45.押し付けられた既視感

「いくら創造神の魂を受け継ごうとも肉体が脆弱なる人のままでは耐えきれぬか。久々に興に目覚めたというのに予想通りとはつまらぬのぉ」


「そうは言うてやるな。魔導具に助けられているとはいえ、その弱き身体に属性竜全ての力を宿して平然としているのだ、神の力を継ぎし者とて褒められたモノではないか?」


 机に突っ伏し動かなくなったレイの背後、二人でくっちゃべる属性竜にイラっとしたのは言うまでもない。

 それが必要なコトだとは理解している。けど、目の前で自分の旦那が玩具にされて面白い筈がない。


「ちょっ!リリィ!?」


 デルゥシュヴェルトとは私の継ぎし結界魔法メジナキアで攻撃に転じるときに呼ばれる魔法形態の名称であり、込めた魔力に応じて強度の増す神の剣。

 あの女の押し付けていった記憶がそれを更に強化させ、光の魔力を帯びし透明な剣が二人の脳天を突こうとしたものの、身一つ分後退しただけであっさり躱されてしまった。


「レイさんっ!大丈夫ですかっ?レイさん!?」


 二人が離れれば、隣の席で青い顔をしていたエレナが慌ててレイを揺さぶる。だが眠っているかのようにまるで反応はない。


 涙目になりながら覗き込むエレナの姿にイライラは増していく。

 たかが属性竜の力を注ぎ込まれただけだ、私のレイがどうにかなるはずはないと知りながらも止まらない衝動に従い肉薄すれば、さも愉しげな笑顔を携え二人同士に飛び退いていく。


「それほど心配せずとも一刻もすれば目覚める、それは汝も分かっておろう?」



──そんな事はわかってる!



 床に突き立つデルゥシュヴェルトを両手で引き抜き更なる光の魔力を込めれば、本物の剣の如く厚みが増す。

 それと共に光を帯びる胸の石、涙型に整えられた透明な希少石はミカエラが持たせた光魔力の増幅器。制御しきれず溢れた魔力が眩いばかりの光と化す。


「五月蝿い」


 二本の剣を振りかざし地を蹴れば、ルアンを庇うように立ちはだかる九尾の狐。その顔は恍惚としており、人の怒りですら愉しむような、バカにされた感じがしてイライラが加速する。


「お主があの・・ララだとは理解した。二千年の時を経たからとて光の魔力の使い方を教えた我に敵うとでも思うとるのか?」


「私はリリアンヌ・コーヴィッチ、ララではないっ!」


 しかし悔しいことに、立ちはだかる光の幕が私のデルゥシュヴェルトをいとも簡単に止めてしまう。斬ろうとしても斬れぬゼリーのような軟質な感触、思わず漏れた舌打ちが私の心を代弁する。

 


スッパーーンッ!

「あいたーーっ! あにすんのよっ!!」



 軽快な音を響かせた凶器は宙に浮かぶ少女の手に握られていた。

 私の頭を叩いたハリセンを手に打ちつけながらジト目を向けてくるのは、自分で連絡したにも関わらずすっかり忘れていた魔族の女。



「何じゃないわよ、人を呼んでおいて二人で楽しんで……レイを苛めて楽しむのなら私も混ぜなさいっ!」



 吹き抜けて行く微風が心地良い……たった一言で居合わせた全員の目が点となり沈黙がその場を支配した。


 どこをどう見たらそういうセリフが出てくるのか、頭を切り裂き中身を確かめてみたくなったのは私だけではないはず。その証拠に、この星が誕生してからの長きを生きる玉藻やルアンですら動きを止め銀髪の少女に釘付けとなっている。


「って、肝心のレイは寝てるじゃない。ああ、二属性も同時に取り込んだのね、欲張るからこんなになるのよ。 ったく、仕方のない子ねぇ」


 サラにティナ、モニカに雪、アリサにサクラ、エレナ、コレット、属性竜の二人。

 それだけの目がありながら彼女の手にしたハリセンがどうやって仕舞われたのかを認識できた者は一人としていないだろう。


 物理法則を無視するかの如く一瞬にしてすげ替えられた物。手にする指揮棒タクトのような短い棒をレイの頭に二度軽く打ちつければ、彼の身体に渦巻いていた人の身に余る魔力の波が足並みを揃え始める。


 荒れ狂う嵐のようだった二つの魔力はものの数秒で凪いでいる湖のように落ち着きを見せた。

 レイの魔力と混ざり合い、とろみの強い液体のようになれば、左手に嵌るブレスレットへとゆっくりと流れ込む。


「レイはしばらく起きないから部屋に連れて行きなさい。サラ、まずもって問題は無いだろうけど、異変があったら知らせて」


 目配せをされたエレナからレイを包み込むように風の魔力が発する。

 我に帰り、慌てて駆け寄ったサラをも内包すれば重力を無視して浮き上がる三人。


 そんな彼女達に向けて指揮棒タクトが振られれば、レイの鞄から手のひらサイズの何かが飛び出しルミアの元へと向かう。

 それは彼女が造りし、地脈からこの星の血液とも言える力を吸い上げ固める為の魔導具。

 だが気分が良いのか何かは知らないが、今日の彼女は非常識が過ぎており、本来一メートルはある筈のソレが僅か十センチほどに縮められている。


「久しぶりよね、アリサ? 何か言うべきことはあるかしら?」


 それを手にした次の瞬間、傍観していたアリサの背後から抱き付いたルミア。肩越しに半身を回して片手で両頬を掴むと、見る者を魅せる美しき顔がひょっとこのような口へと成り代わる。


「ごっ、ごべんなしゃい……」


 過激派に支配されている魔族王家がどのような生活を送っているのかは知らない。しかし、気品ある令嬢として手本となれるような優雅さを漂わせる彼女が、何の抵抗も見せず醜態を晒しているのは罪悪感に駆られていた何よりの証拠。


「レイに振られたからって自棄になって、生命の大切さを知る貴女が自分を大切にしないでどうするの?」


「ごべんなしゃい……」


「全てのお膳立てをして人知れず消えていこうなんて魂胆、見え見えなんですけど?」


「……ごべんなしゃい、もうじましぇん」


「ったく、今度やったらスーパーすぺしゃるグレートなお仕置きしちゃうから覚悟なさい?」


 実体化して以降、何故かアリサにべったりのサクラだが、この時ばかりは何も言わずに事の成り行きを見守っている。



──それはきっと今は無き、遠き日の記憶を魂が覚えているから……



「お……」


 思わず出かけた言葉を遮ったのは風竜ルアン、向けられた碧眼が語るのは『今はまだその時ではない』ということ。


「うぬがこの場に現れし理由は水竜フラウから聞き及んでいる。優れた魔導具があるとはいえ一刻でも早い方が良かろう?

 今はリリィ……で良かったな?ララの魂を受け継ぎし娘よ。其方も我等と共に来るが良い」


 地脈から吸い上げし魔力で創られた魔石は、サマンサがしたように属性竜のエネルギー源となる。

 これは彼等を戦場に引き摺り出すための事前準備。憎きあの男を倒し、この世界が真の平和となるために必要不可欠な布石なのだ。


「あら、話が早いのね。流石、地獄耳の異名を持つだけのことはあるのかしら?」


「私の能力を羨んでくれるのは良いが、生憎と罵られて喜ぶ趣味は持っておらぬ。棘のある言い方は好みとは言えぬな」


 二千年前の大破壊を知るララの記憶、彼女が引き篭もって時を待っていた間の事件はララと同じ時を知る・・・・・・・・・ギルベルトとノンニーナが語ってくれた。


 全ての発端はあの男の存在。


 この星の命すべての母たる彼女には相方たる相思相愛の者が在るのを知りながら、己の欲望のためだけに、当時を懸命に生きていた幾百億もの生命を消し去った害悪の根源。

 しかも自分は直接手を下さず、他人の能力でやらせるというから尚悪い。


 そのイカれた想いは止まることを知らず、疲弊し、深い眠りに就いていた彼女の目覚めを知ると再び悪夢を繰り返させようと画策したのが五百年前の大戦争。



──そして三度、今度は私の愛するレイシュア・ハーキースがその毒牙にかかり、利用されようとしている。



「分かった、行きましょう」


 運命の歯車は動くことを止めない。何者にも縛られることなく、ただひたすらに時を刻んでいく。

 しかし、そこに干渉できるのが神たる由縁。アレに気付かれる事のないよう周到に微調整を繰り返した結果がまさに今。アレを排除するための布石は刻一刻と整いつつある。


 しかし、それすらも忘れてしまっているのは仕方のない事。

 狂信、としか言いようのない歪んだ愛情を叩きつけるアレから彼女の存在を隠して時が満つるのを待つために、彼女の存在ちからと共に記憶の一部を封印したのだから。



 王宮内へと歩き始めたルアン、それの三歩背後に付き従う玉藻。


「ララって誰なのよ?」

「私のご先祖様らしいわ」

「ふぅ〜ん」


 立ち上がり、それを追う私と並ぶのは、宙に身体を浮かべるルミア。

 その肩は同じ高さにあるのだが、傍目に見れば母親に連れられる子供に思えるだろう。



──だが実際には、その逆……



「あら……リリィ貴女、胸が成長してない? レイに揉まれまくってる証拠かしら?」


「なに人を羨んでんのよ。毎日毎日、師匠とイチャコラしてるくせにっ」


「羨ましい?」


「ええ、とっても!」


 人差し指を唇に当て、得意げな顔をする少女に肩をぶつけて訴えかける。

 たわいの無い会話は私のものではない記憶を呼び覚まし、あの時の平和な日常を彷彿させた。



──父に母、二人の兄と、姉……遥かなる昔の美しき思い出



 この世界が真に平和と呼べるようになるまであと一歩。

 しかし、ラブリヴァの獣人が決意したように、その大いなる一歩を踏み込むためには多大な血が流れるのは必須事項。アレの手先と成り果てた者達を屠り、アレ自体も消滅させねば歴史はまた繰り返されるのだ。


 私は、私自身のために戦う。


 私を必要だと言ってくれたあの人のため、ひいてはこの世に住む全ての者達のため……かつて母と呼んだ彼女のために。



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