24.自分との戦い

 迷惑をかけた事に対する申し訳なさとしばらくぶりの運動を兼ねて、第二十一層は朔羅と白結氣を手に俺が先頭に立って突き進んだ。


 二十層までとは比べものにならないほど広い迷宮には魔物はあまり多くなく、会う度に身体を動かして斬り刻んで来たが、一体一体の強さは格段に上がっており、視界の確保出来ない者にとっては驚異の邂逅と言える魔物達だろう。


 それでも中級の冒険者パーティーであれば倒せない相手でもなく、個体数の少なさや道幅の広さもあって逃げられなくもない。

 それなりに力のある者達ならば、ここでの探索も可能だろうというレベル、そんな階層だった。


 しかし、俺にとってはまだまだ準備運動にしかならない。歩くのに時間はかかったものの、たいしたトラップも無いままに第二十一層を踏破した。



 続く階層も視界が確保出来る俺達にとってはさして苦労もせず、ポロポロと出てくる魔物達も皆の魔法の練習台としてありがたく使わせてもらった。


 そこで気が付いたのがトラップの作動基準。

第二十一層では俺が前に出過ぎていて気が付かなかったが、それ以降はこれまで通り三十メートルの視界を確保しつつ歩いて来た。

 照明用の光玉がミカエラの記憶にあるトラップポイントに差し掛かると見事にトラップが作動するのだ。それはつまり、魔力に反応してトラップが作動するという事に他ならない。


 その事をミカエラに告げると驚いた顔で「兄さん!大発見やで!?」と興奮気味に息巻いていたのが印象的だったが、今まで遠隔照明や攻撃魔法にトラップが反応したと報告が無かった事の方が不思議に思えた。


 ついでに言うと「兄さんはトラップ殺しや、トラップ作った人が見たら泣くで?」とボソリと言われたのが耳に残った。



 感覚だけでなく実際にも広くなっていた地下迷宮は、歩くだけでもけっこうな時間がかかる。時計で確認しても、ほぼ倍の時間がかかっているらしく五層歩くのに休憩を入れて十二時間近くかかっていた。


 その日は第二十五層の転移魔方陣の部屋で一泊し、似たような感じの第三十層までを踏破して第三十一層へと続く転移魔方陣の手前の大部屋、通称 “ボス部屋” に入ると三頭の強そうな熊が居た。

 焦げ茶色の体を横たえ丸まって寝ていたグランオルソ。俺が身体強化を使えなかった頃、手も足も出ずに敗北したかつての強敵にティナは一人で挑むと言う。


「本当に一人でやるのか?相手はモンスター、しかも三頭もいるんだぞ?」


 階段の最期の段を降りティナが部屋に入ると同時、固まって寝ていた三頭の耳が ピクッ と一斉に動き赤色の鋭い眼光が向けられた。

 グルルルッと白く尖った歯を剥き出し威嚇するのは『それ以上近付けば殺す』という警告なのだろう。


 戦った事などない中級クラスのモンスターを前に若干の緊張を纏いながらも腰の剣を抜き放つと、火と風で身体強化を施し「やるわ」と呟いて自身に喝を入れてからゆっくりと歩き出す。


「危なくなったら割って入るからな」


 ピタリ と立ち止まり振り返ったティナは頬を膨らませていた。


「もぉっ!もぉっ!もおぉっ!!せっかく気合入れたのにそうゆうこと言わないのっ!」


 心配したつもりだったのだが、逆に怒られてしまった……。しかもティナの背後には牙を剥いて唸り声を上げる三頭の熊、そこ危ないって!


 怒りをアピールするかのようにワザとらしくブーツを鳴らしながら俺の前まで来ると両手を腰に当てる怒ったティナさん、まだ怒り足りないのだろうか?


「キスして!」

「……へ?」

「キスしてっ!!」


 ああ、大王イカ退治のときに俺がモニカにしたのと同じ事ね、なんだ考えることは同じかぁ。

 それならばと、ご希望通りにキスをすると ギュッ ときつく抱きしめた。


「頑張ってこい」

「……うん」


 ニコリと笑ったティナは気を引き締め直し、表情を一変させると再びグランオルソに向き直り、今度は駆け出した。


「「「グォオォォォッ!!」」」


 立ち上がった三つの筋肉の塊、体長二・五メートルの三枚の壁は、走り寄るティナに見せつけるように十五センチもある長い爪を胸の前でパチパチと開閉させると咆哮と共に動き出した。




 真っ直ぐに突き出された爪を身を捻って躱すティナ、伸びてきた太い腕を切断せんとすかさず剣を振り上げる。

 だが、グランオルソも筋肉の巨体であるにも関わらず素早い身のこなしで身体を捻り、もう片方の爪で剣を弾き返した。


 パワーではどう考えても勝てないティナはそれには逆らわず、剣の弾かれる勢いに身を任せて態勢を変えると、続いて襲いかかって来ていたもう一本の爪も回避する。

 華麗な足捌きで一頭の背中を回り込み、その影に隠れていたもう一頭へ剣を振るうと、死角からの突然の攻撃に避けるのが遅れ毛皮を切り裂き赤色の血が吹き出した。


「グァァンっ!」


 浅い傷だったが、それでも獲物に傷をつけられた怒りを露わにする一頭。油断することなく他のグランオルソからの攻撃をヒラリヒラリと躱し、囲まれないよう位置取りをしっかりと意識した良い動きをしているティナ。

 どうやら心配したほど苦戦はしなさそうだ──が、戦いとは一瞬の油断が命取りになる。ましてや相手は筋肉の塊、一撃でもまともに食らえば即死でなくとも致命傷になり得るのだ。



 次々と襲いかかる六本の腕を掻い潜り牽制の為の火玉を飛ばすと、思惑通りに爪で切り裂かれ爆発が起きて目くらましとなった。一瞬怯んだ一頭の股の間を潜り抜けて背後に回り込むと、立ち上がりつつ隣に居た一頭を目掛けて剣を振り上げ血飛沫を撒き散らす。


「グルァァァ!」


 雄叫びを上げる個体を無視して勢いそのままにバク転で少し距離を置くと、間髪開けずに再び火玉を飛ばしグランオルソの爪により爆発が起きる。

 すかさず走り込んで爆発の横に回り込むと身を低くしその背後に居る個体へと向かうが、今度は読まれていたようで、ティナの頭を狙い爪が襲いかかる。


 それに気付いた瞬間、素早く横転して回避に成功した。立ち上がりながらも今襲いかかって来た腕に向かい飛び込んで行く。


「はぁぁぁっ!!」


 気合の一撃がグランオルソの腕に命中し見事に叩き斬る事に成功。

 だが、肉を斬り骨を断つ確かな手応えを感じて油断したのか、一瞬動きの止まったティナを目掛けて他の二頭が同時に襲いかかっていた。


「くぅっ」


 思わず漏れた小さな声が聞こえ、見ているだけのコッチは ハラハラ として胃が痛くなる思いだ。出来れば今すぐ代わりたい、だがそれはティナの意志とは異なるのだ。



 ティナに伸びる一本の腕を身を捻って躱し、もう一本を剣で叩くと、その反動で自身の位置をズラして長い爪を躱す。

 だがそこに居れば追撃が来るのは必然、左手をかざし一頭の体に向けて至近距離で火の玉を放つとすぐに爆発が起きた。


 その勢いと、風魔法とを駆使してグランオルソの包囲から転がり出ると、煙と埃に巻かれて綺麗だったオレンジの髪もボサボサになっている。だが、集中しているティナの視線はそんな事を気にする素ぶりも無く、すぐに目前の敵へと向けられる。


 相手を見据えて立ち上がろうとした時、一頭のグランオルソが巨体にモノを言わせて踏み潰さんとばかりに空から降って来た。


「えっ!?」


 それに気が付いたティナは慌てて飛び退き転がり逃げると、態勢を立て直す間も無く片腕の無い一頭が狙いすましたかのように突進して行く。

 既の所で前に飛び込んで躱すと、待ってましたとばかりに別の一頭が突進し、これも飛び退き躱そうとするものの無理な態勢からでは躱しきれずに、直撃ではないもののその巨体から来る強烈なタックルにより弾き飛ばされてしまった。



「ティナぁぁ!」



 助けに行こうとした俺の肩を止める手がある。構わず振り解こうとするが、それを見越していたのか更なる力で グッ と押さえつけられた。


「これはティナの戦いよ。あの子に任せると言ったのはアンタでしょ?だったら最後まで見届けなさい。こんな中途半端で助けたら、あの子はこれ以上強くなんてなれないわ。

 少しでもアンタの役に立ちたくて強くなろうとしてるあの子を、アンタが信じてやらなくてどうするの?


 ティナは自分がこの中で一番弱い事をよく分かってる。つい最近まで戦うことなんか知らなかった筈のエレナにさえ劣ることをずっと気にしてたわ。だからこそ、師匠に弟子入りなんかして頑張ってたのよ?

 ティナはティナ自身の力で自分の壁を越えるために必死で頑張ってる。その努力をキチンと見届けてあげなさい」


 唇を グッ と噛み締めた。今すぐにでもティナを助けに行きたい衝動が俺の心を突き動かす。ティナを傷付ける熊野郎を打ちのめして切り刻んでやりたい!


 でもリリィの言うことも理解できる。


 俺は別にティナに強くなって欲しい訳ではない。ティナに戦う力が無くとも一緒に旅など出来るし、ユリアーネと一緒にいた頃とは違い力が付いた今なら今度こそ俺が守ってやれる筈なんだ。


 しかしティナがそれを望んでいない事も知っている。俺と肩を並べて一緒に歩きたいと彼女は言っていた。だったら今、俺のやるべき事は、彼女の事を信じて見守ってやる事だけなのだろう。


「そんな顔しないの、大丈夫よ。いざとなったら私が守るわ」


 リリィの結界魔法メジナキアならグランオルソになど負けはしないだろう。これくらいの距離ならば遠隔でも即時展開出来るリリィを信じティナを見守る事に決めると、俺の憤りは固めた拳で握りつぶしリリィに向かい頷いた。


「大丈夫です、ティナさんは絶対勝ちますよ。信じましょうっ!」

「そうよ、人一倍努力して来たんだから、信じてあげるのも伴侶の務めじゃないかしら?」

「ティナなら勝てるわ、絶対っ!」


 エレナもサラもモニカも、みんなティナを信じて黙って見守っている。俺が一番信じてやらなくてどうするんだ……またティナに怒られてしまうな。


「お前の為にずっとコソコソ努力して来たんだ、あいつなら大丈夫だろ」

「お嬢様は努力馬鹿なのです」


 みんなが勝利を信じ、見守られてる中、ティナの自分との戦いは進んで行く。


──頑張れっ、君なら出来ると信じてるよ!



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