32.自分に素直なのは良いこと?

 二十分ほどして戻ったアリサは何をするよりも先にサクラの元へと向かい、首に手を回してお待ちかねのネックレスを着けてあげている。


「うん、思った通り良く似合うわ」


 日焼けの無い白い胸元に光る紅い石は、髪も服も、瞳さえも黒いサクラの中心に華を持たせた。

 石と彼女とを繋ぐ細い鎖も俺のあげた蝶の髪留めと同じ金色なので統一感があり、これがまた黒色と良く合っている。


「いいじゃん、可愛いよ」


 素直な感想を述べただけなのに キッ と睨まれれば怯んでしまい、伸ばしかけた手を慌てて引っ込めた。すると コロリ と表情を変えて『自分の主人はコッチだ』と言わんばかりの猫のようにアリサへと戯れ付くではないか。


(夜、一緒に居てくれないって拗ねてるだけよ。モテる殿方は大変ね)



「アリサ!」



 すぐ傍に本人を抱えて頭を撫でながら小声で告げ口をするのは、どう見ても聞かせる為にワザとやってるとしか思えない。


「怒らない怒らない。不満は不満だと伝えないと伝わらない事は多々あるのよ。気付いてもらえるまで待つのも健気で可愛いでしょうけど、自分の気持ちは素直に伝えた方がより仲が深まると思うけど、ね?」


 モニカとエレナに視線を送るとサクラの頭をもう一撫でして歩き始めた。

 その視線の意味はつまり、サクラやモニカだけでなくエレナまでもが不満に思っても言わずにいる事があるという事か……。


「行きましょう」


 腕に抱き付くサクラと共にアリサが先陣を切って歩き出すと、自分の不甲斐なさに撃沈した俺の両脇をエレナとモニカが固めて顔を覗き込んでくる。


「大丈夫ですか?」

「行こう、置いてかれるよ?」


 何も気にした素振りの無い二人の様子に、気にする程の事を抱えていないのか、はたまた言わないだけで爆発寸前なのか分からなくなり、女心がまるで分からない自分自身を恨みがましく思ってしまった。



 アリサが足を向けたのはドワーフの村の北の外れ。そこはガラス工房のすぐ横にある開けた場所で、エルフの集落を探して旅立った場所だ。


「あの剣がある場所が地脈の交点になってるの。この村は特殊な土地に在るようで、わたくしたちがやって来た転移魔法陣のある南西の洞穴と、資材置き場になっている南東の工房とで大きな三角形の中に村が存在している形だわ。これはつまり自然に出来た結界を意味する。

 こんな土地にあれば、この村で造られた物が世界最高の品だと言われても不思議ではないわね」


 黒い剣の刺さる場所を中心に半径五メートルもある大きな円が描かれている。その内には、今まさに描かれつつある魔法陣が完成に向けてひとりでに魔力光を走らせていた。


「さっき見て来たんだけど、運が良い事にラブリヴァ側の洞穴のすぐ近くにもそこそこ開けた場所に地脈の交点があったわ。そっちにも魔法陣を描いているからもう少しだけ待ってくださる?」


 俺達が通って来た転移魔法陣は両方とも地脈の交点の上に作られており、いつからかは分からないが、地脈を通して繋がる二つの転移魔法陣は地脈の力を使ってずっと待機状態にあったのだと言う。

 だからアリシアのような魔力の乏しい者でも少しの魔力で起動可能であり、遠く離れたドワーフの村まで来ることが出来ていたらしい。


 つまりアリサは紅玉を使って地脈の交点を探す為の魔導具を造り、俺達全員が移動する為の転移魔法陣を新しく描いてくれているという事だ。



 俺の左手に嵌る属性竜の力を入れる為のブレスレットもそうだが、ベルカイムの近くの森で見た瘴気を集めるオブジェのような物もアリサが造ったのだと聞いている。

 あのルミアには遠く及ばないまでも、俺には無い多彩な才能を持つ彼女には尊敬の念を抱くが、それと同時に『時間という壁』というキーワードを思い出し、気合だけでは超えられない現実というモノを見せつけられた感じがした。



▲▼▲▼



 アリサの作り上げた魔法陣で転移した先は彼女の言う通り河原の一角。だがそこは、巨大な鉄板でも落として固めたかのように無数に転がる岩や小石などが地面にめり込んで平らになっており、凸凹とした河原に在って魔法陣が描かれた場所だけがポッカリと穴が空いているようだった。


「よっ、と」


 地面に突き刺さる黒剣が引き抜かれると、青白く光っていた魔法陣が一瞬にして姿を消す。彼女曰く、これと同時にドワーフの村にあるはずの魔法陣も消えて無くなるのだそうだ。


「祠みたいに守られる場所ならまだしも、広場や河原に放置なんて何があるか分からないから止めておいた方がいいわ。後片付けも大事な事なのよ?」


 年長者の言う事ならばと素直に心へメモすると、生まれて初めての空の旅に大はしゃぎのドワーフ三人は気にせずに、毎度お馴染み風の絨毯に皆を乗せてラブリヴァまで向かった。



 何日かぶりのラブリヴァ王宮前に到着すれば、数人のメイドさんが出迎えにやって来てくれる。

 そのまま連れられ中に入ると、二階にある謁見の間かと思いきや三階の国王の私室に通されるので少しばかり驚いてしまう。


「おかえり、レイ君、予定より早かったわね。エレナ、お勤めご苦労様。言われた通りお二方を連れて来てくれた事に感謝するわ」


 アリシアの指示でメアリさんがメイド達を率いてお茶の用意を始めると、いつの間にかコレットさんもそれに混ざり平然と溶け込んでいる。

「まったくこの人は……」と、苦言の一つでも言おうかと思った矢先にティーカップを俺の前に置き、耳元で「趣味ですから」と囁くものだから用意した言葉も行き場を失う。



「ひゃぅっ!?」



 全員の視線を集めたのは、天を突き刺すよう跳ね上がった虎縞の尻尾のすぐ下、自らのお尻を守るように手を当てながらもセルジルから飛び退いた猫耳の生えるメイドさん。幼さの残る可愛い顔立ちの彼女はトラの獣人のようだ。


 信じられないモノを見る目で固まる姿に全てを把握したアリシアは眉間に皺を寄せて凍り付くような冷たい視線を父親へと向けているのだが、当の本人は ニヤニヤ と楽しそうで気付きもしない。


「お父様、お客様の前ではしたない真似はおやめ下さい」


 自由奔放な彼にとっては日常の事かも知れないが、客が来ている事はその頭には無い。

 見方を変えれば、アリシアにとっては大事な客であっても、セルジルにとってはただ居合わせただけの他人、そういう認識でやりたい事をやりたい時にやっているだけなのかもしれないな。



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