42.旅立つ前の日
フラウは不思議な女だ。最初に会ったときから、何故だか分からないがユリアーネを感じさせる雰囲気を持っていた。
だが蓋を開けてみれば性格はまるで違い自由奔放、その言葉の通りやりたい放題だった気がする。俺が今、こうして彼女のベッドで寝ているのも、彼女が強引に俺を拉致してきたからに他ならない。
しかし、それが言い訳だという事くらい分かっている。嫌なら拒絶すれば良いだけのこと。だが俺はその選択をしなかったのだ。ユリアーネを感じたから?それすら体の良い言い訳に過ぎないだろう。
“ヤりたかったからヤった”
その言葉に全てが集約される。
では何故、ランとリンの誘いは断ったのか。
二人共それなりに美人で、街を歩けば人目を惹く事は間違いない。体付きも申し分なく、普通の男ならお願いしてでも夜を共にしたいと願うだろう。
彼女達とフラウの違いは何か、それは求められたものの違いだ。
ランとリンはたまたま近くに居た男である俺にターゲットを絞った。だが対照的に、フラウは俺自身を求めてくれた。それだけのこと。
俺はユリアーネの遺言を曲解して都合の良いように解釈し始めている、そんな気がしてならない。肉体関係を結ぶのが悪い事ばかりではないのは確かだが、そこに “モニカと言う愛する者を放置してこうしてここに居る” という事実が入ると駄目なコトの筈だ。
つまり俺はモニカを裏切り、ユリアーネとの約束も反故にした最低な男だという事だ。
「綺麗なブレスレットね」
俺の右腕を枕に胸に顔を寄せて左手を捕まえると、手首にあるアリサから貰ったブレスレットを眺めるフラウ。
「私の事、好き?」
「え?」
聞かれて咄嗟に答えられなかった。勿論嫌いではない。だが、好きかと聞かれたら少し疑問が残る。モニカと同列かと言われたら否と答えるからだ。
「嘘でも好きって答えるところじゃないかなぁ?フフフッ、そこがレイの良いところね。
じゃあ、質問を変える。このブレスレットをくれた魔族の事はどうなの?好きなの?」
アリサ?どうなんだろう?もちろん惹かれるモノはある、だがアレは好きだという感情なのだろうか?この間、久しぶりに顔を見て俺は何を感じた?解らない……。
「私よりは気になる娘なのね、嫉妬しちゃうわ。あんなにいっぱい愛してくれたのに、好きじゃないって言われた女の気持ち、わかる?」
フラウの顔は見えないが、俺の胸をサワサワと指先で弄んでいる彼女はそんなに怒っている風でもない。だが謝っておいた方がいいのだろうか。
「レイ、あの娘を追いかけなさい。砂漠に行くって言ってたわね、あれはお誘いよ?追いかけて来て欲しくてわざわざ言ってたわ。きっとあの娘は貴方を求めてる、そして貴方もあの娘を求めているわ」
ゆっくり起き上がると一度俺の上に乗っかり、上半身を両手で持ち上げた。見下ろして来る彼女の顔より、壁のようにぶら下がる大きな胸が俺の目を惹く。
「あははっ、レイはエッチね。でもまた今度会うときまでオアズケよ?」
触れ合った唇が離されると、至近距離でエメラルドグリーンの瞳が俺を見つめる。
その時ふと思った、何故フラウはアリサと俺との会話を知っている?あの時は俺とアリサ、そしてペレしか居なかった筈だ。
「フラウ……」
言いかけた俺の言葉を遮るようにフラウが言葉を紡ぎ始める。
「レイからいっぱい元気を貰ったからしばらく動けるわ。貴方は彼女の元に戻る時間よ。また会えるのを楽しみにしてるわね。大好きよ、レイシュア」
パチンッという指を鳴らしたような音が頭の中で響くと、眩暈にも似た感覚が襲い俺の意識が遠退いていった。
その時フラウの「ルミアによろしく」って声が微かに聞こえた気がする。
──フラウ、君は一体何者なんだ?
