8.別れ
「お待たせ、悪いけどコリピサまで頼むよ」
俺を待っていてくれたお馬さんに、コレットさんから貰った林檎を一つあげると再び荒野を走り出した。林檎のお礼と言わんばかりに頑張って走ってくれる良い子。
やっぱり馬は良いねぇ、なんて考えながら一人で風を切って行けば大した時間もかからずに町が見えてきた。夕方までに着ければいいやと思ってたけどまだ空の色は変わっていない、意外と早かったな。
少しばかりドキドキしながら門番さんに偽造されてるギルドカードを見せるが、何の問題もなく町に入る事が出来た。
さてと、うちの馬車は何処かなぁ……目星を付けて向かった先はドンピシャで当たり。裏手で馬を預けると宿に入った。
「お兄ちゃんっ!お帰り。早かったね」
入ってすぐ脇の食堂で寛いでいたモニカは、俺を見つけるなり駆け寄り飛び付いて来る。軽い衝撃を受け止めキスをすると皆の無事を確認した。
宿の女将さんに聞けばフォルソリ村は南西に四時間ほど行った所だと教えてくれたので今から行くとなると村に到着するのは夜中になってしまう。スーザとアルミロも「明日でも良い」と言ってくれたのでその日は宿に泊まることにした。
お姫様と貴族の娘の旅だ、安宿な訳がなくて探すに苦労しなかったが、その中でも良い部屋を三つも取っていた。まぁお金も有るし良いんだけど……良いのか?
俺はスーザとアルミロと同じ部屋だ。一先ず風呂に入りたかったので一緒に見に行けば二人共が目を丸くして驚く。
「何これ!?すっご〜いっ!これに入って良いの?」
一緒に風呂に入ろうと言ったらスーザが恥ずかしそうにしたのでレディファーストでスーザが先に入る事にして、俺とアルミロは順番待ちだ。
「大人用だから溺れるなよ?何かあればそこから呼べば聞こえるからな」
カーテンを閉めると服を脱ぎお湯に浸かる音がしたと思ったら、ふぅ〜と声が聞こえたので安心して部屋に戻る。
その後でアルミロと二人で入ったが、こんな綺麗な風呂は入ったことないとはしゃいでいた。
二人の髪を乾かしてやり食堂に降りれば俺達しか居なかった。待っていようか迷ったが三人で先にご飯を食べることに決定。
流石に良い宿だけあってコース料理らしく、テーブルにはナイフとフォークが何本も並べられている。スーザもアルミロも戸惑っていたが、俺もそんなにマナーを知っているわけではないし人目があるわけでもなかった。
「大丈夫、好きに食べればいいよ。ナイフとフォークは外側に置いてあるのから順番に使うんだ」
前菜に始まりサラダにスープ、魚料理を食べた所でモニカとサラがコレットさんを連れて降りて来た。
「一緒の部屋が良かったな」
耳元で囁くモニカにキスをして「今日は我慢だな」と言うと、スーザには聞こえたようで顔を赤らめている。
二人が席に着くとコレットさんが厨房の方へ行こうとするので、あぁ……と声をかけた。
「コレットさんも座って食べなよ」
やはりと言うか当然と言うか「なんで?」という顔をしたのでウインクしてやると、意図を察してくれてモニカの隣に座る。
屋敷ではメイドとしての仕事があるとはいえ、今の俺達は旅の仲間だ。キャンプの時はご飯の用意など甘えてしまっていたが、それは彼女が一番慣れているからってだけで決してメイドだからやってもらおうとは思っていない。
コレットさんも宿からしたらお客様なのだ。メイドとして振る舞う必要がない上に彼女は対等な仲間なのだからご飯を食べる時は一緒に食べて欲しかったのだ。
部屋に戻りベッドにダイブするとポヨンっと気持ちのいい反動が返って来る。俺の真似をして二人とも自分のベッドにダイブすると同じようにポヨンとしていたので三人で笑い合い、しばらく喋った後で寝ることにした。
窓から差し込む月明かりの中、ベッドに座って首にさがる指輪を取り出すと、スースーという寝息を聞きながらぼんやりと眺めていた。
せっかく久しぶりのベッドなのにモニカと別の部屋とは寂しいな、などと思っていたらベッドが揺れるので『おや?』と視線を向ければスーザが入り込んで来て俺の側で布団を被り丸くなった。
「どうした?寝れないのか?」
顔を上げて激しく首を横に振ったスーザの顔は真っ赤に染まっている。熱でもあるのかと慌てて額に手を当てるが、潤んだ瞳が俺を見つめていた……どうやら違うらしい。
「レイさん、助けてくれてありがとう。それにこんな高そうな宿にまで泊めてもらって……何かお礼をしたかっんだけど、考えても何も思いつかなかったの。だから……私を好きにしていいよ」
おいおい、そういうことか。けど、俺は見返りを求めて二人を助けた訳ではないし、こんな幼い子供からそんなものを受け取る訳にもいかない。まぁ、お礼をしたいという気持ちは嬉しいがな。
ゆっくりとスーザを抱きしめると「あっ」と言う声が聞こえた。やはりかなり勇気を振り絞って来たのか、少し震えている。そんな健気な彼女が可愛く思えて額にキスをした。
「スーザ、感謝の気持ちだけ貰うよ。けどそういのはスーザが好きになった男とする時までとっておきなよ。
俺が二人を助けたのは俺自身がそうしたいと思ったからだ。だからそれに対して報酬を貰おうとは思わない。ちゃんと村まで送って行くから安心して寝てて良いよ」
