22.なんでも入る魔法の鞄
魔法は大きく分けて三種類に分類される。一つは、程度の差はあれど万人が扱える火、水、風、土の四属性の魔法。もう一つは、一般的に知られてはいるものの術者の少ない光魔法と、ほぼ扱える者がいないとされる闇魔法。そして最後が、血族による相伝や突発的に才能を授かった、ごく僅かな者だけが操れる『特殊魔法』だ。
「空間魔法とは、文字通り空間を作り出す魔法なんだが……そうだな、どこに繋がってるのか分からない摩訶不思議な穴をどこにでも開けられると思っておいてくれ。
作り出した空間の中に入った物は一見すると消えて無くなったように見えるのだが、再びその空間から取り出すことが可能なのだ。しかもそれは同じ場所でなくとも良い、つまり、今ここでテーヴァルが空間魔法により作り出された穴の中にこのスプーンを入れたしよう。彼を連れて君達の拠点であるベルカイムに行ったとしても、その地で再び空間魔法を使えば同じスプーンが取り出せる、という事が可能な魔法なのだよ」
特殊な方法により空間魔法を鞄に付与させる。すると、ティナのポシェットのように便利な魔導具の完成だ。
鞄の口を開けて物を入れるのに、物は鞄に入る事なく別の空間に入る。そのため、大きさや重さ、熱量までもが消えてしまい、空の鞄を持ち歩くだけになるので物を運ぶのが容易になる。鞄を開けばいつでもどこでも入れた物を取り出せるため、旅の多い冒険者や、行商の者なんかには大変好まれる一品となっている。
「カミーノ家は空間魔法のかかった鞄を作り、それで財を成した家系でね。今代はこのテーヴァルが魔法の鞄を手がけているのだ。
魔導具といえば普通、使えば使うほど魔石を消費するんだが、カミーノ家で作る鞄は特別製で魔石が不要なのだ。ランニングコストのかからない便利な鞄、壊れない限りずっと使えることで絶大な人気があるんだよ。
それでだ、ティナの命の恩人である君達が良ければ世話になった礼としてこの鞄を送ろうと思ったのだが、どうだろうか?」
俺達は顔を見合わせて驚いた。ミカ兄も持ってた物だし、とてもとても便利そうで欲しいとは思う。
が、しかし……
「えっと、それはすごく高価な物じゃないんですか?そんな物をもらってしまっていいんでしょうか?」
「わははははっ、本当に君達は謙虚だな。そうだな、普通の冒険者にしてみればなかなか手が出ない高価な物だな。だが、我家で作っている物だ、むしろそんなモノと娘の命を引き換えにしようとする方が『本当に良いのか?』と聞きたくなるくらいだよ。でも君達にはそれなりの価値がある物だと思う。
それを踏まえてどうだろうかと思ったのだが、もっと他の物を所望するなら遠慮なく言うがいい」
良いのかな?もらっちゃうよ?高い物らしいけど本当にもらっちゃうよ?もしかしてまた試されて……ないよね?
リリィとアルに視線を向ければ笑顔で頷きが返ってきた、オッケーらしい。ならば……
「俺達は構いません。それでお願いします」
い、言っちゃったよ!?ティナもニコッと笑ってた……よかったのかな?
「そうかっ!よしわかった。ならば最高の物を用意させよう!後のことはこのテーヴァルに任せる。なんなりと注文を付けてくれ。
いいか?くれぐれも遠慮はいらんからな!テーヴァル、頼んだぞっ」
テーヴァルさんの部屋に連れて来られた俺達は部屋に並ぶ鞄の数に驚いた。だってすごく沢山あるんだもの。私室兼工房だとは聞いたけどお店みたいに並べられている……百個は優にありそう。まさか、これ全部が魔導具なのか?
「気に入った物はあったかい?鞄自体はどんな物でもいいんだ、好きなのを選んでもらえばいい。
そうだな、冒険者に人気なのは腰に引っ掛けるタイプのコレかな?あとはウエストバッグのタイプだね。リリィちゃんにはお嬢様と同じポシェットタイプなんか可愛くていいんじゃないかな?」
座らされたソファーの前、テーブルに置かれたオススメだと言う三種類の鞄。見た目は普通の鞄と見分けはつかない。これなら人に見られても魔導具だと気付かないだろう。高価な物を持っているからと ビクビク しなくてもすみそうだ。
「どれにする?」
「うーん、レイが持つならこれでいいんじゃない?腰に引っ掛けるだけなら楽そうだし」
「それでいいんじゃないか?」
三人の意見があっさり合い、ベルト通しに金具で引っ掛けるタイプの物に決定された。
よし!これで旅が楽になるぞっ。
「じゃあこれでお願いします」
「了解した。他の二人はどれにする?」
……え? 今なんて言いました?
「えっと、どういうことですか?」
「ん?レイ君はこの鞄にするんだよね?リリィちゃんとアル君のはどれにするんだい?」
「「「!!!」」」
目を丸くして顔を見合す俺達。鞄くれるって……一つじゃないのっ!一人一つぅ!?うそーん!!
「え、いや、ちょっと待ってくださいっ。鞄って高価なものなんですよね?」
「うん、まぁ普通に考えたら高価だね。ただね、これはごく普通の鞄にちょっと特別なやり方で空間魔法をかけただけなんだ。原価は鞄代だけ、僕が作って僕が渡す分には高価とは言い難いね。
だからさ、旦那様も言ってたでしょ?こんな物で良ければって。普通に買おうと思ったら一般の冒険者にはなかなか手が出せない物だけど、我がカミーノ家にとっては町にある店で鞄を買うのと変わりないんだよ」
クロエさんが用意してくれた紅茶を優雅に一口含むと、俺達に視線を戻す。
「旦那様が気にしてたのは自分の娘の命とそこらの鞄を交換するってとこだね。目に入れても痛くないほどに可愛がってる愛娘とだよ?安すぎるだろう?仕組みが分かると旦那様が躊躇する気持ちも分かるよね。だからさ、遠慮なんてする必要は何処にもないんだよ。
それで、どの鞄がお好みだい?」
あぁ、やっと納得出来ましたよ。お互い特しか無いのなら遠慮なく行きましょう、げへげへっ。
「じゃあオレもレイと同じやつでいい」
「私はティナと同じのがいいわ」
「ふふふっ、やっと遠慮が無くなったね。旦那様も君達が納得するまで説明しないから誤解が生じるのにね。
それでね、これはあまり知られていないんだけど、この鞄には大きく分けると二種類あるんだ。一般的に売られている物は空間の容量が大体一㎥、つまり縦横高さがそれぞれ一メートルずつの空間なんだけど、このテーブルに並べたのは特別でね、容量が二倍くらいあるんだ。
旦那様の希望で君達にはこっちのを渡すように言われてるんだけど、生憎、レイ君とアル君が所望した物の在庫が一つしかなくてね。作るのに最低でも十日ほどかかるんだけど、待ってもらってもいいかな?」
わざわざ俺達のために造ってくれるのか。なんかもう至れり尽くせりな感じでおかしくなりそうだけど、待つくらいお安い御用?ってか、むしろお願いします?
「待つくらい何でもありません。それよりいいんですか?」
「大丈夫大丈夫、ちょっと魔力を貯めるのに時間かかるだけだから多分失敗はしないと思うよ。まぁ、失敗したらもう一月程待ってくれるかな?」
ウインクしながら言うのでたぶん冗談なのだろう、意外とお茶目な人だな。見た目良し、能力良し、性格も問題無しで、極め付けに金持ちときた……モテるだろうな、この人。
アルとリリィの鞄を貰いテーヴァルさんの部屋を出ると、ランドーアさんの書斎に案内された。
「少し時間がかかるそうだね。その間、家に泊まるといい。ティナもその方が喜ぶだろう。何か必要な物があればクロエにでも言ってもらえれば用意させるよ。
ティナの命の恩人だ、気兼ねなく寛いでくれたまえ。あぁ、本当に遠慮はいらんからね。自分の家のつもりで何でも言ってくれよ?」
うわーっうわーっ、貴族の家にお泊りですってよ!緊張しちゃうじゃないっ。でも十日も何しようかな?
「えっと、ではありがたく泊めていただきます。それで、ただお世話になるだけではなんですので、大した事は出来ないと思いますけど何か手伝える事とかってありませんか?」
はははっと嫌味なく笑うと パタパタ と手を振るランドーアさん。
「いやいや、お客人にそんなことさせるわけにはいかないよ。ゆったりと寛いでくれたまえ。ずっと部屋でゴロゴロしててもらっても構わないんだがね、折角だ。クロエ、街を案内して差し上げなさい」
「参りましょう」と前を歩くクロエさんの桜色の髪は、つむじの横でツインテールにされており歩調に合わせて フワフワ と揺れている。
「街ならクロエより私の方が詳しいんですよっ、私が案内してさしあげます」
ツインテールに導かれて屋敷を出ようとすると、だだっ広い庭先にティナがいて一緒に行くことになった。
小腹が空いたこともあり屋台を見に行ったんだが、ここレピエーネにもそこそこの数の屋台が軒を連ねている。肉料理が多いのはベルカイムと同じで、肉の焼ける匂いと食欲を唆る調味料の美味しそうな香りが溢れかえっていた。
ティナと並んで屋台を眺めてながら歩いていると其処彼処から声がかかる。随分と親しげだけどティナって貴族だったよね?
「やぁお嬢っ、今日は彼氏連れかい?どうだい?一本食べていかない?」
一際良い匂いを醸し出していた屋台、色黒マッチョな親父さんが白い歯を光らせ厳つい顔を綻ばせる。見惚れるほどの美しい筋肉をさらけ出す黒いタンクトップに、頭に巻いたタオルがよく似合う中年のオジサンだ。
「今日は何の肉が入ったんですか?」
「今日はなモルタヒルシュって鹿の肉だ。脂控えめなのに柔らかくて、味のしっかりした良い肉だよっ。お嬢ならお代はいいから、持っていきなよ!」
返事も待たずに人数分の串を手に取ると『食え』と言わんばかりに差し出してくる親父さん。ええっ!くれるんですか!?くれるのなら遠慮なくいただきますっ。
クロエさんは「私も?」と戸惑ってたけど、好意は受け取らないとね!
さっそく遠慮なく頬張ると、その美味しさと香ばしさが口の中一杯に広がる。味付けは塩胡椒だけみたいだが、噛めば噛むほど肉の旨味が湧き出ててきて飲み込むのがもったいないくらいだ。これは美味しいなっ!
「んんっ!これ、おいひーねっ!」
「うん、美味しいです。肉の旨味が濃厚ですね、脂も少ないので何本でもいけそうです」
人数分のおかわりを貰うと今度はちゃんとお金を払った……クロエさんが。
親父さんに手を振り屋台を後にすると、なんだか嗅いだことがあるような美味しそうなタレの香りが漂ってくる。気になって匂いを辿れば、色の濃いタレを身に纏った細切れ肉達が黒い鉄板のステージに立ち、二枚の銀コテと共にダンスを披露していた。
「へいらっしゃいっ!……て、お嬢じゃねーかっ。今日は珍しく大人数なんだな。一つどうだい?シビルボアの肉なんだけどな、薄くスライスしてタレに漬け込んであるんだよ。玉ねぎと一緒に炒めてあるんだが、結構いけるぜ?」
それじゃあと一皿買って(クロエさんが!)フォークに取りティナへと向ける。
「はい、あーんして」
「えっ!」と言いながらも口を開けるので遠慮なしに放り込む。リリィ、アル、クロエさんの口にも放り込むと自分でもパクリッ。
「んんっ!これもおいひーね!」
「甘いタレがいいですね、お肉も柔らかく玉ねぎのシャキシャキ感がまたいいっ」
うんうん、美味しいね。匂いといい、味といい、このタレはベルカイムで食べた屋台のタレと同じ感じだ。タレ自体は濃いんだけど、玉ねぎが入ってることで味がいい感じに薄まって調和がとれてる。
屋台って、どこのでも結構美味しい。食堂のご飯もガッツリ食べれるし美味しいから好きだけど、屋台も屋台で捨てがたいんだよね。でも今はもう、お腹いっぱいだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます