残るアルコールの作用で眠りに就いていたはずのアリシアは寝言にしては妙に的を得た言葉を残して再び寝息を立て始める。
怒りを振り撒く原因となった半分は俺の隣を占拠する自分なのだとはこれっぽっちも気付いていないだろう幸せそうな寝顔。
溜息と共に怒りの一部を吐き出したのか、ティナの心も少しばかり落ち着きを取り戻したようだ。
顔は見なかったもののすれ違い様に「言い過ぎた、ごめん」と呟き、俯いたままアリシアとは反対側に腰を降ろすと力なくもたれかかって来る。
腰に手を当て小さな溜息を吐きながら俺達を見ているセレステルに『許してやってな』と視線を送れば、それが伝わったかのように苦い表情ながらも微笑んでくれた。
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