48.平和に過ごす日常
「あまり家を空けていると仕事が溜まってしまうのでな、そろそろ帰ろうかと思う。明日の朝、王都を出発するからね、今日は早目に休むといい」
夕食の席でランドーアさんがそう告げた。考えてみれば今から帰っても一ヶ月近くレピエーネを空けることになる。そりゃ仕事も溜まりますよね、俺達の為にすみません。
四日かけ王都サルグレッドの南に位置するゾルタインに着くと、そのまま更に南下し三日かけてレピエーネへと戻った。
こうして帰ってくるとなんだか懐かしの我が家のようだが、此処はカミーノ家の屋敷であって俺達の家ではない。
帰り着いた次の日の朝、俺はさっそく愛しのあの娘の所へと向かった。今度は手土産持参な上に遊ぶ時間も十分にある。
「やぁお嬢、ようやく帰って来たね」
相変わらずティナは町の人に人気なようで、すれ違う人々や店先に居た人に声をかけられている。
「よぉっ!また来てたのか」
ティナと一緒のところを何度も目撃されているせいか、何故か俺達まで町の人に声をかけられるので軽く挨拶しながらレピエーネの町を突き抜け南の外れにあるウォルマーさんの厩舎に向かう。
「ウォルマーさんっ!お久しぶりです。シュテーアどこに居ます?」
お土産の酒を渡しつつシュテーアの居場所を教えてもらうと、逸る気持ちを抑えてたつもりだったのだが自然と早足になっていた。
「ちょっとレイさ〜んっ、そんなに急がなくてもお馬さんは逃げませんよぉ!待ってくださいってぇ〜」
エレナが何か言ってるが気のせいだろう。
厩舎から外に出ると柵に囲まれた広い草原の中、仲間と元気に走り回るシュテーアを発見した。
「シュテーアっ!」
思わず名前を呼んで駆け出せば、彼女も俺に気が付き走り寄ってくる。
「この間はごめんな、今日はいっぱい遊ぼうぜ。ほらっ、お土産買ってきたんだ、美味しそうだろ?食べてみろよ」
抱きつき、お互いの愛を確かめる。
鞄からリンゴを取り出して見せれば嬉しそうにするので口元に持っていけばペロリと一口。随分と美味しそうに食べるものだから、食べ過ぎは良くないと思いつつも三つほどあげてしまった。こんなに喜んでくれるならもっと買って来てあげれば良かったな。
「この子がレイさんの彼女さんですか?立派な子ですねぇ、わぉ、毛並みつやっつや!お目目もくりっくりで可愛いし鬣が気持ちいいですね。
ねぇねぇシュテーアちゃん、私も乗せてもらっていいですかぁ?」
うちの子、女の子はお断りするんですけど……ジッと見つめ合うエレナとシュテーア。しばらくするとシュテーアが歩み寄りエレナに頭を擦り寄せた。珍しくオッケーみたいだぞ?良かったなエレナ。
轡と鞍とを着けさせてもらいシュテーアに跨ると、首を撫で続けていたエレナを引っ張り上げ背後に乗せる。
「うわぁ、お馬さんの上は高いんですね!すっご〜い、遠くまで見えますっ。あ、レイさんっあそこっ!あそこに兎がいましたっ。わぁ〜、風が気持ちいいですぅ」
お前さ……はしゃぐのは良いけど、ちゃんと掴まってろよ。落ちたら痛いじゃ済まないぞ?
「あ、ほら。皆さんいましたよ。おーいっ!やっほーっ!」
いや、マジで危ないからちゃんと掴まっててください……俺の方がハラハラしてしまう。
待ち合わせの木の横に着くと既に全員準備万端、ユリ姉も無事に馬を借りられたようでカッコ良く一人乗りだ。
「エレナ、ズルイ」
ティナがジト目で見ているがエレナだけ置いていくのも可哀想だろう。シュテーアの許可が下りたので俺と一緒だ。
「ひゃっほーーいっ!きっもちいい〜。シュテーアちゃん最高ですね!あ、野鼠が居ましたよっ。アレは鹿ですかね?生き物いっぱーいっ!平和ですね〜」
草原を駆け抜ける七人と六頭、ご機嫌なエレナは俺の後ろにしがみついたまま身を乗り出している。 俺の顔のすぐ横に並ぶ綺麗な顔立ちの少女は向かい来る風などモノともせず、これ以上ない満面の笑みで長い耳を靡かせいるが……それ、痛くないのか?
到着したのは昔来たあの池、相変わらず綺麗な水を蓄えた湖と言ってもおかしくない広さの池は五年前と変わらぬ様子だった。
水に足を付けシュテーア達は池の淵を歩いて行く。そのまま池の中まで入って泳ぎ始めたので邪魔にならないよう慌てて離れる。
「シュテーア泳げるの!?」
両脚を器用に動かし競争でもするかのように水の中を進んで行く六頭。隣で一緒に泳ぐとこっちを見はしたが、今はそれよりも滅多に出来ない水泳に夢中のご様子。
服を着たまま泳ぐのは体力の消耗が激しい。濡れてしまったのを良い事にしばらくそのまま泳いでいたのだが、いい加減疲れてきたので池のほとりまで上がり寝転がった。
「あ〜楽しっ!こんなに楽しいのは初めてですっ!」
隣で仰向けに寝転がり空を仰ぐエレナ。
彼女は獣人、追われ、逃げるだけの大変な生活をしてきたのだろう。自由なようでいて本当は自由ではない。今まで肩身の狭い思いをしてきたのだから、その時間を取り戻すくらい思いっきり楽しんでくれたらいいなと思う。
「服、べったんこですね。このまま乾くかなぁ。パンツが気持ち悪いです」
そう……パンツが気持ち悪いのね、うーん。頭の中にシャロの工房で見たエレナの可愛らしいパンツが思い出される──あぁ、いかんいかん。
イケナイ妄想に走り出そうとしたところでそれを遮るように地面から吹き上げる風、俺達を包み濡れた服を乾かしてくれる。
顔を上げれば離れた場所でクロエさんが俺達に向けて手をかざし魔法をかけてくれていたので、手を挙げ『ありがとう』と合図をすると コクリ と頷く──さすがメイドさん、面倒見が良くて助かります。
「よし、勝負するぞっ!」
鞄から竿を取り出すと、昨日のうちに買ってきた餌に水を混ぜて練り上げ、釣りの準備をする。
「また私が勝つわよ?」
前回勝ったからってまた勝てるだと?世の中そんなに甘くないことをティナお嬢様に教えてやるっ、勝つのはこの俺だ!
クロエさんはやらないと言ったので六人で並んで糸を垂れることにした。静かな風の音と鳥のさえずりが時折聞こえてくる中、池の上に六つの浮きが静かに浮かんでいる。
そのまま時は流れ、時刻はそろそろお昼を迎えた頃だろう。
「釣れないね」
ティナの寂しげな呟きに コクコク と首を振るユリ姉。誰一人釣れないとか……寂しいね。まぁ、そんな事もあるのだろう。エレナなんて既にヨダレを垂らして夢の国に一人抜け駆け。
「そろそろお昼ご飯食べない?お腹すいたわ」
いい加減飽きたリリィがお昼の催促をしてくるので仕方なしに竿を退き上げようとしたその時、浮きが水の中に吸い込まれ糸が引っ張られる。
どうやらようやく魚が食いついたらしい。
「なんか来た!」
「ええーっ!」
「あ、わたしもぉ」
「「えええっ!」」
俺とユリ姉が魚を釣り上げるのを羨ましげに見つめるティナとリリィ。
「お?」
魚を取り込んだ所でアルの声、目をやれば水面を バチャバチャ と魚が跳ねている。
結局三匹しか釣れなかったが丁寧に腹を出して串に刺し、クロエさんが用意してくれた焚き火に当てておく。
「この卵焼き美味しいよ。俺こういうの好きだわ」
「それはね、私が作ったのよ」
今日一の笑顔でティナが答えると、多分これも彼女が作ってくれたのだろうサンドウィッチを渡してくれる。
「ほ、ほらぁ。このポテトサラダも食べて食べてぇ、私が作ったのよぉ。この間の王都で作り方覚えたんだからぁ」
あ、んまっ!マヨネーズとジャガイモって凄く良く合うんだね、独特のまったりとした味と少し感じる酸味がいいアクセントになってジャガイモなのにジャガイモじゃない感じ。でもこれならいくらでも食べれそう。
ジャガイモって王都で食べたポテトチップスにも使われているし、結構好きかも。
「ユリ姉、これ美味しいよ!また作ってね」
「いいよぉ」とにこやかに笑うユリ姉はご機嫌だった。
やっぱ料理って食べて喜んでもらえると嬉しいし、また作ろうって気になるもんな。
「リリィも料理すればいいのに」
「いいじゃない、私は食べる専門なのよ」
本当は上手なクセにあまりやりたがらない。まぁ、食べる方が楽でいいもんな、俺と同じだ。
ティナとユリ姉とで作ってくれたお弁当を平らげると、丁度魚が焼けていたので二人で一匹を食べることにした。一口食べて焼け具合を見た後ティナの口に持っていくと、貴族令嬢のくせに遠慮なく齧り付く。
「ん〜、美味しいね。自分達で獲って食べるのはいつものとは違って格別だわ」
物欲しそうな顔してその様子を ジーっ とガン見するエレナ。その口の前に魚を持っていけば待ってましたとばかりに大きな口が開かれる。
「んんっ!お〜いしぃっ!こんな美味しい魚初めて食べました!」
見ていて気持ちのいいくらいの喜びように「全部食べてもいいよ」と渡せば「いいんですか?」と口だけは遠慮がちに受け取ったくせに、あっという間に綺麗に食べきり、まだ食べたそうにユリ姉が食べているのを見つめている。
そんなに喜んでもらえると釣った俺も嬉しいけど独り占めしようとするのは良くないぞ?
食べた後で転がっていると眠くなってきたのでそのままお昼寝へと突入。しばらくすると キャッキャ と楽しげな声で目が覚めると、服のまま腰まで浸かり池の中にいるエレナとティナとリリィ──あーあ、また濡らして……まぁ、服なんて乾かせばいいけどさ。
「やったなぁ!このリリィ様を本気にさせるとは……覚悟しなさいっ、この兎娘がっ!」
「私の水捌き、とくとご覧なさいっ」
「私だって負けませんよぉ〜だっ!唸れっ、私の指輪!」
ルミアにもらった指輪を中心に風魔法を左手に纏わせると、その手で水の表面を抉り二人に水を飛ばしてエレナ。
「やらせないっ、たぁっ!」
ティナが水面を両手で叩くと水の壁が立ち上がり、エレナの水攻撃を遮断する。
「くらえ!馬鹿兎っ」
リリィの作り出した小さな水玉が無数に浮かびあがり、エレナへと襲いかかる。
「ひぇぇ〜そんなのずるいです!奥義っ、緊急回避」
水中に潜り水玉を避けたエレナ。そのまま潜水で近づくと足を掴み、立ち上がる勢いで持ち上げれば、ひっくり返ったティナが入れ替わりで水に埋もれる。
「きゃっ!」
「直接攻撃に来たか!ならばこちらもっ!」
現れたエレナの背後に回り、背後から捕まえ気合を入れたリリィ。
「覚悟しなさいっ!とぉりゃゃゃっ!」
「うゎゎゎゎっ!」
見事に決まった水中ジャーマンスープレックス、頭から水の中に叩き込まれたエレナは ブクブク と泡を吐きながら水中に突き刺さり、細く綺麗な足を水面から生やして ピクピク している。
ザバッという音と共に水の中から顔を上げたリリィが右手を天に掲げて勝ち誇るとティナが隣に顔を出し、ニヤリとしたお嬢様らしくない笑みを浮かべた。
「私達の勝利よっ」
勝利とか……だいたいさ、二対一とかズルくね?魔法まで使って何やってんだか。
まぁ楽しそうで何よりだが、早くエレナを助けてやらないとそのまま天に召されるぞ?
三人の服を乾かしシュテーアに跨ると再び草原を駆けて行く。
「今日はとっても楽しかったです!またみんなで遊びに行きましょうねっ。
でもリリィさんってば酷いんですよ、私を池に突き刺してそれ見てお腹抱えて笑ってるんですもんっ。もう少しで死んでしまうところでした!死んだら楽しいことも無いし、美味しい物だって食べられないのにぃ!ねぇ、酷いと思いません?レイさん、聞いてます?」
帰りのエレナはいつも以上によく喋った。普段から口数が多く明るい彼女だが、その時は休む間も無く喋り倒していた──心の底から楽しんでくれたってことだ、またそのうち来ような。
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