37.見えない愛

 轟音と共にレカルマの頭が弾け飛んだかと思った途端、私と同じ水幕でも張ったのかと思う球状の白い幕が現れ、凄い勢いで膨れ上がりコッチに向かって来る。


 身の危険を感じ慌てて作り出した船と同じ大きさの水の壁、だがそんなもの、呆気なく水蒸気へと変えられてしまった。


「きゃーーーっ!」


 それに伴い襲い来る激しい波、多少は緩和出来たのか強風に煽られ吹き飛ばされただけで済んだ。

 床を滑るのは正直辛い。どこか擦りむいたらしく身体のあちこちが痛みを訴えて来る。しかしお兄ちゃんからみんなを頼まれたのが頭を突ついた。


 すぐに起き上がると、船を揺らす波を相殺すべく此方からも水魔法で波を作ろうと魔力を練り始めたとき、巨大なレカルマが光り輝く。


 眩しくはない不思議な光。下から上へと登って行った光りの波は、最初に光と化した下から徐々に収まって行く。

 その後にはあの巨大な姿は無く、赤黒い二つの目玉があった付近に、何もない筈の宙に浮いた状態で真っ赤で大きな玉だけが一つ、忘れ物のように取り残されていた。


 アレはもしかして魔石なのかな?あんな大きなのがあるんだっ。



ドボンッ!



 ええっ!!海に落ちちゃったよ!?


 慌てて船頭に駆け寄り海を見ると、ゆっくりと沈んで行く大きな魔石が見える。

 せっかくの魔石が……お兄ちゃんが頑張った証がぁぁっ!!!


 そういえばとフト思い出す。あれ?なんで海が静かなの?

 爆発があった後なので、サラの火魔法爆弾の時のように ドッバンドッバン と大きく揺れる筈なのに、魔物が襲ってくる前の海のようにとても穏やかなのだ。


──はて?


 小首を傾げていると私の胸の辺りで青い光の塊が人の姿を取り始めた。私はそれをそっと抱きしめると、沈み行く魔石を愕然と見送る。


「雪ちゃん、お兄ちゃんの魔石が沈んじゃった」


 私の腕に抱かれた雪ちゃんが ピッ! と魔石が沈んで行った辺りを指差すと……あれれ?魔石が浮かんできた!


「ナイスキャッチ、わたし!」


 ザッパーンッと大きな音を立てて現れたのは、自分より大きな魔石なのになんとなんと、片手で軽々と持ち上げている人魚姿のフラウさんだった。

 ソレをポイっと船に投げ込むので船員さん達はアワアワする。


 そんな事など気にもせず、一度海へと潜ったフラウさんは ピョーンッ と空高くへと飛び出して行く。


 姿が黒い点になるくらいまで高く飛び上がったフラウさん、まるで空を泳いでいるみたいだな……あ!あれはっ!お兄ちゃん!?


 何故それがお兄ちゃんだと認識出来たのかは分からない……きっと愛ね、うふふっ。

 お兄ちゃんを抱き抱えると……んんっ?今キスしませんでした!?お兄ちゃんの浮気者めっ!後でお仕置きだからねっ!!


 空から落ちて来る二人に向けて海面から水が立ち登る。ニョキニョキと伸びた柱からは水で出来たそれはそれはなが〜〜い滑り台が伸び始め、それを滑って私達の待つ船の上へとやってくる。


「ねぇサラ、私もアレやりたいなぁ。お兄ちゃんだけズルくない?雪ちゃんもそう思うでしょ?」


「あんな高いのは無理よっ!私は絶対にお断りだからね!」


「なんでよぉ、下は海なんだから落ちても大丈夫だって。一緒にやらせてってお願いしてよっ」


「馬鹿なのっ!?海でも高い所から落ちたら普通に痛いんだからねっ!死んじゃうんだからねっ!!」


 サラは現実的過ぎるんだよなぁ。もう少し人生楽しんでもいいと思うのは私の押し付けなのかな?


「よっと、とうちゃ〜〜っく!」


 お兄ちゃんをお姫様抱っこしたフラウさんが甲板に見事な着地を決める。

 でも「私もやりたい」って言おうと思ってたのにそれは叶わなかった。


「お兄ちゃん?お兄ちゃん、起きてぇ。おぉ〜いっ」


 フラウさんの胸の中、私が揺すっても雪ちゃんがペシペシ叩いても全然起きる気配がない。疲れちゃったのかなぁ。


「大丈夫よ、寝てるだけだわ。しばらくしたら起きると思うよ。それで、何処に寝かせておくの?」


 福船長さんに案内され私達の部屋にお兄ちゃんを寝かせて、その隣にお兄ちゃんの黒い刀を置いたフラウさん。白い刀はポワ〜っと光ってて綺麗なのは知っているけど、今日は黒い刀もほんのりと黒い不思議な光を放っていて綺麗だった。


「鞘には仕舞わずそのまま置いておきなさい」


 危ないなぁと思いつつも言われた通りにする。

全然知らなかったけど最初から船で泊まる予定だったらしいので各個人の部屋が用意されていたんだってぇ。そういう事は前もってちゃんと言って欲しかったな。



 甲板に戻ると船員さんが船の修理を始めていた。あんなでっかい魔物に襲われたのだから壊れてない筈ないよね。

 海に投げ出された人の何人かは助かったらしいけど、残念ながら命を落とした人もいるそうだ。でもその人達のお陰でこれからここの海域でも漁が出来るってみんなは明るく振る舞っていた。亡くなった人達の為にも漁を頑張らないとだね、船長さんっ。


「嬢ちゃん、兄ちゃんは起きたか?」


 心の中で船長さんに話しかけてたらその本人が現れたので少しだけビックリした。何食わぬ顔で船長さんを見て首を横に振る、バレてないよね?


「そうか、まぁあれだけ頑張ったんだ。さぞ疲れたろうから寝かしとけばいいか。まさか本当に奴を倒しちまうとは思ってもみなかったよ、期待以上だ。

 それで嬢ちゃん、あの魔石なんだがよ。あれはどうするんだ?あんな馬鹿デカイのは見たことないし、何よりあの色だ。城でも買えそうな値段で売れるんじゃねぇか?ガハハハハハッ」


 気持ちの良い笑い声を残してさっさと行ってしまいました。私に用があった訳ではないのは分かってるけど、もう少しお話してくれても良かったのになっ。

 あの人はとても良い人だけど、お兄ちゃんに気を遣ってか私達とはあまり長く話さないようにしてる気がするんだ。お兄ちゃんはそんなことで怒ったりしないのにね。


 お兄ちゃんのことを考えていたらさっき部屋を出て来たばかりなのに、もう顔が見たくなっちゃった。起きてるといいな。



 似たような扉がたくさん並ぶ狭い廊下を歩き、多分ココと思う扉の前まで来ると少し開いてた。あれ?閉めたと思ったけど、部屋を間違えたかな?

 不安に思いそっと中を覗くと、部屋は合ってたけどリンさんが居て……お兄ちゃんにキスをしてる所だった。


──私のお兄ちゃんなのに……


 あれ?私、何考えてるんだろ。こういうの嫉妬って言うんだよね。お兄ちゃんが望んだ事なら我慢するけど、寝てる時に襲うのはちょっと、なぁ……


 ワザと音を立てて扉を開けるとリンさんがビクッとしてこちらを向いた。私を見ると少しだけ焦りの色が見える、私って嫌な女だな。


「お兄ちゃん、まだ寝てるのね。寝坊助さんだよねぇ。早く起きないと夕食の時間になっちゃいそうだよ」


「そ、そうね。早く起きるといいね」


 そう言って部屋からいそいそと出て行くリンさん……ごめんなさい。


 すると通路を挟んで反対側の部屋からこれ見よがしに盛大な溜息が聞こえてくる。えっ!?とよく見ればサラが冷たい目をして私を見ていた。


「モニカ、今のは無いわよ。そりゃぁ寝込みを襲うのは良くないでしょうけど……」


「じゃあ私はどうすれば良いの?ランさんもリンさんも胸も大きくて凄い美人だわ。フラウさんだってそうだし、コレットだって……サラ、貴女もそうよ。お兄ちゃんの周りは綺麗な人でいっぱいだわ。私なんかそのうち捨てられちゃいそうで怖いの。

 私はこんなにもお兄ちゃんの事が好きなのに、みんなもお兄ちゃんの事が好きだって寄ってくる。

 私はどうしたらいいの?見て見ぬ振りすれば良いの?誰かにお兄ちゃんを取られるのを、ただ待っていればいいの?そんなの嫌よ……」


 ジワッと涙が溢れてくる。自分で自分が分からなくなる。私は本当にサラやティナの事を受け入れられるの?本当はお兄ちゃんの事を独占したいのに、ちゃんと我慢出来るの?


「ねぇモニカ。好きな人を自分だけのものにしたい気持ちは分かるわ。寄ってくる他の女に不安になるのもね。けど、大丈夫よ。レイは貴女のこと滅茶苦茶好きだから。もう好きで好きで堪らないはずだわ。


 貴女、さっきの戦いの時ですらイチャイチャしてたの覚えてないの?あんな戦いの中でキスとか意味分からなかった。あんなとんでもない魔物を相手に生きるか死ぬかのときによ?しかも最後のは何?『俺に勇気をくれ!』って、ばっかじゃないの?貴方達大馬鹿者よ。キスしたぐらいで勝てたら苦労しないわ。


 でもレイは、貴女のキスであの魔物に勝った、きっと愛の奇跡ってヤツね。羨ましかった。凄く羨ましかった。まるで物語の主人公とお姫様のようじゃない?貴女の隣に居た本物のお姫様には見向きもしなかったのにね、笑っちゃうわよね。


 だからさ、モニカ。貴女は自信持ってドーンと待っててもいいんじゃないの?

 きっとレイは、どんなにおっぱいの大きな人と付き合っても、世界で一番の美人と付き合っても、最後には必ず貴女の処に帰ってくるんじゃないの?自信持ちなさいよ」


 私はサラに飛び付いた。涙が溢れて来て止まらない。ヒックヒックと嗚咽も止まらない。

 そんな情けない私を優しく抱き留めヨシヨシと頭を撫でてくれるサラは本当に優しい娘なのだ。こんな人と親友でいられる私は幸せ者だな。


 サラとならお兄ちゃんを仲良く半分こ出来る気がしてきた。勿論サラと同じ親友であるティナともきっと上手くやってみせる。

 当たり前過ぎて見えてなかったお兄ちゃんの愛。思い出させてくれてありがとう、サラ。




 少し落ち着くとサラから離れて涙を拭った。よし!もう泣かないぞ!早く起きてよ〜、私の王子様っ。王子様の愛が足りなくなって来ちゃったぞぉ。


「サラもキスして行く?」


 エヘヘっと笑いながらサラに聞いてみると、顔を赤らめ照れている。想像しただけで赤くなるなんてサラってばウブなんだからっ!

 ほれほれと背中を押してみると「ちょっと!」とか言いながらも大した抵抗もなくお兄ちゃんの前まで押されて行く。


「ねぇサラ。さっきのお礼に、ここで一つ告白をしましょう。

 私のファーストキスね、お兄ちゃんなんだけどさ、寝込みを襲ったのよ?気を失って倒れていた所に私からしちゃった。ほらっ、サラもどう?私の時と違ってもう既に婚約者なんだから遠慮する必要ないと思うけどなぁ〜」


「えぇっ!?」と驚いた後で何やら考えてる様子。おぉっ?まさか行っちゃいますか?ここですると私、見ちゃうよ?いいの?バッチリ見ちゃうからねっ!


 耳まで真っ赤になったサラが意を決してお兄ちゃんを上から見下ろしている。たぶん心臓が飛び出るくらい バックンバックン いってるんだろうなぁ。うんうん、分かるよ、それ!


 サラの顔がゆっくり、ゆっくりとお兄ちゃんの顔に近付き、残り頭一つ分の所まで来た。


 きゃーーっ!サラのファーストキスっ!


「あれ?サラ?顔が真っ赤だぞ、どうした?」


 あと少しの所で未遂に終わったお兄ちゃん襲撃事件。だが直ぐ間近に迫ったお兄ちゃんの顔にどうして良いのかわからなくなって固まってしまったサラの運命は如何に!?   つづく。





「なんだよ、またキスして欲しかったのか?」


 お兄ちゃんはサラのおでこにチュッとキスをしたのでした、ちゃんちゃんっ。



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