▲▼▲▼
気が付くとフラウと最初に会った場所、壊れた祠に寄りかかって座っていた……どうしてここに?
手に違和感があり開いてみれば、星型をした虹色の石がある。
彼女は言っていた、これは俺が求める物なのだと。俺達のこの町での目的は二つ、一つはアリサに会うこと、もう一つは封印石を探す事。
見たことの無い綺麗な石、何かの力のようなモノを感じる気がする。もしかしてこれが封印石とかいうやつなのか?封印石と言うからにはこの中には何かが封印されているのだろうか?一体何が?
──まぁ、ルミアに聞いてみればいいか。
なんだか “困ったらルミア” の方程式が出来上がってるなと、自分でも笑えてきた。
フラウの言動からしてしばらく彼女に会うことはないのだろう。この町に来る理由が思い浮かばない以上、 “次” が来るかどうかなど分からない。
心の中でサヨナラを言い洞窟を出ると、日が昇る前のまだ薄暗い時間だった。
身体強化をすると急いで宿に戻ったのは、早くモニカに会いたかったからだ。
部屋ではモニカが雪を抱きかかえてスヤスヤと寝ていた。可愛い二人の寝顔を見ると帰って来たんだとホッとする思いが胸に染み渡る。
俺は背中を向けるモニカの後ろに滑り込むと、起こさないようにそっと抱きしめた。
「ん……お兄ちゃん?」
「ごめん、起こしちゃったね。ちょっとだけこうしてていい?」
頷くと再び眠りに落ちるモニカの頭に顔を寄せて鼻から大きく息を吸う。体の中にモニカの匂いが充満して心がとても落ち着く。やっぱりモニカがいいなぁ、モニカぁ大好きだよっ。
唇に当たる柔らかなな感触で目を開くと、俺の腹に座り、覆い被さるモニカの姿が目に入る。
「おはよ」
目の前でニコリと笑うモニカのお目覚めのチュウ、いつのまにか寝ていたようだ。
両手を背中に回して抱き寄せると、モニカと再びキスをする。モニカが傍に居ることが嬉しくて何度も何度もキスをするが、嫌がりもせずにそれに応えてくれる。
ふと視線を感じて横目で見ると青い人影が……んんっ!?
顔を向けると、ベッドに横になった雪が両手で頬杖を突き、俺達の愛の口付けをまじまじと眺めているではないか!
「あ、お気になさらず続きをどうぞ」
足でトントンとベッドを軽く叩き、続きはまだかなぁとばかりに待っている様子にモニカの顔が赤くなる。
「おはよう、雪。ちゃんと眠れた?」
モニカを抱き寄せ雪の無邪気な視線から庇うようにすると、終わりかぁとばかりにちょっと残念そうな顔で雪が起き上がった。
「エッチなトトさまと違って、カカさまと朝までぐっすり眠りましたよ?」
サクッと俺の心にナイフを刺すとベッドから降りてソファーに座る。
「モニカごめんな、寂しかったか?今夜は一緒に寝てくれるかな?」
「お兄ちゃんが望んでくれるのなら、そうしてくれると嬉しいな。 早くご飯行こっ」
食事部屋ではみんな既にご飯を食べていた。お皿が山積みになっているという事はなくごく普通の食事風景。フラウが居ないことに少しだけ寂しく感じたが、またそのうち会えるさ。
「おはよう、フラウはどうしたのですか?」
パンをちぎりながらサラが聞いてくるので、席に着きながら俺の考えを口にする事に決めた。
「お別れして来たよ。目的が達成されたのなら早く家に帰れと追い返された。
俺はアリサを追って砂漠に行きたい。勿論その前にティナにも会いに行くし、家にも一回帰る。
それで明日の朝ここを出ようと思うのだが、どうかな?」
「ええっ!?もっと遊んで行けばいいのにっ」
「そうですよ、もっとゆっくりして行っても良いのではありませんか?」
リンとランが不満を漏らすが砂漠までどれだけかかるかも分からないので出来ればさっさと出発したい。アリサが姿を消してから既に三日目、彼女は今どこにいるのだろうか?
