39.マグロ祭り
《エギュトゥーン》、メカジキという種類の魚で鼻の先に長く尖った角があるのが特徴だ。泳ぐのがとても早く、最初に襲って来たボレソンの海中から飛び出すスピードで広範囲を泳ぎ回ると言えばどれ程なのか分かるだろう。
魚の癖に水魔法を操り船を転覆させて人間を襲う、との話だ。
船長からの情報によるととても美味いらしく、レカルマの襲撃によりどこかに行ってしまったボレソンの代わりにせよ、とのご命令だ。
唯一の問題はどうやって倒すかということらしいがそこは頼れる仲間に相談しようと思う。
それでその肝心の仲間だが……どこ行った?
「なぁ、フラウ知らないか?」
「あぁ?あの人魚の姉ちゃんか!あれはおったまげたぞ、まさか人魚に会えるとは思ってもみなかったぜ。しかも噂に違わぬ巨乳美女ときたもんだ!ウチの奴等のはしゃぎようときたら、全員ぶっ倒して海に叩き込んでやろうかと思ったくらいだぜ?」
肝心の居所は知らねぇのかよっ!もうすぐエギュトゥーン来るんだろ?少しは焦れよ!
そうこうしてる間に船の横っ腹に魔法で作られた波が迫って来た。
すぐさま気付いたモニカがシュレーゼをかざすと、雪の身体が光に変わり勾玉へと吸い込まれていく。途端に船のすぐ横に大きな波が立ち上がり迫っていた魔法の波を飲み込んで行った。
「さっすがモニカ!余裕だなっ。奴の位置は分かっているのか?」
肩を抱き頬ずりした俺の頬にチュッとキスをすると、再び大波を起こし別方向から迫るエギュトゥーンの魔法の波を飲み込み船を守る。
「親分!二匹居ますっ!」
「船長と呼べっての!しばくぞテメェ!二匹ってことは
そんなこと言われても奴を海中から出さないとなんともならない。それじゃあ頑張ってみますかと魔力を練ると奴らの動きを魔力探知で観察し始める。
ある程度動きのパターンでもあればと思ったがそんなに甘くはなかった。この船を中心に縦横無尽に行ったり来たりを繰り返し、気の向くままに大波を繰り出してくるエギュトゥーン。その度にモニカの大波が撃ち出され、何事も無かったようにかき消していく。
──面倒くさい奴だな。
奴の腹の下に風魔法を発生させ、海上へ打ち上げようと試みることにした。とにかく奴等の泳ぐスピードが速くて当たらないと思われるので三発同時に放ってみる。
ドドドーーンッ!
立昇るは高さ十メートルの水柱が三本、しかしというか当然というか、やはり当たらなかったようだ。
自分で言うのも何だが俺の魔力ってすげぇな。どんどん膨れ上がっているのは分かっていたものの、ここまで凄い威力になっているとは。さっきのレカルマ戦から然程時間も経っていないはずなのに、その時より更に強くなってる気がするぞ。
調子に乗り次から次へと立ち昇る水柱。だが一向にエギュトゥーンには当たらず未だに奴等の姿すら見えやしない……やっぱ駄目かぁ。
──その時だった
水柱に押されて空中へと舞い上がるマリンブルーの巨体。腹の部分が銀色で、空中で泳ごうとしているのか ヘコヘコ ともがく度に キラキラ と光を反射している。
いかん! 見惚れた!
慌てて朔羅を抜き放つと風の魔力をかき集め、刃として打ち出す。
当たれっ!
願いは虚しく出遅れた俺はせっかくのチャンスを逃してしまい、ドッパーンッと派手な着水音と共に海中に消えて行くエギュトゥーン。
うぉぉっ!やらかした!!
その後、幾度海中から水柱が生えようともマリンブルーの魚体が姿を見せることはなかった。
「お兄ちゃん、そろそろ疲れたぁ。まだぁ?」
波が船に向かってくる度に相殺しなくてはならないモニカの負担は相当なものだろう。
だがまだ奴等を倒す糸口が見えない……どうしたらいいんだろう。
「なーに遊んでるの?」
俺の両肩を掴み肩ごしにヒョイと顔を出すと、俺が上げる水柱を眺めるフラウ──お前今まで何処行ってたんだよっ!
