9.ギルドはどこでも平常運行

 コリピサから次の町ティナーラまでは五日かかるらしい。盗賊から解放したお馬さんを引き取ってもらった俺達は、順調に馬車を進ませていた。


 しかし、馬車の中で魔法の鍛錬をしてのんびり過ごしていると、毎日一回は何かしらの “お客様” が現れる。ベルカイム周辺では四、五日の旅で一回程度しか遭遇しないことから考えると、こっちはかなりの確率だ。

 サラに任せられると思った奴はサラが頑張り、後はモニカに任せて俺は高みの見物。二人共優秀なので特にフォローは必要とされなかった。


 暇を持て余しているのをいいことにサラは熱心に魔力の鍛錬をしている。何がそこまで彼女を駆り立てたのか分からないが、たまに集中し過ぎで疲れたような顔をしていた。


「これは?」


 鞄からオヤツを出してあげると、最初は不思議そうな顔で『食べ物?』と訝しげに見ていたが、何回か違う物をあげると “オヤツとは美味しいもの” と認識してくれたみたいで喜んで食べるようになった。


 鍛錬のほうも順調に進んでおり魔力の集中が早くなって来ている。複数属性の扱いも大分慣れたようで良い感じだ。

 ただ、モニカの成長スピードが異常過ぎて、それと比べてしまうと見劣りするのは仕方ない事だった。


 一方のモニカはというと三匹の水蛇を自在に操れるようになっており、水魔法ならまず負けないと言えるくらいになってしまっていた。後は身体強化や、他の属性の魔法、複合魔法の練習をしていかなくてはいけないな。




 コリピサを出て四日目の道中では、魔物ではなく、またしても人間が襲って来た。二十人近く居たがそんなものに遅れを取る訳はなく、サラの魔法連射とモニカの水蛇とで呆気なく全滅させてしまった。


 夕方近くにティナーラに到着するとそのまま宿に入り食事を取ったのだが、そこで他のお客さんが「盗賊団が……」と言っているのが耳につく。


「ちょっとギルドを見てくるよ」

「じゃあ私も行く〜」

「えぇっ?じゃ、じゃあ私も……」


 おいおい……結局みんなで行くことになり、夜のギルドというあまり連れて行きたくない所に美人三人を連れて行く羽目に。

 夜のギルドは酔っ払い共の溜まり場だ。しかも冒険者という荒くれ者の集団、高確率で絡らんでくるのでめんどくさいったらありゃしない。


 この時間では職員はもう帰ってしまい居ないだろうと、ギルドに入ると真っ直ぐに掲示板に向かった。

 思った通りに盗賊団の討伐依頼が出ていたのだが、長いこと受ける人が居ないのか、発行から大分時間が経っているようだ。やはり詳しい事を職員さんから聞くべきだろうな。


 知りたい事は分かったので帰ろうとすると案の定酔っ払いが近付いて来た。めんどくさ過ぎて溜息が出るよ。


「よぉっ、綺麗な姉ちゃん達。そんな男放っておいて俺達と飲まないか?なぁに酒代なんぞ俺達が持つよ、さぁ行こうぜ」


 不機嫌が顔に出るサラの肩へと伸びて来た手、横から掴み止めて睨みを効かせれば一瞬 ビクッ とする。

 寄って来たのは見た感じ強そうな大きな男。二メートルはありそうな体躯は筋肉質の良い体をしている。顔もそこそこ男前だが、いかんせん声を掛けた相手が俺の連れ、しかも身分を隠した王女様と来たのでお引き取り願う事にした。


「兄ちゃん、俺が誰だか分かってるのか?痛い目見ないうちにその手を離しな」


 俺の視線に怯んだくせによく言う。周りの観客と此奴の態度からするとここのボスみたいな存在か? 余計に面倒だな、俺、指名手配されてるんですけど?目立ちたくないんですけど?