確かに海にはそうそう来れるものではないし、帰りたくないくらいに楽しい。けど遊んでばかりじゃいけないんだ。船での狩りでここの人達にも泊めてもらった恩返しくらいは出来ただろう……と、勝手に思い込んでいる。
「レイに任せるわ、私は貴方に付いて行くだけですもの」
モニカもコレットさんも頷いてくれたので問題は無さそうだ。
一つだけ心残りといえば……。
「ウェーバーが欲しかったな。アレって水の上専用?いくら出せば買えるんだ?」
ランリンが顔を見合わせているが、自分で買ったものでは無いのでそんなことは知らないらしい。ロンさんにもお世話になった挨拶をしに行かなくてはならないので、その時にでも聞いてみるかな。
「レイ様、ウェーバーは在りませんが似たような物なら持ってますわよ?」
コレットさんがニコリと微笑んでいる。あ、なんか悪戯チックな顔だ。一体何を隠しているんだろう。
「明日の朝のお楽しみ、ということで秘密にしておきますね」
なんだよそれ、まだ丸一日あるじゃんか。
待てよ、今日一日、時間がある。
お昼に会おうと約束して、みんなと分かれて別行動する事にした。
お世話になったロンさんと、仕事を押し付けたギルドの受付嬢に挨拶に行き、雑貨屋で買い物を済ますと思い付いたサプライズの為の手配を済ませた。
お昼までって、結構時間キツかったな。それでも何とかあと一時間くらいある。頑張れよ、俺!
時間までにやる事やって待ち合わせのご飯屋さんに到着するんだ!
約束のお店の近くにあった公園、木陰に腰を降ろし雑貨屋を三軒回ってようやく見つけた銀色に鈍く光る鉱石、ミスリルの塊を取り出した。
土魔法はスベリーズ鉱山の時に使っただけで普段は使わないのであまり自信はない。だが俺の目的の為に諦めるという選択肢は無いので、予行演習のつもりでミスリルの塊に土の魔力を浸透させ形を変えようと魔力を操る。
ジワジワと魔力が吸い込まれ、やがて粘土のように柔らかくなるミスリル、これなら手でも形を作る事が出来るな。適度な大きさに千切り、形を整えるとここからが本番だ。
目を瞑り全ての魔力を総動員するつもりで集中し、魔力をどんどん流し込んで行く。
魔法はイメージが重要だ。俺が作りたい物を心に強く思い描く。俺の想いを込め、形を明確に細部まで創り、魔力に乗せてミスリルへと流し込む。
なんとなく魔力が一杯になりこれ以上は無理といった感じがした。ゆっくり目を開けて見ればイメージ通りの物が出来ている。
「おぉっ!出来た!」
思わず漏れた独り言。初めてのチャレンジでキチンとした物が出来る、ちょっと自分で自分を褒めてやりたくなったよ。
コロコロと手の上で転がし本当に細部まで綺麗に出来ているのかチェックした。だがどうやら大丈夫のようだ。
「よしっ!」
一人でガッツポーズをしていると、通りすがりのご婦人がクスクスと笑っているのが耳に付いたので少し恥ずかしくなる。
気を取り直し、もう一つ作るために集中を始めれば周りの音は気にならなくなった。ほぼ全ての魔力を動員し、想いと共にミスリルへと送り込む。
二回目というのもあってか、さっきよりは楽に出来た気がする。こちらもキチンとチェックを入れたが、合格だと判断すると雑貨屋で購入した小綺麗な箱に入れてポケットにしまう。
俺のサプライズ、モニカの喜ぶ顔が早く見たいなっ!なんだかワクワクしてきたよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます