21.大義名分?
夕食の時刻、食堂の扉を開けると珍しくランドーアさんがこんな所で手紙を読んでいた。いつもはオンオフの切り替えをしっかりしていて執務室から外には仕事を持ち出さない人だったんだけど、緊急の用件かな?
「あぁ、すまないね。先程届いたオークションの招待状なんだけどね、今年もティナが行くかどうか聞こうと思っていたんだよ。出品一覧が載ってるから見てごらん」
手紙を受け取り内容を確認するティナ。どんな物が出るのかちょっとばかり興味を唆るけど貴族達のオークションだ、俺達に手が出るようなもんじゃないのは分かりきったことだな。
「えっ?」
スルスルと流し見をしていたティナの目が止まり驚きを露わにした顔を上げる。
「お父様、獣人って珍しいんですよね?」
「北の大森林フェルニアから出て来て人間の生活圏で暮らす獣人族は少ないね。獣人ハンターという獣人の捕獲を専門とする輩もいるようだが、人間との比率を考えると獣人は圧倒的に少ない。
人工一万二千人のレピエーネだが、申請が出ている獣人はたった二人しかいないよ」
そんなにも少ないのか……そういえば俺も未だに二人しか会った事ないな。ベルカイムのギルドの受付嬢ミーナちゃんと、このあいだ再会した馬鹿兎だけだな。
「その獣人の中でも
──ティナさん、今なんて??
「そうだな、兎族は珍しい上に女だと物好きはいくら出しても買う奴はいるだろうな。それに加えて白兎は百年に一度お目にかかれるかどうかというマニアにはたまらない逸材らしい。
今回の目玉商品が白兎の女獣人と書いてあったが、まさか欲しいのかい?」
困り顔で俺達を見てくるティナ、やはり思うことは同じか。「あの馬鹿兎が……」と苦虫を噛み潰したような顔でアルが呟いているのが俺の耳に届いてくるし、いつもご飯に夢中のはずのリリィですらフォークを口に入れたまま驚きの視線を向けてくる。
「ランドーアさん、もしかしたらその獣人、俺達の知り合いかもしれません。俺達もそのオークションに同行することは出来ませんか?」
「なにっ?それは本当かい?」
難しい顔になり考え込むランドーアさん、やはり一般人が入るのは難しいのか。
それに、もしあの馬鹿兎だったとしても俺達には高価な獣人を買い取るような金は無い。
だが知ってしまった以上放っておく事もできはしない、ならば……
「ランドーアさん、折り入ってお願いがあります。
もしその獣人が俺達の知り合いだった場合……その、言いにくいのですが、お金を貸して頂けませんか?恐らく物凄い大金になるでしょうけど、何とかして必ず返します。ですから、お願いしますっ!」
俺が頭を下げるとティナも悲痛な面持ちで援護に回ってくれる。
「お父様、その白兎の獣人なのですが、私が攫われた時に助けてもらった人かも知れません。彼女がいなければ私達は今頃この世にはいなかったでしょう、なんとかなりませんか?」
「あなた……」
クレマニーさんも心配そうにランドーアさんの決断を待っている。
「そうか、あの時の……だがオークションに出品が決まっている以上、競りの時まで見ることは出来ないぞ?
娘の恩人ならば放っておくわけにもゆくまいて。よし分かった、金はカミーノ家で用意しよう。安心しなさい。もちろん同行も許可する、みんなで娘の恩人を救いに行こうではないかっ!」
「お父様っ!」
柄にもなく不敵に笑うランドーアさんに満面の笑顔で飛び付くティナ、クレマニーさんもホッと安心したようで、そんな二人を微笑んで見守っている。
「さすがお父様だわっ、大好きっ!でもレイ達も行くなら服を作らないとね。流石にその格好じゃ護衛でも通らないわ、明日早速作りに行きましょうっ!
