40.王宮前の攻防

 三十メートルという大きな体だというのに、空を舞う魔物など寄せ付けない凄い速さで獣人の国ラブリヴァの上空を駆け巡るレッドドラゴン。その背中からレイの残して行った風の結界ごと離れた私達は王宮の前にある広場へと降り立った。


「飼い主の魔族が弱ければ呼び出された魔物も弱いのね。これってそういう法則なのかしら?」


 待ち構えていた魔物の群れを一撃の元に倒したというのに手応えの無さが不満なのか、溜息が漏れ出しそうな顔で呟くのは、両手に嵌る手套に黄色い魔力光が残るオレンジ髪の私の親友。


 魔族側も私達がここに来る事を予測していたようで広場には魔族が配備されており、私達の接近と共に放たれた赤い魔石から変化した上級モンスターの数は百余り。普通の冒険者であれば即時撤退、たとえ世界最強を誇るサルグレッド王国軍であろうとも二の足を踏むほどの兵力。

 しかし満ち足りない彼女の言動からも分かる通り、世界でも稀な素晴らしい力を授かり日々鍛錬を重ねてきた今のティナからすれば、上級の中でも下位に位置するモンスターでは相手にならず、一体でも百体でも変わりはなかった。



△▽



「出でよ、我が僕、雷竜!」


 自分の見せ場だと意気込み熱の篭った声が響き渡れば、ゆっくり落下する風の結界から三本の黄色い光が射出され眼下の広場へと向かって行く。


 魔力により生を受けた竜の頭を持つ極太の雷が所狭しとひしめく魔物の海へと到達すれば、水を得た魚のように傍若無人に駆け巡る。


 今しがたこの世に現れたばかりの上級モンスターだったが、見る者を震え上がらすほどの凶悪な姿であるにも関わらず、荒れ狂う雷竜の一薙で内側から焼かれて硬直すると僅か一分足らずの短い生命活動を停止させられる。


 すると魔物だったモノは一斉に終焉を告げる光に包まれた。


 王宮前の広場には眩しくはない不思議な光の海拡がり、戦闘が始まっているということも忘れて幻想的な光景に思わず見惚れてしまった。


 一秒にも満たない僅かな時間で光が霧散すれば、魔物の群れなど最初から存在しなかったかのような静けさに支配された広場の隅の方、何が起こったのか理解出来ず、戦いの最中だというのにポカンとした顔で無防備に佇む九人の魔族がいる。



シュボッ!シュボッ!シュボッ!シュボッ!



「ティナ、もう忘れちゃったの?魔石を壊さないと復活するわよっ。やるなら最後までやらないと」


 水の中へと勢いよく投げ入れられた小石のような独特の音を立て、モニカの握る黒光の物体から飛び出す超速の流れ星が広場に散らばる小さな魔石を的確に射抜いて行く。



──あれ?魔石って、魔法じゃ壊せない筈じゃ……



 魔法で作られた水弾を撃ち出しているはずの魔導銃を不思議に思って見ていれば「怠いから任せた」とやる気の無い返事が耳に着く。


 核である魔石があれば何度でもモンスターとして再生される、魔族の作り出した兵器とも言える特殊な魔石。

 “私はやらない” そう主張して顔の前でパタパタと手を振るのを横目でチラリと見ただけで、表情も変えずに淡々と撃ち続けるモニカの髪を揺らし一陣の風が通り抜けて行く。


「せい、やっ!」


 せっかく倒したモンスターが復活する前にと仄かに緑色の光を帯びた槍を手に飛び出したのは、襟首で二つに分けられた長い金髪と頭から飛び出す白い耳を自らの起こす風に靡かせるウサギの獣人。

 武器を扱うティナが詰めを放棄したとあらば自分がやらねばとばかりに、私では目で追うのがやっとという凄い速さで地面スレスレを飛行しながら目につく魔石を片っ端から砕き始める。


 私自身、レッドドラゴンの里パラシオ滞在中に身体強化の魔法を習得したとはいえ、元々身体を動かすのがそれほど得意というわけではなのでエレナのように素早く動けるはずもない。


「でゃぁぁあぁぁっ!!」


 一刻を争う現状で二人の邪魔にならないようにと、己の無力さ加減に歯痒い思いを感じながらもただただ見守るだけの私の横を通り過ぎて行くのは、彼女に触発されて動き出した筋肉の塊のような大きな男。

 故郷を蹂躙されたことが我慢ならなかったのだろう、普段の紳士然とした穏やかな彼からは想像もつかない怖い顔をしていたのは至極当然の事だと思う。


 黄色と黒の毛が逆立った尻尾をピンと立て怒りの念を籠めた斧を振りかぶると、躊躇した私を尻目に近くに転がる赤い石へと飛び掛かった。



ガギッッ!



 振り下ろされた斧に弾かれ無傷の魔石が飛んで行くのが目に映ったところで、ようやく彼が魔法の不得意な獣人という種族であった事を思い出す。

 力及ばずとも一歩でも前に進もうとする彼に感化され慌てて駆け出すと同時に腰に着いている愛用の鞄に手を突っ込む。本来はこういう使い方をするものではないのにと思いながらもあの人から贈られた蓮の花の杖を引き抜いた。


「ジェルフォさんっ、退いてください!」


 故郷のピンチに助太刀する事も許されず、たかが地面に転がる小さな石ですら砕くことが叶わなかった現実に呆然として固まってしまっていたが、駆け寄る私を見留めたトラの獣人は直ぐに意図を察し、持ち前の身体能力を生かして素早く飛び退いてくれる。



“魔族の創り出した特殊な魔石は、魔力を帯びた武器でなければ破壊する事が出来ない”



「せいっ!」


 花の中心に擁する赤い石に光が灯り杖全体が薄っすらと炎に包まれれば、怒りで熱くなっていたジェルフォさんの頭にも以前聞いた “彼” の言葉が思い出されたのだろう。ハッ とした顔に見守られながらも狙いを定めて飛び付き、杖の先端が魔石を突けば、非力な私の一撃でも赤い綺麗な光を巻き散らしながら細かく砕け散る。


「そうか、魔力が必要なのでしたな……町に向かった騎士団の連中は大丈夫なのか、心配です」


 エレナを見ていると忘れがちになるけれど、獣人とは本来、魔法が殆ど使えない種族。人間なら出来て当たり前の火を起こす事や、髪を乾かすといった生活魔法でさえ覚束無いのに、より高度な魔法技術の必要な武器への魔力付与がどうして出来よう。


 並の冒険者であれば倒すことさえ困難な上級モンスター、加えて何度でも復活してくるとあらば消耗を強いられるのは自国を守らんと戦場へと躍り出たラブリヴァの兵士達。その無限ループの止め方を知らない、また、知っていたとしても魔石を砕けない以上、止める術を持たない獣人達にとっては天敵となり得る最高の兵器。


「いけない!」

「カカさまっ、魔石が!」


 破壊作業を続けるモニカとエレナの努力の甲斐も無く、まだ半数以上を残す魔石が一斉に白い光を帯び始めれば呆然としていた九人の魔族も自分を取り戻し、好機とばかりに各々の武器を手に息を吹き返す。



 だがそんな折、魔石とは違う光が地上一メートルほどの地点に無数に現れ、やる気になったばかりの魔族も含めその場に居合わせた者達全員の視線を奪い去る。


 三十センチほどに伸びた光。次の瞬間には透明なダガーへと姿を変え、それぞれの真下にある赤い石へと刃を突き立てた。


「は?」

「嘘だろ!?」

「ばっ、馬鹿なっ!!!」


 今まさにモンスターへ姿を変えようとしていた五十以上あった魔石は一斉に砕け散り、宙を舞う細かな欠片が陽の光を キラキラ と美しく乱反射させる。そのまま赤い粒子へと姿を変えたかと思った次の瞬間、急激にその色を失い、空気に溶け込むようにして跡形も無く消えて行った。


「凄い……」


 最大でも十二本しか操れないと言っていたリリィの得意とするデルゥシュヴェルトも本家本元のララが操ればその数は四倍を超え、ただの一本ですら狙いを外す事なく的確に魔石を射抜いた事に思わず感嘆が漏れてしまう。


 そんな私の横を、小さな光を身体に走らせる小柄な人物が風を追い越す勢いで駆け抜けて行く。


 さっきは『怠いから』と魔力の使い過ぎを隠そうと強がっていた癖に、ここぞという時には歯を食いしばってでも倒すべき相手に向かって行く姿は見倣わなくてはいけない。

 とは思いつつも性格の違いなのか、私にはなかなかに難しい事に感じられる。


「ハァッ!!」


 またしても唖然と立ち尽くしてしまった一目でそれと分かる大きな巻角を生やした魔族へ肉薄すると、魔力を通すことで鉄よりも硬くなった黒い手套を目にも留まらぬ速さで打ち込んだ。


「ブフォッ」


 鳩尾へと吸い込まれた小さな拳に押し上げられたジェルフォさんにも負けないくらいの筋骨隆々の大きな体は体重という概念を忘れてしまったかのように軽々と宙を舞い、放物線を描いて広場の奥へと飛んで行く。


 すぐ隣に居た仲間が忽然と消えた事に目を丸くして振り向く魔族だったが、彼の辿る運命も幸せだとは言い難い。


「クハッ……」


 背後から音も無く忍び寄った白髪の美女──コレットの得意とする刺殺性に優れた黒塗りの刃物が首筋へと突き立てられれば、一瞬にして死に体となった身体に内包していた空気が漏れ出ただけで声を上げる間も与えられず、人体の急所に空いた風穴から血の雨を降らせる事となった。


「ひぃぃぃっ!?」


 事態に気付いた他の魔族だったが時既に遅し。


「はぁぁぁぁっ!!」


 魔石は砕けずとも生身の魔族ならばと、大柄な身体にも関わらず自慢の筋肉を巧みに使い、エレナにも負けない物凄い速さでたじろぐ魔族へと肉薄すると、振り下ろした愛斧の一撃でその一人を袈裟懸けにしたジェルフォさん。分断された身体からは生々しい血液と内容物とが露わになり、敵対する相手を死に追いやったと告げている。


 思わず顔を背けたくなるような目を塞ぎたい心境。自分の我が儘で王宮での生活を捨てて “彼” と共に旅をするうちに幾度となくこういう場面に出会ってはきたが、恐らく一生かかっても慣れることはないだろう。

 一瞬ひくついた顔を “王女として、感情を表に出さない為の教育” で身に付けた胆力で無理矢理押し留めると、無感情の仮面を被り、突き出した杖の先端にある紅い宝石──コルペトラへと魔力を注ぎ込んだ。



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