「お前こそ何してたんだよ、探してたんだぞ?」
「んー?私ぃ?」と言いながら口に指を当てると背中に胸を押し付けてくる。
何してやがるんだコイツは!モニカがすぐ横にいるんだぞ、離れろよ!
「お昼ご飯いっぱい食べたからねぇ、食べたら寝るんだよっ!当たり前でしょう?」
は?お昼ご飯って、食べてる途中でボレソンが襲って来……て?そういえばコイツ、その時ドコに居たんだ?姿を見ていないぞ?
まさかみんなが戦ってる最中に一人でバクバクと飯食ってたなんてこと……ない訳ないよな!!フラウだもんな!絶対そうに決まってる。
で?お腹いっぱいになって昼寝してやがったって?
食って寝た後は……働け!!
「フラウ、お前の晩飯が泳いでるぞ?さっさと捕まえてこいよ。あれくらいのスピードなら楽勝だろ?二匹いるらしいから一匹は俺達が食う、もう一匹はお前の取り分だ。相当デカイから腹も膨れるし、めっちゃ美味いらしいぞ?分かったら行ってこい」
飯!?と目が輝くと口の端から光るものが垂れてくる。おいっ!汚いだろうっ!拭けよ拭けっ!
涎が垂れたままキッと真剣な顔になると両手を俺の肩越しに突き出し集中を始める。
あのぉ?フラウさん?おっぱいが背中にですね、当たってるんですけど……ワザとだよね?
大量の魔力が奴等の泳ぎ回る海域全体を包み込み、背中のおっぱいで頭がいっぱいになっていた俺の意識が海へと戻る。
水魔力の檻のようなものが広範囲に広がり、その中に捕らえたエギュトゥーンに向かいどんどん狭く小さくなっていく。なんじゃこの魔法!?
逃げ惑うエギュトゥーンのことなど知ったことではないとばかりにもの凄い勢いで狭まる水檻。あっという間に奴等の身動きが取れないくらいまで狭くなると、今度は巨大な水柱が立ち昇り水檻を空中に押し上げた。水の抜けた檻の中でピチピチと跳ねる青い魚体、ともすれば押し上げた水柱がクネッと途中で折れ曲がり、進む方向を変えられた水檻がエギュトゥーンを連れてこちらにやって来る。
水檻は解除されているがあんなデカイのがそのままの勢いで船にブチ当たったら……。
「おいっ!冗談は大概にしろよ!?船が沈むぞ!」
すぐに展開されるモニカの水幕。威力を考えてかなり厚めに作られた水幕へと突っ込み、それを突き抜けたエギュトゥーンは衝撃が緩和されているにも関わらず凄まじい音を立てて甲板に到着した……良く床が抜けなかったな、マジで。
「レイ〜っ、シメてぇ」
人任せかよっ!と突っ込みを入れながらも朔羅を抜き放つと『後で怒られそうだなぁ』と思い、せめてもと風魔法でコーティングを施すと、海へ逃れようと ドッタンバッタン と甲板の上で飛び跳ねるエギュトゥーンの眉間に突き刺した。
ビクビクッと痙攣すること数度、たまにピクッピクッと動くのみになる。
「お兄ちゃん!危ないっ!!」
慌てて振り向けばモニカは上を見上げている……まさか!?
すぐさま飛び退くと水幕を突き破り二匹目のエギュトゥーンが俺の居た場所に降って来た!
フラウ!!テメェ、俺を殺す気か!
「レイっ、早くシメないと船が壊れるよぉ」
お前が言うな!と心で叫びつつも左手を振りかざすと、フラウに対するイライラを握りしめてエギュトゥーンの頭を思い切り殴りつけた。
ゴボッと嫌な音と共に頭の一部が陥没し、ビクビクッと痙攣してから動かなくなる巨大魚……少しはスッキリしたよ、悪いな。
「あいたっ!」
収まりきらない怒りを靴音に乗せて近寄り、スパーンッと頭を叩けば両手を当ててうずくまるフラウ。
ったく、少しは反省しろよ?
