45.興味を惹かれる物

 大きなたんこぶを三段重ねに積み上げた褐色の肌の女が床に散らばった書類を渋々と集めている。

 それを眺めながら本日二度目となる午後の紅茶を戴く。


「ちくしょう、なんであたしがこんな事を……散らかしたのはあたしじゃないぞ」


 彼女の名前はアンナリーゼ・クルサッド、アレクの護衛メイドかと思ったらアレクにはそんな者は居ないらしく、サラが主人なのだと言う。

 そのわりには本来の仕事もせずに王城に残っているを不思議に思うが、別にサボっているわけではなさそうなので俺が口を出すべき事ではないだろう。


「何でまた窓から侵入なんてスパイじみた帰宅になったんだい?」


「今日はお兄様にお願い事があっただけですぐに帰るつもりなので人目を忍んで来たのです」


 サラから目を離そうともせず笑顔が絶えないアレクを見ていると『これだから結婚出来ないんじゃないのか?』と問いかけたくなるが、どんなに彼が望もうとも兄弟での結婚はあり得ないしサラはもう俺のモノなので返す気など欠片も無い。



 護衛メイド発祥の地という意味を込めて《イニーツィオ》と名付けられた名前の無かった村へはアレクが信頼を置く四人の女性騎士と二人のベテランメイドをすぐに派遣してくれることとなった。

 しばらく様子を見て建て直しが困難だと判断されれば村人ごと王都に移住させ、そこで護衛メイドにプラスしてメイド達の研修所でも作る方向で行くと二人の話し合いで決まったようだ。



 サラがお願い事を伝えると「そんな事なら」と国の負担が増えるのも気にせず軽々と返事をしてくるアレクだったが、当のサラはようやく席に座わり溜息を吐いたアンナを見つめて何か言いたげにしている。


「男が居ないド田舎の村なんてお断りだよ?しかも隠れ里なんてもう二度とごめんだね、ぜーーったい行かないっ。死んでも無理」


 パタパタと手を振りサラが意見を言葉にする前に断りを入れると、冷めてしまった紅茶を一気に飲み干し音を立ててカップを皿の上に置く。

 しかしおもむろに天井を見上げたかと思ったらまたおかしな事を考えたのか、意味深な笑いを浮かべた。


「そいつを貸してく……」

「お断りしますっ」


 冗談で言っただろうに本気で断られて プッ と吹き出すと席を立ち、豪快に笑いながら部屋を出て行ってしまった。

 自由というか何というか掴み所があるようで無さげな、そう、猫のような人だという印象を受けた。


「父上には顔を見せてあげないのかい?何かに付けてサラの話題を出していたから、ああ見えても相当寂しがっているんだと思うよ?」


 第一王女であるパトリシア・エストラーダは家出をして行方不明、第二王女であるサラも陛下自ら送り出したとはいえ城に居なくなって久しいとくれば父親として寂しいものがあるのだと想像し易い。


「せっかくだから会っておきたいけど、長くなりそうだからまたの機会にするわ。大森林からの帰りにヒルヴォネン家に寄って、その足でまた来るわ。 良いわよね?」


 今日だって少しくらい遅くなってもルミアは怒りはしないと思うけど、サラがそれでいいと決めたのならそうするとしよう。


「地図を見てまさかとは思ったが、大森林とはまた凄いところまで冒険の足を向けるのだね。そんな所に行って大丈夫……」


「お兄様っ!私はもう子供ではないのよ?それに、レイがいれば何処だって危険はないわ」


「ハハハッ、そうだったね。ごめんよ」


 それは流石に過信しすぎだろう……とは言えず、仲の良い兄妹で時間の許す限りの近況報告を行い義理父様への土産話としてアレクに持たせると「また来る」と別れを告げて入って来たバルコニーから空へと飛び立った。



▲▼▲▼



「やっと帰って来た。あんまり時間ないんでしょう?早く入って」


 ドアノッカーを叩くとすぐに顔を出したシャロ。言葉通り早く入れとばかりに手招きし、家の中へと招き入れてくれる。


「あら、お帰り。家族とは会えたの?」


「はい、おかげさまで兄とは会えたので目的は達成しました。お手数かけました」


 グラスに注がれたワインを片手にほろ酔い気味のルミアの隣に座われば床に転がる硬い物を蹴ってしまい「なんぞ?」と見てみると、ワインの入っていただろう濃い緑色をした空瓶。


「まさか、ずっと飲んでたのか?」


「悪ぃぃ?だぁって待ってるだけなんて暇だったんだもん、人使いの荒い弟子を持つと苦労するわね。シャロと呑んでただけなのに何の文句があるのよ」


 それ以上触れてはいけないような気がして正面に座ったシャロに視線を移すと、ずっと聞くタイミングを待っていた事を聞いておくことにした。


「ミカエラの弟子のシャロならゴーレムの造り方を知ってるよな?」


「何で師匠の事知ってるの!?」


 ミカエラの名を聞き目を丸くするシャロだったが、ズリ落ちそうになった眼鏡を指でクイッと持ち上げると、涼しい顔でグラスを傾けるルミアに鋭い視線を向けただけで何も言わず、溜息を吐くとすぐに冷静さを取り戻して椅子に座り直した。


「そんなのどうするのか知らないけど、材料さえあれば造る事は出来るわ。時間をくれれば材料も揃えて造ってあげられるけど、どうする?」


「レ〜イぃ、貴方これから大森林に行くんでしょう?」


 ルミアに視線を向けられたシャロはそれだけで納得ようで「待ってて」と言って奥へと消えて行く。

 眠たそうな目をしたルミアが俺の事を ジッ と見てくるので、何を言ったら良いのか分からなくてグラスにワインを注いでやると、キュッと一息で飲み干してしまうのでサラと二人して驚いてしまう。


「もしかしてと思って聞くけど、ララとも知り合いなのか?」


「ララぁ?何処の女よ。余所の女にうつつを抜かしてないで隣に居てくれる人をちゃぁんと構ってあげなさい。愛想尽かされても知らないわよ?」


 年の功か、酔っ払いの癖にまともな事をチクリと言われて反論の余地も無かった所に、ここぞとばかりに追い打ちがかけられる。


「愛想尽かされても知らないわよぉ?」


 口に手を当てクスクスと笑いながら俺の頬を突つくサラにぐうの音も出ず、苦笑いと共に机へと突っ伏した所にシャロが戻り「何?」と不思議そうな顔をしていた。


「大森林フェルニアは獣人の国として有名だけど、実際には現存する亜人達の暮らす場所なのよ。貴方の事でしょうからそういった人達とも繋がりを持つ事になるんでしょうね。

 その中で《ドワーフ》と言う土属性の魔法に特化した種族が居るから、これを渡せば残りの材料と共に造り方を教えてくれるわ」


 手渡された二つの革袋、小さい方には数種類の鉱石が入っていたがコレがゴーレムを造る材料になるらしい。もう一つの少し大きめの革袋には以前お願いした紅玉がこんなにあったっけと思うほどゴロゴロと入っていた。


「あら、良い石ね。今日の労働の対価にいくつかもらうわね」


 真紅と言える程に深い赤色の紅玉を小さな手で掴めるだけ握り締めると何か言われる前にさっさとポケットにしまったルミア。別に文句を言うつもりは無いのだが視線を逸らしたまま俺を見ようともしないのは彼女には珍しく後ろめたい思いがあったのだろうか。


「どんなゴーレムを造るつもりか知らないけど、その紅玉も材料の一つだから全部使っちゃ駄目だからね?」


「了解、でもまだ沢山あるし、サラもいる?」


「私だけが貰うと、またみんなから非難されるわよ?それに私はコレを貰ったから要らないわ」


 自分で言うのもなんだがデザインも可愛い蓮の花の杖。その中心部に輝く赤い石を見た途端に目の色が変わり「ちょっと見せて!」とサラが返事をする前に奪い取ると、大きな眼鏡を持ち上げながらまじまじと観察し始めたシャロ。


「何これ……まさか、コルペトラ?」


 俺の力作デザインには目もくれず、横から覗き込んだルミアが赤い石の名前を言い当てると、今度は杖の部分を触ったり叩いたりしている。



──ねぇ、俺の努力は褒めてくれないの?



「ミスリルでコーティングしてあるけど、この素材も気になる。見た事ない鉱物で出来てるわ」


「鉱物じゃなくて魔物の殻だよ。モラードゾンガルってサソリの化け物だったんだけどな、サラが燃やしたら殻だけ上手いこと焼け残ったからリサイクルしたんだ」


 鞄に入れっぱなしだった殻を取り出すと一番大きな顔の部分は三メートルもあるのに加えて形がそのまま残っているので出した途端に ビクッ とする。


「うそ……私より凄い」


 それを笑いながら光の魔力でブーストした土魔力を全力で叩き込むとあっさり魔力が満たされて顔ぐらいの大きさの玉へと姿を変えたので、土魔法が使える事を知らないシャロには驚かれてしまった。


 リリィの剣をこれで造り直すのと、未だに戦闘姿を見たことのないコレットさん用にと勝手にではあるがククリナイフを二本造ってくれれば残りは好きにしていいと、サソリの残骸を押し付けるとルミアに連れられシャロの家を後にした。



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