23.ワールドオブリリィ②蘇る記憶
扉をくぐると木々が茂る場所。まるで黒いカーテンを抜けたかのように急に広がったのは緑の景色。どこか見覚えのあるようなないような森を振り返ってみるが俺達が通ってきた扉は既に無く完全に森の中だ。
「また迷子だぞ?どっちに行く?」
「レイの感じる方に行けばいいわ。この世界は全てリリィさんの心が作り出したもの、世界が在るという事は主であるリリィさんが居るという事。何となくでも良いわ、レイの好きな方に行けばきっとリリィさんに会えるわよ」
そんなもんなのかと思いつつも言われた通りに適当に歩き始める。
木漏れ日が漏れ、小鳥のさえずりさえも聞こえてくる。木と木の間隔もそこそこ広く森林浴を楽しむには丁度良い感じの森だ。そういえばフォルテア村の周りの森もこんな感じの長閑で良い森だったなと懐かしく思う。
「レイ〜、アルぅ?どこぉ?」
幼い頃独特の舌ったらずな女の子の声が聞こえて来る。木々の隙間から見えたのは、肩口で切り揃えられた薄い金色の髪を フワフワ と揺らしながら歩く薔薇色の瞳の少女だった。
「リリィ……超可愛いぞ!」
「アレが子供の頃のリリィさんなのですね。ほんと、お人形さんみたいに可愛いですね」
「今のサラもお人形さんみたいに可愛いけどな」
「ちょっ、ちょっと!やめて下さいっ」
すぐ赤くなるサラを横目で見て満足しつつ『本当だよ』となどと心で呟けばと、それが伝わり頬に手を当てて恥ずかしそうに俯いている。
「リリィ、早く来い。置いてくぞ」
現れた黒髪の少年はリリィに向けて言葉を放つと、一人、背を向けて歩き出した。入れ替わりで現れた金髪の美少年は優しく微笑みながらリリィが追い付くのを待っている。あれはアルと俺の子供の頃なのだろうな。
アルの出す手をリリィが握ると二人並んで駆け出して行く。
「追いかければいいのかな?」
「それしか無いんじゃない?早く行かないと置いていかれるよ?」
既に見えなくなった三人を追って走り出すと、流石に大人と子供の足には差があったようですぐに追い付く。見つからないようにと遠巻きに後を付けて行くと、なんだか覗きをしているようで変な罪悪感がする。
「心の中に入っている時点で既にレイは覗き魔ですぅ〜。女の子の心を覗くなんて最低よ?分かったら変な事考えなくていいからね」
楽しげに俺をからかうのは、褒めちぎって真っ赤にさせた事の仕返しだろうか。本心なのになぁと考えるとさっきのを思い出したのか再びサラの顔が赤くなった。
「もぉっ!もぉっ!」と人の肩で小踊りしているサラは置いといて、ちびっ子三人組を尾けていくと森の中を仲良く歩いて行く。どこまで行くのだろうと思っていると森が拓け、高い崖が現れたところで三人して立ち止まりそれを見上げていた。
「あ、あった!あれよ、あの花っ!」
「どれ?あっ!あんな高いところにあるじゃんか……どうやって取るんだよ」
指差す先、崖を五メートルくらい登ったところには青い花が咲いていて、どうやらそれを取りに来たらしい。だが見た感じ五歳くらいの子供、急な崖を登り花を取るのは並大抵のことではないだろう。いくらの田舎育ちの腕白共だとは言え、ちびっ子の身体能力などたかが知れている。
大人でさえ諦める者もいそうな高さなのに、リリィは果敢にジャンプしてなんとかして花を取ろうとしている姿が可愛らしい。
するとアルが崖に手を掛けるとおぼつかない様子ながらもゆっくりとだが手足を踏ん張りながら登り始めた。しかしやはり子供、二歩三歩と登ったと思ったら足を滑らせてしまい崖からずり落ちると尻餅をついてしまった。
「痛ぅ……」
「アルっ!大丈夫ぅ?」
足を押さえてうずくまるアルはどうやら膝を擦りむいてしまったようで、ここからでもジワリと血が出ているのが分かる。その隣にしゃがみこみ心配そうに見つめるリリィも傷を見て痛みが移ったかのように顔をしかめている。
それでもアルは立ち上がり再び崖に手を掛けるもののやはり登る事は難しいようで少し登るとどうしても滑り落ちてしまう。
「なぁ、アレは無理じゃないか?諦めて他のにしようよ」
「ここにしか咲いてないんだろ?あの花じゃないとリリィのお母さんは元気出ないんだろ?」
そうか、思い出した。あの青い花はリリィのおばさんが好きだった花。なんでもおじさんとの思い出の花だとかで、花の咲く時期になるとリリィの家にはよく飾られていた花だ。
「でもあんな高いところじゃ取れないよ。またアルが怪我しちゃう……いいの、やめよう?」
「でも、欲しいって言ったじゃないか。元気の無いおばさんにプレゼントするんだろ?」
「でも……危ないからいいの。諦める」
そう言いつつも物欲しそうに崖の上の花を見上げたままのリリィを見つめる少年レイは頭をポリポリと掻くと子供のくせに一丁前に溜息を吐いてから崖に手を掛け登り始める。
アルよりはしっかりと崖に張り付き、少しずつ少しずつだが確実に花へと近付いて行く。
その様子を地面に尻餅を付いたままのアルと、その側にしゃがみ込むリリィとが心配そうに眺めている。
「レイ危ないよ、怪我しちゃうわ」
リリィの声は聞こえているだろうに、それには何も答えずただゆっくりと崖を登り続ける少年レイ。後数十センチで花に手が届く所まで来たとき、手を掛けた突起がボロリと崩れ落ちバランスを失い背後へと倒れ始める。
「キャッ!」
「レイ!」
両手を口に当てて目を見開くリリィの口から悲鳴が漏れた。だが崖から落ちそうになった少年レイは咄嗟に手を伸ばすと間一髪のところで崖にしがみ付く。体制を戻すことに成功して一息吐くと、そんな事にはめげずにあと少しの距離を慎重に登り始めた。
「少年レイ、カッコいいじゃない?あんな危険な崖に登って少女の求める物を手に入れる、私なら好きになっちゃうわ。ねぇ、レイ?」
「そんなの知らないよ。俺は覚えてないし、だいたいこれは実際にあった事なのか?」
「そうね、実際にあったかどうかは分からないけど、全くの想像ではないと思うわ。リリィさんの思い出なのか、これに近い事はあったんじゃないのかしら」
無事に青い花を手に入れると一息吐いてからゆっくりと崖を降りだした。だがこういうものは登るよりも降りる方が難しいのが常。登るときは見て考えながら進めるのだが、降りるとなると手足をかける先が見えずに難易度がぐっと上がる。
少ししか見えない崖の凹凸、下を見ると遠い地面が視界に入り少年レイの背筋をゾクゾクとしたものが襲っている事だろう。
花を取るという目標があり一心不乱に登ったのはいいが、いざ自分の置かれている状況を見ると足がすくんでしまい身体が強張る。そうなると余計に体が動かなくなり、只でさえ難易度の高い降り道が更に難易度を上げて少年レイに襲いかかる。
木登りの得意な猫が降りられなくなり、木の上でニャーニャーと助けを求めている、そんな状況が頭に思い浮かんだ。
それでも負けじと必死の様子で下に足を伸ばしてゆっくり、ゆっくりと一歩ずつ降りて行こうとする少年レイ。だがやはり五歳の少年では難しかったようで見ているこちらがハラハラとしてしまい、足を滑らせる度に何度もお尻の当りを ゾクゾク とした緊張の波が通り過ぎて行く。
──だがとうとうその時が来てしまった。
足を滑らせた拍子に掴んでいた筈の手が滑って離れてしまったのだ。
スローモーションのようにゆっくりと崖から体が離れていく少年レイ。
「キャーーッ!」
「レイッ!!」
固唾を飲んで見守っていた少年少女が悲鳴を上げると同時に俺の耳元でも「キャッ!」と可愛らしい声が聞こえて来た。
だがその声が聞こえるか聞こえないかの瞬間、俺は考えるまでもなく隠れていた木の陰から飛び出していた。
空中で少年レイを無事にキャッチしたところで我に返った。
そして気付く……やってしまったのだと。
「大丈夫か?あんまり危ない事をするなよ?」
口から出た言葉が取り消せないように、やっちまったもんはもう元には戻らない。仕方なく諦め少年レイを下ろしたところでサッサと逃げようと考えるものの違和感を感じた。
──サラが居ない!
辺りを見回せば六枚の羽根をパタパタと必死に羽ばたかせながら空からゆっくりと降りて来ていた。だが不味いことにそれはアルとリリィの真上。
少年レイの無事を確認した二人が胸を撫で下ろしたところに視界に入る天から降りて来た俺の猫耳天使サラ。目を丸くしながらゆっくりと降りて来るのをジッと目で追っていたかと思えば、リリィが差し出した小さな両の手のひらに上手に降り立つ。
「あは、あはは、あははは……」
あ〜ぁ、やっちまったと再び思うが後の祭り。少年レイの頭を撫でると両手を差し出したまま固まっているリリィの横にしゃがみ込み、リリィの頭を撫でながらもう片方の手をサラへと近付けた。
苦笑いしながら迎えを待つサラが俺の手に飛び移ると同時にリリィのフリーズが解け、サラの乗る俺の手をガシッと掴むと顔を近付けまじまじと見つめる。
「可愛い……」
「兄ちゃん、この子は天使様なのか?」
思わず吹き出しそうになったが今の姿形は紛れもなく天使様なのだ。そうだと答えれば少年レイも寄ってきて三人でサラの鑑賞会が始まる。
純真無垢な六つの瞳に晒されて恥ずかしくなったのか、顔が赤くなり頬に手を当ててモジモジとし始めるので仕方なく救いの手を差し伸べることにした。
「もういいかい?この天使様は恥ずかしがり屋さんなんだ、見ててもいいけどもう少しだけ離れてもらってもいいかな?」
そう言うと手を引っ込め俺の肩にサラを移してやった。
「なぁ兄ちゃん。この天使様、何処で捕まえたんだ?他に仲間は居ないのか?」
昆虫でも捕まえるかのように目をキラキラさせて聞いて来るが、そんなムシのいい話はないぞ、少年レイ。
「あのなぁ、天使様って捕まえて良いものじゃないぞ?それに仲間は居ない、この子一人きりだから諦めな」
「じゃあなんで兄ちゃんは天使飼ってるんだよ。俺も天使様が欲しい!」
離し飼いかよっ!と突っ込みが入りそうだったが相手は少年、しかも俺。多分今の俺でも天使なんて飼ってる人を見つけたら同じことを聞きそうだなぁと思いつつ、何か良い言い訳はないものかと探してみる。
「天使様は飼えないよ。俺はただこの天使様に選ばれた特別な存在なんだ、いいだろ?分かったらお前も天使様に選ばれるくらい強くてカッコいい男に成れるよう努力するんだな」
「私はっ!?ねぇお兄ちゃん、私も天使様に選ばれるかなぁ?強くてカッコよくなれば天使様来てくれるかなぁ?」
キラキラとした眼で俺を見るリリィは本気で俺に尋ねているように見える。あれ?これは本物のリリィじゃないのか?それとも子供になってるから本気でそんな事を言ってくるのか?
「あぁ、きっと天使様は来てくれるよ。頑張って強くなれるように頑張りなさい」
頭を撫でると嬉しそうに微笑んでくる。幼き日のリリィスマイル、超可愛い。
「なぁ兄ちゃん、助けてもらったお礼がしたいんだけど、今日うちに泊まって行かないか?」
「それ良いわねっ!そうしましょっ、ほらもうすぐ日も暮れるし。ねっ、そうしましょう?」
するとさっきまで昼間のはずだったが青空に赤い色が混ざり夕方の装いを始めた。流石は精神世界、リリィの思うままだな。やはりこの子がリリィ本人だ、サラどうする?
心の中で問いかければ肩に立つサラもコクリと頷いたのでリリィの誘いに乗ることにした。
△▽
懐かしのフォルテア村は俺の記憶と少しの違いすら感じられない精巧な造り。ほんの数ヶ月前まではここと同じ様に平和にみんなが暮らしていた、そう思うと心に チクチク とした痛みが湧いて来る。
「レイ……」
それを察して心配そうに覗き込んでくるサラだが『大丈夫だよ』と心で伝えると、それでも心配そうに「そう」とだけ答えて俺の顔を見続けていた。
一旦家に帰るリリィとアルと別れて少年レイに連れられて行った先は当然の如く彼の家。
懐かしさを感じる家、今は無き家、少年レイの家は寸分違わず俺の家そのものの形をしていた。
「ただいまっ!母さんっ、母さんってば!」
俺とアルとリリィは当時の村で唯一と言える子供だった。正確にはミカ兄という子供も居たのだが少しだけ歳が離れていたので別枠だ。
なんにしろ俺達三人はいつも一緒で兄弟のように育った。当然家族同士も仲が良く、住む家が別々なだけの大家族のような関係だった。
だからだろう、これを作り出しているリリィもよくこの家に来ていたから細かいところまで良く覚えているんだろうな。
「おかえり、大きな声出してどうしたの?ってお客様?」
奥の台所から出て来たのは俺の母ナタリアだった。一気に鼓動が高鳴り飛び付きたい衝動に駆られるが『これは俺の母さんじゃない』と言い聞かせて自分の心を無理にでも抑えつける。
「崖から落ちそうになったのを助けてくれたんだ。だからお礼に今日泊まって行ってもらう事にした、いいだろ?」
「崖からって、あんた何してるの!?貴方にまで何かあったら私は……。
うちの子がすみません、さぁ奥にどうぞ。何も無い家だけどご飯くらいは美味しいものを食べさせて差し上げますね」
少年レイを叱りながらもギュッと抱きしめるナタリア母さん。いや、この人は俺の母さんじゃなく少年レイの母ナタリアさんだともう一度自分に言い聞かせる。
俺の顔を見ても同様することもなく只のお客様として持て成そうとしてくれるナタリアさん。そのおかげもあってなんとか自分を抑えつけていられる事に感謝しつつ、言われるがままに勝手知ったる台所へと向かった。
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