「あほっ!やり方ってもんがあるだろっ。船が沈んだらどうするつもりだったんだ!?みんな死ぬぞ」
「ちゃんと受け止めるつもりだったよぉ?でも大丈夫そうだったから見てたんだよぉっ」
頭を押さえつつもブーッと不機嫌そうに俺を見る。一応考えていたのね。
「だったら最初からそう言えばいいだろう?言わないからお前が何をするのか分かんないんだろ?会話って大事だぞ?意思疎通もだ。今度からちゃんと言えよ?」
スクッと立ち上がると腰に手を当て頑張って眉間にシワを寄せて俺を睨む。なんだよ、普通のことだぞ?反省しないのかよ。
「捌いて!」
「は?」
「私の分の魚っ、今すぐ捌いて!」
イライラを吐き出す為、はぁっと深く溜息を吐いた。やけ食いするつもりかよ……まぁいいか。
でも生でそのまま食べるつもりか?まぁフラウが悪いとは言えちょっと怒っちまったからな、それくらいはしてやろう。
朔羅に『ゴメン』と心の中で呟き、再び風魔法を纏わせると五メートルの魚体の解体作業に取りかかった。
頭を落とし背骨に沿って上側の身を外すと中骨に沿い、半分にする。それでもまだ持つことの出来ない大きな塊の一部を切り取り、フラウに渡してやるとそのまま齧り付きやがった。
目を瞑り、じっくり味わうように今夜の食材を咀嚼するフラウと、その様子を黙って見守る船の上の男達。
「んまっ!」
パァッと顔が明るくなり笑顔が戻ると一心不乱に食べ始めるフラウ。単純だけど、そこも彼女の良い所だな。
その顔色を見た男達は歓声を上げると、自分達に充てがわれたもう一匹の解体作業に取り掛かった。普通からしたら頭を落とすだけでも一苦労、口なんて人間丸呑みに出来そうな程の大きさなんだぜ?今夜のご飯は期待してるからよろしくっ!
「醤油とか要らないの?煮たり焼いたりとかは?」
「んぐっ。要らない、調理は飽きたらしてもらうからいいっ。それよりもっと脂の乗ってる部位を切ってよ」
あっそ。でもそんなに美味しいのか?ちょっとだけ摘んで食べてみると、なるほどちょっと生臭いが確かに美味い。けど、俺は醤油が欲しいかなぁ。
「こらぁっ!それは私のだっ!誰が食べて良いって言ったんだぁ!?」
ほんの欠片じゃないか……ケチケチ星人めっ。一人、文句を言いつつも再び解体作業に取り掛かった。
△▽
その夜はもちろんエギュトゥーンパーティーが開催された。シェフが腕によりをかけ、様々な料理へと変身を遂げた巨大な魚を全て食らい尽くそうと男達が群がる。
刺身ももちろん美味かったのだが、俺が一番気に入ったのは〈鉄火丼〉という料理だった。ぶつ切りにした刺身を醤油に漬け込んだ物をこれでもかというほど白い米の上に盛り付け、そこに海苔と言う黒い紙みたいな海藻の干物を細く刻んで散らしたものだ。
醤油の味が染み込んだ刺身は白い米と相性が良く、醤油辛いのを緩和し見事に調和が取れている。海苔も風味が良く、ずっと同じ味の続く丼に味の変化を与えてくれた。
「ぐふぅっ、食べ過ぎたぁ」
終わりの見えない宴会はまだまだ続くようではあったが、お腹が一杯になった俺は雪を連れてモニカと共に部屋に戻った。
ベッドに倒れ込んだらお腹が圧迫されて苦しかったのでゴロンと仰向けになると、カチャッと鍵をかける音がした。おや?と見ればエヘヘッと照れた様に笑うモニカの姿がある。あれ?雪はどこ行った?
「お兄ちゃん、食欲が満たされたら他の欲求が出てこない?」
少し恥ずかしそうに扉の前でモジモジしながら後ろ手を組み俺を見つめるモニカ。なんだ、鍵をかけたのはそういう事か。まさか雪まで締め出して……ってモニカがそんなことする訳ないよな。じゃあシュレーゼの中か。六歳児に気を使わせてしまったな。正しくは0歳児、か。
ベッドに座ったモニカが俺の頭を撫でて来る。モニカに撫でられるのは気持ちが良い。
しばらく目を瞑りその感触を堪能していると、急に手が止まり彼女が動いた。
「お兄ちゃんの愛を頂戴」
俺の上に覆い被さるように乗っかるとモニカの唇が俺のと重なった。
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