その言葉に納得したのか、強張っていた身体から緊張が抜けていく。しばらくするとスーザがコクリと頷いたので離してやり、頭を撫でた。
しかし「一緒に寝ていい?」と聞いてくるので困ってしまったが、まぁ添い寝ぐらいならと了解してそのまま二人で寝ることにした。
「本当言うとね、レイさんにして欲しかったんだ。でもモニカお姉ちゃんはレイさんの彼女なんだよね?怒られちゃうもんね」
そんな爆弾発言には乾いた笑いを返して誤魔化すしかなかったが、何事もなく一晩を過ごすことが出来た。
翌朝、朝食を採るとフォルソリ村へと馬車で向かう。あぶれた俺が一人で馬に乗ると言えばスーザが乗せてとせがむので俺の前に乗っけて二人で乗馬散歩だ。
「あーあ、もう少しレイさん達と一緒に居たかったなぁ」
完全に安心し切った彼女は俺に背を預けてそんな事を呟いている。
小さな村にいたら村の外に出る機会などあまり無いのだろう。盗賊に攫われたという最悪なキッカケだったが、無事戻って来れたという幸運に見舞われた。彼女にしてみれば物語のような大冒険なんだろうな。それを惜しむ気持ちは分かるが現実は厳しいもんだ。
村の男と結婚してずっと村に居れば、平凡だが安全に生きられるだろう。しかし村から出るとなると頼れる家族すらおらず、守ってくれるものなど何も無いのだ。そうなるとよほど秀でた才能があるか、幸運な巡り合わせでもない限り、生きるのに必死になってしまい幸せなど掴めるのかどうかなんて分からない。
どちらの道を彼女が選ぶのかは知らないが、出来れば長く、幸せな人生を送って欲しいものだ。
フォルソリ村は人口五百人規模の村だった。コリピサの二万弱と比べるとその差は歴然で、見た感じからして小さな村だと思えた。
それでも俺の出身であるフォルテア村は人口八十人、それよりは遥かに大きな村だ。
「ただいまー!」
「お母さん?お父さん?」
村の入り口で馬車を預けて二人の家に着けば、優しそうな顔立ちのご両親が大慌てで出迎えてくれた。やはり二日も帰らない我が子を心配していたようで両親共に涙を流して再会を喜んでいる。
家に招かれお茶を飲みながら経緯を説明すればみるみるうちに顔が青ざめて行く。薄々は気付いていながら認めたくはなかったのだろう。実際に攫われたと聞かされ胸を抉られる思いなのだとは想像がつく。
だが二人は幸運にも無事に帰って来れた。偶然が重なったとはいえ攫われた者が帰るなどほぼほぼ有り得ない出来事なのだ。
そんな幸運の上乗せにと、鞄から革袋のお土産を取り出し机の上に置いた。
「二人のおかげと言っては言葉が悪いかも知れませんが盗賊団のアジトを潰せました。これはそこに有った物の一部です。お礼にとっておいてください」
受け取れないと言い張るご両親だったが強引に押し切り受け取ってもらった。
子供を助けられた上にお金まで貰うなんてと思うのは普通だよな。けれども二人を助けなかったら手に入る事のなかった金だ、少しでも貰って欲しかったのだ。
お昼ご飯をご馳走になり二人に別れを告げるとスーザが頬にキスをしてくれた。お返しにオデコにキスをしてあげるとガバッと抱きついて来たので頭を撫でてあげる。
「元気でな、また近くに来たら寄るよ」
頷くスーザと離れると今度はアルミロが寄ってきた。俺が手を出すとしっかりと握り締めてくる。
「もう攫われるなよ?姉ちゃんを守れるぐらいに強くなれ」
「わかってる!」
元気に返事を貰えたので二人に別れを告げると、わざわざ村の端までついて来て「ありがとうございました」と何度も言う二人の両親に見送られて村を出た。
帰りはモニカが馬に乗ると言うので後ろに横乗りさせてやると楽しそうに笑っている。
「お兄ちゃん、スーザと一緒に寝たでしょ。あんな小さな子とエッチしたの?」
思わず吹き出しそうになったがなんとか堪えた。横目で振り返ればジトーっとした冷たい視線を突き刺してくる。
「あのなぁ、俺はそんなに見境のない狼か?一緒には寝たけど添い寝しただけだぞ?今、俺の彼女はモニカだけだろ?モニカとしかしないよ」
「コレット……」
「はぅっっ!?」
ボソリと呟くモニカ。いやそれは……俺が襲われていただけたし……まぁ、言い訳か。でもモニカとしてからは一回もしてないぞ?
口では誰とでもしていいと言うがやっぱり気にはなるんだな。ティナと一緒になったら大丈夫か?
「今夜は一緒に居られるかな?」
そんな事を聞けばギュッと抱きしめられた。モニカも同じ気持ちでいてくれることがとても嬉しく感じ、とても幸せな気分になる。
「モニカぁ?そろそろ代わってよぉ」
コレットさんの隣で足をブラブラさせてる王女様らしからぬ姿のサラが不満気な声を挙げている。身分から解放されて一人の女の子としての素の姿なのだろう、気を許してくれるのはコッチとしても気を遣わなくて済むので喜ぶべき事だな。
苦笑いするモニカがサラと交代すると、待ってましたとばかりに俺にしがみついてくる──目的はそれかよっ!
未だ気持ちのよく分からないサラは、しなだれかかるように身体を預け、ご機嫌な様子で鼻歌を歌い始める。彼女が奏でる心地良いメロディを聞きながら『焦ることなんてないか』と、ゆったりとした歩調でコリピサへと戻った。
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