18.激オコ!
初級の魔物しか出てこないこの辺りの階層にとって俺達は過剰戦力。冒険者を始めたばかりのサラもサルグレッド王家直系の人間だけあってポテンシャルの高さは折り紙つきで、更にモニカという急成長を遂げる親友をすぐ傍で見続け目標とする事で、サラ自身も一般人とは比べ物にならない早さで成長を遂げてきた。
第十四層は俺の魔法で、第十五層はサラの魔法でサクサクと進みミカエラの案内で迷う事なく階段の前に辿り着く。
短い階段を降りると百メートル四方の広い部屋、それは第五層、第十層と変わらずだったのだが、部屋の中心に魔法陣は無く、代わりに狼の群れが部屋の真ん中に居座りその場を占拠していた。
まるで我が家とばかりに我が物顔で寄り添うおよそ二十頭の灰色の毛を持つ大型の狼達、俺達に気が付き音も無く立ち上がった個体は小柄な人の身長ほどもある大きな体で威圧感抜群だ。
かつて戦った事のある〈グラオヴォルフ〉と呼ばれる魔物で、初心者の冒険者では荷が重い相手な上にこの数だ。どうやらこの場所で “ふるい” にかけられるらしい。
「おーおー、狼とはカッコ良いものだな。一匹ペットに出来ないかな?」
「アル……ここのは持ち出し禁止だぞ?」
「ん?そうなのか?」
いや、お前、ダンジョンが生み出した魔物ならダンジョンから外に出てたら消えてしまいそうじゃないか。でも見た目は確かにカッコ良いからアルの言うことにも頷けるんだけどな。狼の獣人とかいたら是非とも友達になりたい。
「ティナ、出番。カッコ良いとこ見せてくれよ」
「おっけ〜、惚れ直すから見てなさいっ!」
二つ返事で前に出ると腰の剣に手をかけた。グラオヴォルフ達も『お?やる気か?』と自分達に向かってゆっくりと歩いてくるティナに敵意を表し、グルルルッ と牙を剥いて威嚇を始めると、他の奴等も立ち上がりティナを取り囲むように散開を始める。
六十センチと剣としては短めの刀身の付け根、鍔との交点に嵌められた赤い宝石と、柄頭に付いている小さな赤色の宝石。光を反射し赤い光が煌めく度に、剣舞でも舞うような軽やかなティナの動きに合わせてこれまた赤い血飛沫が宙を舞う。
闘志を剥き出しにしていたグラオヴォルフ達だったがティナ一人に翻弄されあっと言う間に数を減らすと、言葉通りに尻尾を巻いて後退るもののそんな事は御構い無しにティナの手にする刃の前に倒れ、消えて行った。
ティナが剣に手をかけてからおよそ三分、二十頭ほどいた筈のグラオヴォルフ達は全て床へと消え失せ、後に残ったのは剣を持つティナの右腕に付いた少しばかりの返り血だけだった。
何日かぶりの運動を終え、愛剣に付いた血糊を振り払うと チャキッ という金属音を立てて鞘に仕舞った。
振り返ったティナの顔は満足気で、後ろ手を組み、俺に向かい真っ直ぐに歩いてくる姿に犬耳が ピクピク、尻尾が パタパタ という幻覚が久し振りに見えた。
「素晴らしい剣舞だったな」
ご褒美を貰いに来たティナの頭を撫でると目を細めて嬉しそうな顔をする。この子は典型的な褒められて伸びるタイプだな。
ご機嫌なティナの腰を抱き部屋の奥へと向かえばそこにはまた十段ほどの階段があり、その奥には似たような部屋があった。その真ん中には青と黄色の魔法陣が設置されており、隅の方に二組のキャンプがあったので先程のグラオヴォルフを倒せる実力を持つ者なのだなと チラチラ 見ていたのだが、そいつらが姿を現わす事はなかった。
黄色の魔法陣に乗って着いた先の第十六層、そこで目にしたのは人間の子供ぐらいの大きさもある岩だ。通路に不自然に置かれたソレをよく見ると、モニカが目玉を抉り出したプレストラーナというカエルの魔物だった。
「モニカ……」
「もうやだよ?」
察して速攻で答えたモニカの苦い顔を見ながら込み上げて来る笑いを堪えてるとその岩が モゾリ と動く──あ、来るな。
隣に立つリリィをそっと押して促し、一歩横にズレると ピューッ とピンクの物体が伸びてくるのが見える。
「ちょっ、えぇっ!?」
──しまった!
思った時には遅かったようで、俺のすぐ後ろにいたエレナの腕にプレストラーナの艶々の舌が絡み付いたかと思えば凄い勢いで引き寄せられて行く。
「いやぁぁぁぁぁっ!!」
あぁ……もうダメだ、さようならエレナ。君のことは忘れないよ……。
とか、ふざけた事を思っていたら、そこは流石俺の婚約者。今夜のご馳走とばかりにエレナを飲み込もうと大きく口を開けた瞬間、その口に大きな風の刃を叩き込んだ。
プレストラーナの顔は上下二つに分かれると、ポーンッ と勢いよく切り離された上の部分だけが飛んで行き ドチャッ と床に落ちて潰れる。
本体の死により腕に絡んだ舌の力が緩んで解放されると空中でクルリと反転し、引き寄せられる勢いのまま胴体に両足で着地すると、それを踏み台に ピョーンッ とジャンプして俺の目の前に戻って来た。
「お帰り、怪我は無い?」
出来るだけ優しく話しかけたつもりだったがそんなもので彼女の怒りが収まる事はなかった。プクッ と頬を膨らませ、眉間にシワを寄せるとジト目で睨んでくる。
舌が巻き付いた左腕がプレストラーナの唾液で怪しく濡れていた。それを目にして ウヘッ と泣きそうな顔になり、再び俺を見て頬を目一杯膨らませると「んっ!」とベトベトになった腕を突き出して来る。
エレナらしからぬ態度に相当怒ってるなとは思ったが、これは俺になんとかしろという事とみて間違いない。まぁ、俺の所為でこうなったんだし、大事なエレナの白い腕、このままでは俺も嫌だ。誤魔化しの苦笑いを浮かべると、すぐさま水魔法で丁寧に洗い流し浄化の魔法をかけて差し上げた。
処置が終わると訝しげな顔でゆっくりと鼻に近付け クンクン と腕の匂いを嗅ぐ。浄化の魔法という万能な魔法のお陰ですっかり綺麗になった腕を腰に当てて三度『怒ってます!』と眉間にシワを寄せつつすぐ間近に顔を寄せて来る。
「ご、ごめんってば、無事だったんだし許してくれよ」
「それだけですか?」
これ以上何を求めると言うのか分からないが、エレナの機嫌はまだ治らないらしい。
「そ〜れ〜だ〜け〜で〜す〜かっ!?」
更に顔が近付き、とうとうオデコとオデコがくっ付いた……どうしろっていうんだ?
極間近にエレナの蒼い瞳が俺を逃さぬとばかりに見つめ続けるので、最後の手段として ぶちゅっ と少し長めにキスをした。
怒っているはずなのに嫌がる素振りも無くキスを受け入れて顔を離すと、そこには満足そうにするいつものエレナの顔がある。どうやら正解に辿り着いたようだ。
「仕方ありませんねぇ、許してあげますっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます