11.目標に定めた大きな背中

『殺るなら今しかないっ!』


 力の入りすぎた一振り、全力で振り切ったショートソードに重心が持っていかれて体勢は崩れてしまう。だが勢いは殺さず軌道だけ曲げると、返した剣に体重をかけ身体のバネを活かして引き戻す。

 狂気、愉悦、驚愕、苦悶。僅かな時間で幾度も表情を変えたボスの胸にまたしても傷が付き、宙を舞った赤い液体が薄暗い部屋の中で松明の光を受けて宝石のように綺麗に見える。

 後退るボスを追い、身体ごと踏み込んだ一歩。脇を締め、両手で握ったショートソードを突き入れる。一際鈍い感触、その時ボスの背中からは血塗られた刃先が顔を出していた。


「ぐ……がはっ!お、俺が……こんな、ガキにっ」


 今にも羽交い締めにされそうな覆いかぶさる体勢、上から吐き捨てられる最後の言葉が耳に残る。

 これから起こる二度目の殺人に動くことが出来ず、荒い息を吐き出しながら刺さったままの剣を握り締めていた。


 しかし、やがてボスの力が抜けていく。


 そのまま背後に倒れて行けば、ひとりでに剣から抜け落ちる。地面に転がり動かない男、その様子を呆然と眺めながらも早くなる呼吸を整えようとするのだが上手く行かない。


「お、おいっ、ボスが……兄貴に知らせろっ!」


 その一言で我にかえった。


 とっさに飛び出し、入り口に居た一人の背中に剣を突き立てる。引きつる顔で後退ったもう一人を横薙ぎに喉元を斬り裂いたのだが、残るもう一人には逃げられてしまった。

 だが冷静に考えられる今、深追いはしない。


「すぐに仲間が来るぞ!さっさと逃げよう!!」


 ナイフを受け取ったリリィは最初に部屋に居た女の子のロープを切り「逃げるわよ」と立ち上がらせて連れて行く。

 アルはボスの剣を手に取り俺と一緒に先頭を走り出した。時間との勝負だ、急げ急げ!



 部屋の入り口にあった松明を手に小走りで洞窟を外に向かう。凸凹の地面が走りにくく、何度も足を取られそうになった。

 それでも迷わず外に出たまでは良かったのだがやはり慣れと不慣れ、大人と子供の差は大きい。その直後に盗賊達に追いつかれててしまった──あと少しなのに!!


「リリィ!その子を連れて逃げろっ!」

「っ!そんなこと出来るわけないでしょっ!?」


 威嚇するよう、扇状に広がる何十人もの盗賊達。似たようなショートソードを手に囲われれば、それだけで膝が震えるほどの恐怖を感じる。

 その中、アニキと呼ばれた俺達を捕まえた時のリーダーらしき男が剣を突き付け怒りをぶちまける。


「逃すわけねーだろっ!お前ら、お頭を殺ったんだってなぁ。普通に死ねると思うなよっ。八つ裂きにしてやる!

 女は犯して生きたまま狼の餌だっ!!男は手足を斬り落として嬲り殺せ!殺れっ!!!!」


「「はぁぁぁっ!」」


 リリィと女の子を背後に、俺とアルは剣を振り上げ襲いくる大人達に挑み掛かる。心も落ち着いており、自分達が生き残るための殺人にも躊躇は無い。


「ぐぁぁっ!」

「ごふっ……」


 あれ?思ったより弱い?


 意外にも簡単に倒れていく盗賊達。アルを横目で見るが、俺とは違って立ち止まったりしてないみたいだ。なんだか分からない楽勝ムードに一人づつ確実に数を減らす。


「馬鹿やろうっ!ガキ相手に何やってるんだ!!多少剣が使えても、こっちにゃ数がいるんだ。お行儀よく戦うんじゃねぇ!回り込んで袋にしろっ」


 リーダーの一言で知恵が付き数人で囲い込もうと動き出す、これは不味いかな。一気に跳ね上がる難易度。

 襲いくる剣を弾けば、一息つく間もなく次の剣が迫る。優位に立ち、下卑た笑みを浮かべる男達。嘲笑うかのように絶え間なくやってくる剣、剣、剣……それでも一人、また一人と数を減らしてはいるのだが、無限にいるのではないかと思えるほどに見えている盗賊は減っていかない。


 初めての殺人ですり減らした精神、鍛えていたとはいえ多すぎる運動量。体力は限界に近く息も上がってきた。数人の壁の向こう、肩で息をしながらアルも次々と容赦なく迫る剣をどうにか凌いでいる。


「くぅぅっ」

「ひゃっはーっ!やったぜ、見たか!ざまぁみろ!」


 左腕に走る熱い感覚。次の瞬間、襲い来る鋭い痛み。浅いとはいえ斬られた腕からは血が飛び散り、傷を押さえてうずくまってしまった。


「レイっ!」


 俺が傷付いたのを見て ニヤニヤ と囲いを狭めてくる盗賊達。すぐに手を出してこないのは、余裕の顕われからか。

 慌てて駆けつけたアルが俺の前に壁として立つ。


「レイっ、ここは俺が抑える。リリィ達を連れて逃げろ!」

「ふざけるなっ!お前を置いてなど行けるわけないだろっ!?」


 これまでなのか……こんな所で、こんな奴等に殺されるのか!?悔しくて、でも何も出来なくて、せめてもと盗賊達を睨みつける。


「さぁ元気が無くなったな。まずは手足を切り落とせっ。俺達に逆らったこと後悔しながら死んでもらうとしようぜ?」



 その時、赤い光が煌めいた。



 次の瞬間には目を疑う光景。そこにいるはずのない見知った男の背中が瞬きの間に現れたんだ。

 追いかけたい、追いつきたいと目指す大きな背中。今この時ほど、その姿に安心を感じたことはない。


「そいつは困っちまうなぁ、これでも大切な弟達なんでなぁ」


 ミカ兄!!なんでここに!?


 遅れてやって来た一陣の風。熱を孕み、勢いよく通り過ぎていく。

 握りしめる赤い剣には暗闇を照らす炎が薄く纏わり付いており、赤とオレンジの揺らめきが後退る盗賊達の焦りを浮き彫りにする。背中越しに振り向く顔には笑みが浮かび、闇に映える白い歯がどうしようもなく頼もしく写った。


「よぉレイ、アル。なんだか楽しそうなことやってんなぁ。俺を呼ばないとはどぉゆぅ了見か後で説明してもらおうか?」

「ミカ兄!助かったよ……でもなんでここが?」

「細けぇ事は酒でも飲みながら聞いてやんよ。とりあえず、だ。

 おめぇら《スネークヘッド》だな?俺の弟達を可愛がってくれた礼をしないとなぁ?まとめて俺が地獄に送ってやるよ!」


 さっきまでの勝ち誇った顔は何処へやら、一様に青ざめ沈黙している。たった一人の登場に逃げ腰になった何十人もの盗賊達。


「てっ、てめは紅蓮のミカル!なんでここに!? こんな奴に策も無しに勝てるわけねぇ!逃げるぞっ!!」


 ミカ兄を見て浮き足立っていた盗賊、リーダーの一言で蜘蛛の子を散らすように散り散りに逃げ惑う。しかし、獲物を見定めた狼から逃れる術はない。


 闇の中を炎が舞うたびに聞こえてくる断末魔と悲鳴。安心しきった俺達は地面にへたり込み、幻想的な光景を力なく眺めていた。


「私があの男を連れてきたピョン。感謝するピョン。感謝しすぎて抱きついてぶちゅーーってしても、げへへっ……いいピョン。あ、痛い痛いっ!ほっぺ摘まないで!あぁっムニムニもしないでぇっ!もぉっ、そんなに私のこと好きなら付き合ってあげてもい……痛ぁっ!!ぶったわねっ!私をぶった!お父さんにも打たれたことないのにぃぃっ」


 いつの間にか隣に居たあの時の残念な獣人。見た目だけなら相も変わらず可愛いが……なんでお前がここに?


「びぇぇぇんっ、ぶつなんて酷いと思いません?女に手をあげるなんて最低ですよねっ、最低っ!あっかんべーだっ。ぶたれた頬を癒してくれるのはお嬢さんの柔らかいほっぺただけ、スリスリッ……ああ、プニプニ で スベスベ で気持ちいいですねっ、あっやめてっ!そんなに押されたらっ!あーれーっ」


 やかましいな。ホントこいつ、何しに来たんだ?


「あぁっ!イケメンさんが怪我してるぅぅぅ!?こ、これは……ペロペロ しとけば治りますよね!!ほーら ペロペロッ と。なんなら違う所も ペロペロ しまし……痛っ!痛いっすよー、かわいい冗談じゃないですかぁ、もぉぉ プンプン ですよぉ!」


「阿保言ってないでいいわ。まぁ、お前のお陰で助かったぜ。もう帰っていいぞ、じゃあなっ」


 戻って来たそうそう、ウサ耳頭の後ろからグーパンチを見舞うミカ兄。もう全部倒したの!?


「えぇぇぇぇっ!終わったら帰れとか酷くないですかっ!女は道具じゃないっスよ!飽きたらポイとかダメっスよ!!あぁっ痛い痛いっ!耳は引っ張ったら駄目ピョンっ!わかったっ帰りますぅ、帰ればいいんでしょ!!もぉっ。この間の借りは返したざますっ。ほな、さいなら〜っ」


 一足飛びで闇に消えた残念な兎。ねぇ、なんでココに居たの??


「お互いの説明は後だ。さっさと帰るぞ」


 余計な追い討ちでドッと疲れた俺達は、無言でミカ兄の後ろを付いて歩く。森の奥深くで場所も分からなかったはず、ミカ兄がなぜ来てくれたのかとか聞きたいことはたくさんある。

 でもミカ兄が来てくれて本当に助かった。ミカ兄がいなかったら今頃は……


「ミカ兄っ!」

「……なんだ?」


 振り返らず、目だけを向けてくる。改めて思う大きくて頼もしい背中。いつかこの人に追いつくことが出来るだろうか?


「ありがと」

「……おう」


 歩き続けて薄明るくなった頃、ようやく森を抜ける事が出来た。大冒険だった一日が、やっと終わりを告げる。


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