23.儚い現実

「なぁリリィ、昼間の魔法はどうやってやったんだ?


 俺の言葉に昼間の光景を思い出したのか、少し青ざめ嫌そうな顔をするティナ。


「あれ?あの時も分かりやすくやったつもりだったんだけどなぁ」


 などと言いつつ魔法で作った五センチくらいの水の玉を左手に浮かべる。


「タネも仕掛けもありません。ただの水でつくった玉でございます。では問題、この水を冷やすと何ができますか?はいっティナさん、お答えは?」


「あ、えっと……氷?」


 いきなり振られドギマギしながらも的確に答えるティナ。


「ピンポンピンポンッ、大正解!よく出来ました。そう、水は冷やすと寒い寒いって縮こまって氷になるんですね。反対に水を温めるとお湯になります。

 じゃあ次の問題。お湯を更に温め続けるとどうなる?はいっ、レイくん」


 え?お湯を温めると?


「お湯は温めてもお湯だろ?わかった、熱いお湯!」

「ぶっぶーっ!はい不正解、ばーかばーかレイのばーか」


 てめぇリリィっ!知るかそんなの!!


「お湯ってぇ、モヤモヤと何か出てなぁい?」


 苛立ちを顔に出した俺にユリ姉が人差し指を立てヒントをくれる。


「ん?湯気の事?」

「そうねぇ湯気が出てるわよねぇ。じゃあぁ、湯気って他に呼び方があるのは知ってるぅ?」


 ピコーンと閃いたようでティナの顔が明るくなる。


「水蒸気ですね」

「ピンポンピンポンッ!流石ティナさん、レイくんとは大違いですねっ!」


 聞いたのは俺だが、な・ん・でっ!弄られなきゃならんのだ!リリィ、後で覚えてろっ!


「水は温めると ボワワンッ と大きくなって水蒸気になるんですね〜。

 そこで注目するのがその大きさです。水と氷は殆ど大きさが変わらないのですが、水が水蒸気になると随分でっかくなるんですねぇ」


 今度は結界魔法メジナキアで作った手のひらサイズの透明な玉の中に少量の水を入れて浮かべて見せる。


「そこで、です。こんな狭いところに入ったお水さん。水蒸気さんに変身させると体が大きくなって狭いよ狭いよと言うんですね。僕をココから出せーって、閉じ込めてる結界を内側から ギュギューッ て力一杯押すんですっ!でもリリちゃんの結界は丈夫なので水蒸気くんの力では破れません。それでも出せ出せって押すんです!

 さぁさぁがんばる水蒸気くん、そんな時、優しいリリちゃんがパパッと結界を解いて水蒸気くんを外に出してあげるとどうなるんでしょ〜かっ?はい、不正解続きのレイくん」


「……水蒸気が外に飛び出す?」


『おおっ!』と演技がかったリリィとユリ姉の歓声と共に拍手が上がる。俺、馬鹿にされてるよね?絶対そうだよね?


「そのとおり!パッ と手を離したら ビューンッ て感じで勢い良く飛び出すんですねぇ。

 それを踏まえまして〜、この結界の玉の中の水をいっぱい増やしてぜーんぶ水蒸気君に変身させます。でもリリちゃんの結界はそれくらいじゃ破れないんですね。それでも水蒸気くんも仲間が増えて、ものすっごい力で外に出せーっと結界をグイグイ押します。

 さて、またまた問題です。さっきと同じで結界をいきなり解除したらどうなるでしょーかっ、はいまたレイくん」


 なんだよ、なんでそんなに上から目線なんだよ。いつからお前は先生になったんだよっ!……あ、俺が聞いた時からか。リリィの癖に生意気なっ。


「勢い良く飛び出す!」


 三日月型に口角を吊り上げ俺の答えに満足そうにするリリィ。

 すると、ひとの鼻先に手に持った結界玉を突き付けたかと思いきや、これみよがしに反転して誰もいない夕焼け空に向かって投げ捨てた。


「ほいっ」

(ボンッ!!)


 俺達の視線を一身に受け放物線を描きつつ遠くまで飛んでいく最中、間の抜けた掛け声と同時に物凄い爆発音と風とが巻き起こる。

 唖然とする俺とティナを見てリリィがお腹を抱えて馬鹿笑いをしている横で、それをユリ姉がしょうがない子を見る目で呆れ顔をしている。


 音にびっくりしたのは何も俺達だけではない。みんな『何事!?』と視線を向けるが馬鹿笑いするリリィを見て安心し、また自分達の時間に戻っていく……お前ちょっとやり過ぎだぞ。


 でもまぁ、あのときリリィが何をしたのかは分かった。さっき解説に使った小さなモノでも威力を抑えてあった筈だ。あんな物が近くで爆発したら体がバラバラになっても無理はないだろう。

 結界により密閉された空間で爆発させることによって更に威力を上げるだけでなく、他に被害を及ぼさないようにしたんだな。


 リリィっていつからこんな凄い事出来るようになってたんだ?


「自分との実力の違いがようやく分かったか?」


 俺の考えを読んだかのようにアルがタイミングよく言葉をかけてくる。溜息混じりに俺を見るその顔はいつもの見下すような感じではなく “しょうがない奴” を見る目だ。それ程までに力の差が有るというのか?

 だが今のリリィに勝てる気がしないのは紛れもない事実。魔法が使えることで互角より少し俺が劣っているだけと思っていたアルも、もしかすると本当はかけ離れた力の差があるとでも言うのか?リリィの力を見せつけられた今だから思う、もしかしてアルは俺に合わせていただけ……なのか?


「俺を殴ってみろよ。本気でやっても大丈夫だぞ、お前の拳など当たりはしない」


 挑発するその態度はただ煽るだけのいつもとはやはり違う。

 なんだか分からないが真剣さを感じて拳を握り締めると、心配そうに見つめるティナを尻目にアルに向かい全力で殴りかかった。



「うぉぉぉぉっ!」



 呆気なく躱され宙を滑る拳。気を取り直してすぐに次撃を繰り出すものの、またもやあっさりと空振る。

 蹴りも織り交ぜながら何度も何度も攻めるが当たるどころか掠る気配すらないくらいに余裕で避けられてしまった。


「ほら、言ったろ?まだ頑張るのか?」


 俺の必死の拳を避けつつ余裕で語りかけるアル。これではまるで子供扱い、本当にこれが俺とアルとの実力の差なのか?子供の頃からずっと一緒に鍛錬してきたというのに俺はこれほどまでに弱いのか?


 心配そうにティナが見守る中、何度目かの拳をアルへと放った直後、避けると同時に打ち込まれた掌底が見事なまでに鳩尾に決まり倒れ込む。

 そこまで計算していたのだろう、腕で受け止められその場に座らされると、呆れた顔をしたアルが俺を見下ろす。


「なぁレイ、上級冒険者と言われるギルドランクBⅡ以上の者達は魔法で身体能力を強化することが出来るのは知ってるのか?そんな奴と戦えば本気なんて出すまでもなく今みたいな事になる、これが今のお前だよ。

 お前が真剣に鍛錬に臨んでいるのは知っている、俺達以上にその時間が長いのもな。でも、今のままどれほど努力をしても魔法を使えない時点でその差が埋まることはない。お前がどれだけ大きなハンデを抱えてるのか解ったか?」


 魔法……か、自分が使えないから今まで意識的に気にしないで来たがこれほどまでに差が出るものだとは思わなかった。これでは俺は役に立たないどころかただの足手纏いではないか。


「確かにお前の剣の腕は師匠のところで格段に伸びたよ、剣術だけを見れば俺よりお前の方が上だろう。だが、それだけだ。

 お前の目指す世の中の “強さ” においてはお前は到底及びもしないレベルだ、いくら頑張ったとしてもミカ兄やギンジさんに届く事はない。

 だが勘違いするなよ?お前にはお前の特技があるんじゃないのか?」


 俺の特技……そんなものあったか?


 真っ直ぐ向けられた紫紺の瞳からは哀れみや見下しといった負の感情は感じられず、『早く追いついてこい』と言わずとも感じさせる鼓舞するような眼差しだった。



 

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