ウフフッ楽しみね。そうだっ!お父様、オークションの開催はいつなんですか?」
何かを思い付いたかのように ポンッ と両手を叩くご機嫌なティナの様子に嫌な予感がしたのか少し引き攣った笑いに変わるランドーアさんだが、ティナのスイッチはもう入っているから手遅れかもしれないな。
「半月後だが……それがどうした?」
口に拳を当てがい ムフフッ と怪しげな顔に変わるティナ、お前何を……。
「じゃあ、馬車で行きませんか!?此処からアングヒルまでは十日もあれば着きますわよね?二日で用意して出発すれば十分間に合いますわ、ね?そうしましょうっ!そのほうがきっと楽しいわっ!」
想定内のティナの言葉に安心したのか、ランドーアさんの顔色が良くなり ホッ とした感じが滲み出る。いつもどんな無茶を言われているのだろうと少しだけ気になったのは余談だ。
「なんだそんなことか。みんなで行くなら魔導車は定員オーバーだからな、馬車でしか行けないぞ?ティナの言う通り明日準備して明後日出発だな。少し慌ただしいが服の方は明日、屋敷で採寸だけして向こうで作らせるように手配しておこう、クロエ頼むぞ?着く頃には概ね出来上がっているだろうから向こうに着いてから調整だけすれば良い」
それなら明日は時間がありそうだな。ウォルマーさんに挨拶しに行きたいし、シュテーアとも会いたいからなっ。
「あのぉ……」
申し訳なさそうにおずおずと手を挙げるユリ姉、どうしたんだろ。
「服を作るのはいいんですけどぉ、そういう服ってお金かかるんですよねぇ?私はお留守番でもいいですかぁ?」
その言葉に珍しくランドーアさんが ガハハッ と豪快に笑い出す。
「いや、すまんすまん。レイ君と同じで謙虚だな。なぁに、服代はウチで出すから安心したまえ。息子や娘が一人二人増えたとてどうということはない、大丈夫だよ。
君達はカミーノ家の客人として行くんだ、粗末な格好で連れて行ったら私が恥を掻くことになる、逆にこちらから服を作らせてくれとお願いするよ」
「でもぉ……」
渋るユリ姉だが貴族には貴族の在り方があるんだよ、きっと。俺達庶民には分からないが遠慮したら駄目なところなんだと思うぜ?
「レイは私の命の恩人です。その仲間のユリアーネさんを蔑ろになんて出来ないわ。お願い、一緒に来てください」
両手を胸の前に組み、祈るように頼むティナの真剣なお願いに、それでもなお、遠慮がちに「でもぉ……」と渋るユリ姉。
それを見たランドーアさんが溜息を吐きながらも俺達の立場を重んじて画期的な解決方法を提案してくれる。
「ならばこうしよう、カミーノ家から護衛の依頼を冒険者パーティー・ヴァルトファータに申し込ませてもらおう。
我々がアングヒルでオークションに参加し再びこの家に戻るまでの間の護衛をお願いする。その為の必要経費は全てカミーノ家が負担するよ。移動の旅費、アングヒルでの滞在費、衣装代、全てだ。報酬は後日相談、こんなところで納得してもらえないかな?」
「う、うーん、それならぁ……いいの、かな?」
渋いな、俺も最初はこんな感じだったのか?これはちょっと面倒くさい……ごめんなさいランドーアさん、クレマニーさん。
「俺もさ、最初は遠慮してたよ?今のユリ姉みたいにさ。赤の他人ならそりゃ遠慮もする、だけどランドーアさんもクレマニーさんも違うんだ。本当の息子のように思ってくれている。そんな人に遠慮するのは、違うだろ?だからユリ姉もご好意に甘えるべきだよ」
「そう?レイがそう言うならぁ、甘えさせてもらおうかなぁ……」
それでもなお『いいのかなぁ』と顔に書いてある。
でもやっと了承が得られたカミーノ一家は安堵のため息を漏らす。招待する側が招待される側をこうまでして説得っておかしな構図だよな。
遠慮し過ぎは良くないってことがユリ姉を見てて良く分かったよ……って、今更か?
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