3.二つ目の薔薇

 レピエーネでアリシアとライナーツさんを引き合わせた後は、王都とプリッツェレを経由して大森林へと向かうつもりでいた。


「私の妹であるイルゼとは面識があるそうだな。この間、家に来た時にティナとの婚約祝いをするから是非遊びに来いと言っていたぞ?

 カナリッジまでは魔導車なら二日弱と言ったところだが、時間があるのなら顔を出してやってくれないか?」


 ランドーアさんの一言で俺の計画は淡くも崩れ去り、大陸の西の海岸にあるカナリッジへと向かう羽目になった。親戚間の挨拶回りは必要と言えば必要な事だし、イルゼさんや、その旦那のケヴィンさんには一度遊びに来いと誘われていた事もあり断りきれなかったというのもある。


 獣人の国の国王であるアリシアの父親も、別に今日明日死んでしまうとかではないので多少の寄り道は構わないとジェルフォの意見も加味しつつ、カナリッジからリーディネを経由して大森林へ向かう事にした。

 どっちにしても水の属性竜であるフラウに会う為にリーディネへは行かなくてはならなかったので丁度良いと言えば丁度良い。



 妻であるモニカとエレナ、そして婚約者であるサラとティナとリリィ。それに加えてコレットさんと雪にアリシア、ライナーツ、そしてジェルフォの合計十一人。満員となった魔導車はアリシアの明るさのお陰でとても賑やかで、楽しげな雰囲気の中レピエーネを出て西へ西へと進路を取った。




 途中の小さな町で一泊した後、再び魔導車を走らせると、思ったより早く着いたようで昼前には目的地であるカナリッジに到着する。


「こんちゃ〜」


 クレルトルやアンシェルよりは王都に近い為か、魔導車に付いている貴族証を見るなり緊張した面持ちで脇に退いて頭を下げる門番さんに声をかけると何事かと慌てて寄って来たので、声を掛けるのも遠慮した方が良いのかと自分の立場というものに少しだけ嫌気が差す。


「ちょっと頼みがあるんだけどいいかな?」


「ハッ! なんなりとお申し付け下さい!」


 顔の見える位置で魔導車から少し離れて立つミスリルの鎧に身を包んだベテランの風格の漂う男。直立不動の姿勢に『うゎ〜、話し辛い』と思っていれば操作球に置く右手にティナの左手が添えられる。

『気にしたらダメ』そう言いたげな顔で微笑まれるので『そうだよな』と無理矢理納得して再び男に視線を戻すが微動だにしておらず、ジッ と俺の言葉を待っている。


「悪いけど、ここの領主であるサザーランド夫妻に俺達の来訪の報告と、昼食を取ったら伺う事を伝えてくれるか?

 あと、あるかどうか分からないんだけど、薔薇の何ちゃらって言うレストランを知らないか?」


「報告の件は承りました。レストランですが、《薔薇の交響曲》でよろしかったでしょうか?あのお店でしたらメインストリートを真っ直ぐ町の中心部に向かっていただければ白くて大きな建物ですのですぐに分かるかと思います」


「カナリッジをお楽しみください」と終始緊張した面持ちの騎士に見送られ町に入り込むと、行き交う人の多い賑やかな町だった。見た感じ商人が多いのか、それっぽい人が沢山の木箱を積んだ馬車を操り町の外へ出て行こうとすれ違って行く。



 港町であるカナリッジは歴史が浅いようだ。商業により比較的最近大きくなった町らしく、大小様々な建物が所狭しと立ち並ぶ様子からも急速に発展した事が伺える。


 船による運搬により、大量の物資が行き交うこの町では、北からの鉱山物資や布製品、南からは食物や香辛料などが一堂に会し、ここから王都への街道も平坦で安全という事も重なり多くの商人が集まってくるのだと言う。


 商人の出入りが多くなればそれを狙う賊も多くなりそうなものだが、それにも増して冒険者達も仕事を求めてこの町に集まるらしく、それほど大きな被害が出るような事態にはなっていないらしい。


 商人達が通る王都への街道も似たような状況らしく、総じて平和が保たれているので、世間ではカナリッジから王都までの街道の事を “金を産む道” という意味を込めて《シルクロード》と呼んでいるのだそうだ。



 門番をしていた騎士の言った通り、薔薇の交響曲という名のレストランはとても分かりやすかった。


 周りから異彩を放つ四階建ての大きな建物は、金に物を言わせたと分かる白塗りで清潔感溢れる外壁に加えて透明度の高い大きなガラス窓が嵌め込まれており、メインストリートから中の様子がよく見えるような造りだ。

 一見すると高級店のようなのだが中で食事をしている人達は別段金持ちといった風貌でもなく、ごくごく一般的な服装の人ばかりで町人から商人らしき人、中にはようやく駆け出しを卒業したくらいの冒険者って格好の人まで食事を楽しんでいる。


 皆一様に幸せそうな顔で似たような物を食べていることからも、ここも何かの専門店なのだろうと想像がつくが、オーキュスト家の店は全部専門店なのだろうか?



 店の前に魔導車を停めればすかさず寄ってくる男女二人。

 身に付けているのは礼服っぽい服装。赤いラインの入った白を基調とする服は清潔感を感じさせ、颯爽と寄って来て魔導車の扉を丁寧に開けてくれる姿がなんとも言えずカッコいい。


「ようこそおいでくださいました。薔薇の交響曲一同、皆様のご来店を心より歓迎いたします」


 みんなが降りたところで、キョロキョロと物珍しそうに辺りを見回す獣人三人を余所にコレットさんが「魔導キーを貸してください」と言うので不思議に思いつつも手渡すと、女の店員と二人で魔導車に乗り込みどこかに行ってしまった。


「後で来るから大丈夫よ」


 サラによると、ここに置いたままだと通行の邪魔になりかねないので店の裏まで移動させるのだと言う。そんな事なら教えてくれれば俺がやるのにと思いつつもサラと共にもう一人の男の店員に連れられ店の入り口まで来ると、可愛らしい文字で見やすく書かれたメニュー表が木の看板に貼り付けてあった。




・梅ちゃんコース 銀貨七枚

茹蟹 + 蟹飯 + 蟹汁


・竹やんコース 銀貨十枚

茹蟹 + 蟹刺 + 焼蟹 + 蟹鍋


・松っつぁんコース 銀貨十五枚

蟹料理のフルコース


※上記三コースはドリンク一杯とデザートが付きます


・鶴さんコース 銀貨十枚

九十分間、茹蟹を食べ放題!


・亀さんコース 金貨一枚〜

特上の蟹を味わいたい貴方にオススメです




 可愛くも特徴を捉えた蟹の絵まで書かれた紙に目を惹かれて足を止めると、メニューの横には金額まで載っているのだが、その金額が他で食べるご飯より遥かに高くて驚いてしまう。


 銀貨一枚有ればお腹いっぱいのご飯が食べられる世の中で、この値段設定はどうなの!?


「当店は一般のお店よりもお高い食事処となっておりますが、それでも沢山のお客様にご利用頂けているのは、偏に蟹という食材が大変に美味しいものであるからです。


 当店が提供しております《ズワイガニ》は蟹の中でも最高の味が楽しめると言われており、安い物でも蟹一杯の値段が銀貨五枚からと食材自体の値段が高価な食べ物なのですが、我が店のオーナー様は庶民の皆様ともこの美味しさを分かち合いたいという強い思いから採算を度外視し、比較的リーズナブルに召し上がって頂けるように料金を設定しております。


 他の町では味わえない特別なモノという事もございますが、世界各地から様々な食材が集まり、それに伴い様々な料理が提供されるこのカナリッジに於いて、記念日やお祝い事、特別なお客様の来訪時など普段より美味しい物を食べたいといった時に当店をご指名戴ける方達が多くなったのは我々の誉れだと自負しております。


 お客様方も各地で様々な美味しい物を召し上がって来られたかと存じますが、薔薇の交響曲が自信を持って提供致します絶品料理をご堪能いただければ幸いかと存じます」



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