39.現れた魔族

 翌朝、朝食を摂るとさっそく出発したのだが、歩く道のり、俺の心臓は バクバク 鳴りっぱなしだった。なにせ金貨百枚を超える物を持たされているのだ、仕方ないだろう?


 特に迷うことなく到着し、薄暗い階段を降りて行く。二つ目の扉の前、黄色魔石が入った皮袋の無事を確認するとノックをしてから中に入る。

 昨日と全く変わらない様子で迎えられた狭い店内。その奥には、これまた昨日から一歩も動いてないのではないかと思わせる佇まいで老婆が座っている。


「来たね」


 静かに一言発すると少しだけ顔を上げる仕草を見せるが、影の落ちるフードの中の表情は読み取ることができない。

 俺は老婆の前まで行くと皮袋を取り出し中身を手のひらに出して見せると、驚いた雰囲気を漂わせる老婆が首を持ち上げ視線を送ってくる。


「町の平和のため、魔族の情報が欲しいんだね?」


 黙って頷けば手を差し出してきたので皺くちゃな手に魔石を乗せてやる。するとゆっくりとフードの近くに寄せてそのまま食べるのかと思うほどの所でじっくりと魔石を見つめ始めた。

 さぁ、情報とやらを聞かせてもらおうか?どんな事が聞けるか楽しみだが、下らない事でしたというオチも無くはない。そんな事になったら魔石三個は大出費だな。まぁ、俺のじゃないが。


 沈黙が支配する部屋の中、俺達は老婆が語り出すのを固唾を飲んでジッと待つ。だが、なかなか老婆は情報とやらを喋り出さずに魔石を見つめたまま身動ぎもしない。まさか今更情報はありませんとか言い出さないよな?


「お婆ちゃん、魔族の情報をくれるんでしょ?」


 痺れを切らしたリリィが沈黙を裂く。


 気絶でもしていたかのように ビクリ とした老婆。手にした魔石を一緒に渡した皮袋に入れると大事そうに懐へと仕舞った。


「そ、そうだったね。魔族の情報だね」


 おいおい、本当に情報なんて無いとか言い出さないだろうな……段々と怪しくなってきたぞ?


「実はね……」


 深い溜息を一つ吐き、老婆の重い口が開いた瞬間だった。



バンッ!



 入り口の扉が音を立てて乱暴に開け放たれ、慌てた様子の男が駆け込んでくる。


「アリサ!まずいぞっ!っと、来客か……すまねぇ」


 老婆が溜息を吐くのがハッキリと俺の耳に届いたが、俺達の注目の的は今しがた入って来た男。俺より頭一つ分高い身長で頭に布を巻き付けており、その隙間から青み掛かったグレーの髪が見え隠れしている。背中には大きな剣らしきものを背負っており、その容姿はミカ兄から聞いた魔族の男と相違ない。


「ん?冒険者……か!?」


 背中の剣に手をかけこちらを警戒する。間違いない、こいつは魔族だ。俺の直感がそう訴える。


 狭すぎて身動きの取れない店の中、魔族の正面にいるのはリリィだ、まずいな。このままあいつが剣を抜いたらリリィがやられてしまう可能性が非常に高い。ユリアーネさんも腰の剣に手をかけてるけど、リリィに当たるから抜けないだろう。当のリリィもカン付いたようで、すぐ間近に現れた魔族に恐怖し、ここからでも分かるくらいに カタカタ と震えている。


「やめなさい」


 俺の後ろから凛とした若い女の声がする。

だが、この部屋には俺達と老婆、それにこの魔族しか居なかったはずだが……どこから現れた?

 それに、なぜか聞き覚えのある声が気になり後ろ振り向いてみたものの相変わらず姿勢を崩さない老婆が居るのみ。どういうことだ?もう一人は!?


「だがアリサ……」

「お黙りなさい、反論は許しませんよ」


 え?今、この老婆から聞こえたよ……な?でもこの声って、教会で会ったあの綺麗な女の人の声のような気がするけど気のせいか?


 わけが分からなくなり混乱していると、老婆の姿がボヤけていく。見間違いかと目を擦るが霞みがかったように白いモヤに覆い尽くされて見えなくなってしまった。だがすぐにモヤは薄れて行き、老婆とは違う女の姿が見えてくる。


──変身した!? どういう事?


 ユリアーネさんも異変に気が付き、老婆だったものの方を見て唖然とする。

 遂にハッキリと見えるようになった女性は、やはり屋台と教会で会ったあの貴族の令嬢の様な美人なお姉さんだった。


「まさか、幻術!?でも声まで変わるなんて……」

「ぶっぶーっ、術じゃないわ。ちゃんと魔法よ。わたくし魔法が得意なのよね。ふふふっ、レイも驚いてくれた?」


 そりゃ驚くなと言う方が無理でしょ!老婆が綺麗なお姉さんに変わったんだもの!?魔法って凄い。

 それはさて置き、なんでこの人がここに居るんだろう?元々ここに住んでいた?貴族みたいな感じだったからそんな訳ないよね。いや、そんな事より魔族と顔見知りみたいだけど、どうしてだ?あの魔族は過激派と言う話だった。なら、人間と一緒にいるなんてことは考えにくい、という事は……。


「偉いわ、ちゃんと答えが出たみたいね。まずは自己紹介からしましょうか。

 わたくしはアリサ ・エードルンド、ご推察の通り魔族よ。またまた驚いてくれた?」


 ペロリと少しだけ舌を出し、悪戯っぽい微笑みを浮かべたアリサと名乗った女の綺麗な紫色の瞳が俺を見つめていた。


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