13.夢見る少女
「お父様っ!抵抗する気の無い人に乱暴するのは止めてください」
戦意の無くなった海賊など怖くはなくなったのか、ミレイユの肩を掴む父親に慌てて駆け寄ると、自分の意思を伝えるべく真剣な表情で拳の握られたもう片方の手を掴まえた。
「あ……すまない。私とした事が、熱くなってしまった」
娘の顔を見て我に返ったケヴィンさんはミレイユから手を引くと『もう大丈夫』と言わんばかりにセリーナの頭を撫でてニコリと微笑み、改めてこの船の船長であるミレイユと向き合う。
「このシミター、曇りが無くて綺麗なもんだな。抵抗しなければ暴力はしない、だが言う事を聞いて金を寄越せと言うお前達リベルタラムズの掲げる義賊とは一体なんなんだ?」
太陽を反射していたミレイユの投げ捨てたシミターを拾い上げると、鏡のようにピカピカな刀身に俺の顔が映る。
しかしその割には持ち手部分は使い込まれた跡があり、新品ではないのが一目瞭然だ。つまり人を斬る為ではなく、人を脅す為に何度も使われた事を物語っているのだろう。
受け取りやすいよう回転を与えず投げられたシミターはミレイユの手に戻ると、俺の言葉で気になったのか刀身に映る自分の顔を眺め始めた。
「……頼みがある」
黙ったまま数秒考え込んでから視線を上げたミレイユは、シミターを鞘へと戻し黒い瞳をサラへと向ける。
何かを決めた真剣な目をしているが、最早囚われの罪人である彼女の頼みを聞く必要性が見当たらない。
「姉御ぉっ!」
「おだまり!アタイの独断だ、全ての責任はアタイが取る」
テツが声を荒げると大人しかった海賊達が騒めき出すので、どうやらリベルタラムズにとって重要な事のようだが、解体が決まったようなものなのに今更何を願うというのだろうか。
「義賊などと名乗ってもやっていたことは海賊行為と何も変わらない事くらい理解しているよな?
犯罪者であるお前の望みを叶えてやるかどうかの選択権は俺達にある事を踏まえた上で、それでもと言うのなら頼みとやらを言ってみたらどうだ?」
ピクリと細い眉が動くのが見えたがそれでも表情は崩さなかったミレイユ。何かを確認するようにテツへと視線を向けたが、諦めたように目を瞑り小さく首を横に振るのを無視して俺へと視線を移すと深呼吸するようにゆっくりと息を吐いた。
「海賊団リベルタラムズの首領はこのアタイだ。アンタの言うように、これまでの海賊行為の全ての責任がアタイにあるのは理解しているが、それを押してでも銀髪のお嬢ちゃんの腕を見込んである人の病を治して欲しいと切に願う。
その人物は訳あって生活を共にしているが我々の活動の事は知らないし、リベルタラムズとは無関係の人物だ。ただ、その方には我等全員大恩があるので、捕まって居なくなる前にせめてもの恩返しがしたい。
その心残りを解消してくれさえすればお前達の質問の全てに従順に答えよう」
生活を共にしているのに無関係?首を傾げてしまう事を言うが、それが真実かどうかも分からないし、俺達を誘い込む為の罠だと言う事も考えられる。
「う〜ん、見返りが緩いなぁ。それじゃあ交渉にはならないぞ?罪人から情報を聞き出す手段なんて幾らでもある事くらい知ってるよな?」
「ではどうすればいい?どうすればアタイの願いは叶えられるのだ!?身体か?未だ手付かずのこの身を差し出せばアタイの最期の願いは叶えられるのか?」
「お前は既に囚われの身だぞ?当然お前の身体も俺の手中にある、こんな風にな」
これ見よがしに立てた人差し指に黒い光が灯ると、目の端に悔し涙を光らせたミレイユがゆったりと歩き出した。
「!!!」
テツを先頭とする海賊達の前まで来たところで彼等に向かいスカートの端を摘むと、優雅にお辞儀をしながら膝を曲げて淑女らしい挨拶をする。
「姉御!?」
「何でだっ!身体が……勝手に動く!?」
指を鳴らすと同時に闇魔法が解けてしゃがみこんだミレイユ。俺の仕業だとは分かってもらえたようで、解放されたことに安心しながらも最期の切り札である自身の身体すら自分のものでなくなっているのにようやく気が付き、願いを叶える為の手札が無いことに絶望すると力無い目で俺を見上げる。
「レイく〜ん、可愛い女の子に悪戯するのはいいけど、イジメるのは良くないわよ?」
「そうね、好きな女の子に勢い余ってしてしまう悪戯なら良いけど、イジメは良くないわ」
『何を言い出した!?』と振り向けば、船と船を繋ぐ橋に腰掛けたアリシアと、その隣に座るイルゼさんがニコニコしながら事の成り行きを見守っている。何処でどう誤解が生まれたのか知らないが、そこそこ美人だからとて碌に会話もしていないような人を好きになったりはしないぞ?
「義理母様と叔母様に叱られるから、仕方がないので君にチャンスをあげよう」
「いや〜んっ、義理母様ですって!レイ君もう一回言ってくれない?」
「アリシアは良いわね、私なんてオバサンって言われたわよ?酷くない?」
慌てて振り向き「オバサンじゃなくて叔母さん!!」と禍根を断っておくと、動揺が前面に出ていたようで隣に居たサラにはクスクスと笑われ、セリーナも プッ と吹き出す始末。更に相対するミレイユと海賊達は、余りにも緊張感のない会話に ポカン としているではないか。
「え〜っと何だっけ?……そうそう、チャンスをあげようって話だったよな。ケヴィンさん、何か聞きたいことがあるんですよね?」
「あ、あぁ……この船を手に入れた経緯と、この船の元々の乗組員が今どうしているのかを知りたい」
「お前の願いを叶える見返りの一部を先払いしろ、それが飲めないのなら交渉は決裂。このままギルドに突き出すが、どうする?」
選択の余地は無いはずなのに顎に手を当てて考え始めると、再びテツへと視線を投げかける。
今度はゆっくり頷いたテツに頷き返すと、絶望感から泣きそうだった顔とは一転して威厳のある船長の顔へと戻ったのだが、発した言葉は条件を鵜呑みにするものではなかった。
「譲歩には感謝するが、その事についてはアタイが語るよりアジトに居る我等の恩人に聞いてもらいたい。ただ一つ言えるのは、その恩人と言うのはアタイ達の前にこの船を操っていた人物だという事だ」
質問に答えず逃げるような言葉に『こんにゃろ!』とも思うが、肝心のケヴィンさんは完全に釣られたようで既に行く気満々な顔をしている。
取り立てて何かが欲しいと言うわけではない。ましてやミレイユの身体が欲しいという事もないし、例え罠であったとしてもここに居る人数くらいなら全員を守りながらでも無事に帰る自信はある。
「レイ?」
俺の手を握ったサラが『それくらいにしてあげたら?』と目で訴えてくるので交渉術の練習はここまでのようだ。
「それだけの言葉では俺は気に入らないんだが、それでいいと言うサラに感謝するんだな。
お前達のアジトとやらに案内してもらうとするが、二隻はこのまま固定したままで行く。船長であるミレイユは人質としてケラウノス号に連れて行くが問題無いよな?」
「わかりやした」と副船長であるテツが答えるとここから二時間程で着くとミレイユが教えてくれた。
▲▼▲▼
「「ひゃっほーーいっ!」」
ドッボーーンッ!!
雪を抱えたモニカが飛び込み台から豪快にジャンプすると、楽しそうな顔で髪を逆立てた二人が水の中へと沈んで行く。
《海賊船ドーファン号》とはあまりにも違うケラウノス号の甲板に呆然と立ち尽くすミレイユ。丸テーブルの真ん中にある大きなパラソルが日陰を作る涼しい席を勧めると、夢の国にでも迷い込んだ子供のような表情で、返事は愚か、瞬きすらしないままにストンと腰を降ろした。
「口に合うと良いのですが、よろしければどうぞ」
透明なグラスを満たすのは小さく切られた四角い氷が ゴロゴロ 入れられた茶色い液体。
暑い海の上は冷たい飲み物が好評らしく、豪華客船ケラウノス号にはフルーツのジュースやワインなどを冷やす為の魔道具が完備されており、熱いお湯で淹れられた紅茶も冷たく冷やしてから頂けるのだと言う。
薄くスライスされたオレンジの砂糖漬けを一枚入れた深めのワイングラスに、魔道具で作られた氷をぶち込み冷たくなった紅茶を注いだものがコレットさんがミレイユの前に置いた飲み物なのだ。
放心しているかのようにゆっくりとした動作で見上げた先のコレットさん。その微笑みを認識した後、恐る恐るといった様子でグラスを持ち上げ、飲みやすいよう伸びるストローに口を付け一口吸い込む。
「っ!!……美味しい」
紅茶の香りの中に漂う甘さと酸っぱさがアクセントになる素敵な飲み物。俺も自分の前に置かれたグラスを手に取り口を付けるとやはり美味い。
「生姜っていうちょっと変わった素材を使ったクッキーもありますよ、紅茶とは合うと思うので良かったらどうぞ?」
ズズズズッゴッゴゴーーッ
余程気に入ったのか一息で紅茶を飲み干すと、ストローを咥えたままで目の前に出されたクッキーの載ったお盆を見る。キョトンとしながらも視線を上げると、ついさっき武器を手に争っていたエレナがにこやかにオヤツを差し出しているので、不思議そうに見ながらも言われるがままに一枚手に取り一齧りする。
「紅茶のお代わりお入れします、グラスを下さい」
少しばかり緊張しながらもクッキーの美味しさに頬が緩むと、目の前に置かれた紅茶のグラスを手に取り再び口を付けた。
「コレットさん、アイスクリームも無かったっけ?」
「ございますよ、いくつか種類がありましたので適当に見繕ってお持ちしますね」
リベルタラムズの頭として気丈に振る舞っていたミレイユからは想像も付かないほどに大人しく、まるで貴族の館に養子にやって来た孤児のようだ。
まだ若い彼女が海賊の頭を務めると言うのも紆余曲折があっての事だろうとは想像に難しく無い。どんな理由があったにしても罪を重ねた事には変わりがないが、まだ罪状の確定してない今は目の前にある現実を楽しんで欲しいと思った。
▲▼▲▼
リベルタラムズのアジトがあると言う小さな島へ到着したのはあれから三時間程経ってから。
小さな漁村のような港に二隻も入るのは不可能だと、港のすぐ手前で錨を下ろして停泊させると既に日が傾き始めている。
「黒髪の兄さん、姉御は無事なんでしょうね?もし姉御の身になに、か……」
二隻を繋ぐ橋を渡りケラウノス号へと足を踏み入れたテツが目にしたモノは、帆船の甲板ではあり得ない広いプールの設置された貴族の屋敷のような光景。
だが彼の驚いたポイントはそこではなく、プールを挟んで反対側のリクライニングチェアーに横たわる茶色い液体の入ったグラスを手に持つ紅い髪の水着美女だ。
胸部に巻かれた肩紐の無い黒い布で大きめの胸を包み隠し、腰の横の紐で蝶々結びに留められた小さな布によって大事な部分は隠してはいるのだが、普段は服で覆われているだろう日焼けの無い白い肌は惜しげも無く晒した人物、それは正しく彼が安否を心配した姉御の姿だった。
「野郎共っ!!!姉御の水着姿が拝めるぞっ!?」
「何ぃ!?」
「嘘だろっ!?」
「マジかよっ!!!」
流石は副船長、振り返り船中に響き渡る大きな声を上げるとドタバタと足音を立てて慌てて駆け寄ってくるドーファン号の海賊達。こっちに来るなと言った覚えはないが何故かケラウノス号には乗り込んでこようとはせず、ドーファン号の船縁に我先にと身を乗り出さんばかりに押しかけるので奴等の船が傾いた。
「どけよ!俺にも見せろ!!!!!」
「おおっ!すげぇ!」
「俺、もう死んでもいいよ」
「姉御ぉっ、最高だ!」
静かに見てるだけにすれば良いものの、口々に歓喜の声を上げるものだから少女は夢から醒めてしまったようで、寛いでいたミレイユも自分に向けられた熱き視線に気が付いて顔を真っ赤にして慌てて起き上がる。
主張されている胸を両手で隠しつつ身を捩って足も使い、なんとか男達の視線から逃れようとするものの余計に色っぽい格好となり更に歓声が増すこととなった。
「馬鹿野郎っ!見るんじゃないっ、持ち場に戻れ!早く!さっさと!!」
「姉御が遊んでる間にアジトに着きやしたぜ?」
「!!」
水着からはみ出す白いお尻を晒してテツ達がいるのとは反対側の船縁へ駆け寄るので再び歓声が上がるが、今はそれすら気にせず身を乗り出すと彼の言った事が本当なのだと理解したようで愕然としている。
アジトに着いてしまった事を嘆いているのか、はたまた遊び呆けていた事を悔やんでいるのかは知らないが、項垂れるミレイユの肩に前開きの白いパーカーを掛けてやったサラが「行きましょう」と言うと力無く頷いた。
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