「テリー、やっちまえよっ」

「やっちまえ、やっちまえ」


 周りの煽りもありやる気が出てきたっぽい男、こうなると止まらないんだろうなぁなどと思ったらやっぱりだった。


「にいちゃん、覚悟はいいんだろうな?此処じゃなんだし、表出ろや」


 すんなり腕を離してやるとズンズンと入り口へと向かって歩き出す。それに釣られて野次馬も俺に声をかけながら外へと出て行く。


「私の為にごめんなさい……でも、大丈夫なんですか?」

「おいおいサラ、お前、闘技場での俺の戦い、忘れたのか?」

「あ……」


 一応、人間側の最強格である近衛三銃士を倒したってことになってるんだけどなぁ、俺。実際にはお互いに本気じゃなかったし、そもそもアイツは人間ですらないけどね。

 心配してくれるのは嬉しいけど信頼もしてくれたらなお嬉しい。彼女と男達、二重の意味で溜息を吐くと奴等に付いて外へと向かった。どうせ明日の朝にはこの街から出て行くんだからこのままバックれてもいいんだけどなぁ……。



「なぁ、一つ教えろ。この町は盗賊の脅威に晒されているんじゃないのか?なんで討伐しない?」


「そんなことオメェには関係ないだろう。俺はやりたい仕事をやる、それだけだ」


 カッチーン!──気が変わった。意気がってるチキン野郎はシメル!


 やりたい仕事しかしないだと?冒険者として実力が足りないならまだしも、出来るのにやらないというのは看過できない。


「他にも俺が気に入らない奴は居ないか?此奴の仲間は居ないのか?纏めてでいいからかかってこいよ」


 盗賊ですか?と聞きたくなるような下卑た笑いを浮かべる十人ぐらいの男がゾロゾロと出て来る。何か言っていたがどうでもいい、ちょっとイライラの解消を手伝ってもらおう。


「泣いて謝っても知らないぞ?お前の女達は俺達が貰い受ける。安心しろ、ちゃんと可愛がってやるからなっ。ゲハハハハハッ」


「能書きはいいからかかってこいよ」


 それを合図に細身の男が気合と共に殴りかかって来た。うわ……弱いなコイツら。軽く躱すと鬱憤を込めた拳をカウンターで思いきり腹に叩き付けてやる。


「ゴフッ!」


 気持ちがいいくらいに水平に吹っ飛び、観客を巻き込んでギルドの壁にぶち当たりようやく止まったヒョロ男。喧嘩をふっかけて来た大男や取り巻き、観客も唖然としていたが、俺はまだ大男を殴っていない。

 やると決めたからにはやる、さっさとやって宿に帰って風呂に入りたい。


「来ないならこっちから行くぞ?」


 俺の声で我に帰った男達。一撃で勝敗は見えたものの観客もいるので後には退けないのだろう。

 そんなことは知ったことではないので一人一撃叩き込んでさっさとノックアウトすると、多少はスッキリしたので放っておいて宿に帰った。




「お兄ちゃん、ちょっとやり過ぎじゃないの?」


 一人で風呂に入っていると隣の部屋の筈のモニカがタオル一枚身に纏った姿で当然のように入って来る。

 確かに大人しくしていなければならない筈の俺が騒ぎを起こしたのは不味い、それは分かっている……が、あのままサラを触らせるのも我慢出来なかった。サラは自分で身を守る術を持っていないのだ。頼まれたのもあるが俺が守ってやらなければならない。


「でもサラを守ってくれて、ありがとね」


 サラを守って……か。あのときは考えてなかったが、もしかして “俺のモノ” に触られるのが嫌だったのか?だから我慢ならなかったのだろうか?俺はサラの事をどう思っているんだろうな。

 モヤモヤした気持ちになって来たので桃色の唇を俺の口で塞いだ。


「んっ」


 漏れる吐息とモニカの匂い。モニカの存在を感じる度に心が満たされて行く感じがする。


「ここでするの?」


 仄かに赤く染まる頬と潤んだ青い瞳、俺を求める視線に抗う術など持ち合わせていない。


「ベットまで我慢するよ」


 モニカを抱き抱えて立ち上がると巻き付いていたタオルを剥ぎ取り、イチャつきながら身体を拭くと二人でベッドに潜り込んだ。



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