5.水先案内人

バンッ!


「どういう事か説明してっ!この子は何処の誰なの!?たった十分そこそこの間に女の子引っ掛けるなんて何考えてるの!?さぁっ、荒いざらい吐きなさいっ!」


 鬼のような形相で隣に座ったティナの勢いよく振り下ろされた手にビクつき、何処かで誰かに似たような事をされたなぁ、などと思い起こすが、こう一方的に責め立てられては説明も何もあったもんじゃない。

 取調べ官前任者のサラも腕を組み静かに立ってはいるが、背中から滲み出る怒りのオーラが下手な言い訳をしたら爆発しそうで恐怖を煽る。



──なぁ……俺、被害者だぜ?



「何々?どうしたの?あれ?この子、誰?」

「この短時間で女を引っ掛けて来たのか?」

「最低なのです」

「レ〜イさ〜ん?私じゃ不満ですかぁ?」

「溜息しか出ないわね」


 みんなそれぞれ夕飯を買って戻って来たが、この状況に呆れた顔をするばかり。



──だがしかしっ、俺は悪くない!



「えらい美人さんばっかりやね〜。ほんで、兄さん、ウチの事、買ってくれるん?」


「買ぅぅ!?か、買うって何よ!!」

「え?買うって、奴隷にしてくれってこと?」

「アンタ馬鹿じゃないの?買うって、抱いてくれってことじゃないの!」

「お兄ちゃん、そんなに欲求不満?」

「ええ〜。レイさん、私がお相手じゃ駄目ですかぁ?」


 心の憤りを大きな溜息として吐き出すと、俺がどんな言い訳をするのかとみんなして注目してくれたがためにようやく静まり、やっとのことで弁明の機会が回ってきた。


「あのさ〜、俺にも喋らせてくれる?

俺は一言もこの子を買うとか言ってないし。大体さ、こんなに嫁さんと婚約者が居るのに他に女の子が必要だと思うわけ?

 只でさえ不平が出ないように毎日誰と寝るかで頭を悩ませなきゃいけなくて大変なのに、その上で自分の首を絞めるようなことはしないでしょ、そうは思わない?


 それでチョコレートちゃん、君は買ってとか言うなってさっき俺は言ったよね?それでもまだ言うってどういうつもりなの?見て分かる通り女性には困ってません。っつぅわけで君も要りません、お家にお帰りなさいっ。はい、さようならっ。


 それで、お腹すいたのでご飯ください」


 言いたい事が言えて満足したところで、テーブルに置かれた肉の刺さった串を一つ取り口に放り込んだ。

 うん、胡椒が効いてて実に美味いっ。


 たが更に面倒くさい事にチョコレートちゃんは顔を歪ませると目に涙を溜め始めた。だがそんな顔したって「買います」とは言わないぞ?


「に、兄さん……勝手にキスした事は謝るから、ホンマお願いっ、ウチの事買ってぇ?なっ?買うって言うと誤解されるよって言い方変えるとな、雇ってくれへん?

 ウチ、この町のダンジョンでガイドしとるんよ。第三十層までの地図なら全部覚えとるさかい、ダンジョン潜るならきっと役に立つよ?


 兄さん達みたいな慣れてない冒険者はんは、みんなウチみたいなガイド雇ってダンジョン探索に乗り出すんよ?一応地図も売ってるけど、地図の読み間違いとか酷い売り手だと偽物とかあるもんやからガイドの方が良いってみんな言いよる。

 せやからお願いや、ウチを雇ったってぇ。ホンマのお願いやさかい聞いたってぇ、なぁ、ええやろ?」


 両手を組み、今にもこぼれそうなほどの涙を溜めて縋り付いてくるチョコレートちゃん。

 ガイドが云々は分かったが根本が間違ってる。俺達の目的はアリサに会うことと土竜に会うことなのだ。残念ながらダンジョンは二の次だ。


「残念だけど俺達の目的はダンジョンじゃないんだ。まぁダンジョンに興味が無い訳じゃないんだがそれより優先する事がある。そっちの用事が終わってからダンジョンはどうするか考えるから、他を当たってくれるか?」


「ど、どないな事なん?ティリッジに来る冒険者はんって、みんなダンジョンでお宝探すのが目的やないん?お宝探してお金稼いでお酒呑んで女の子侍らすのが普通やろ?

 ほんなら兄さん達は何しに来たん?まさかダンジョンの最奥に眠るって伝説の属性竜を探しに来たとか言わへんやろな?」


「あれ?属性竜って有名なの?ダンジョンの奥底?結局ダンジョン潜る事になるのかよ。ルミアも知ってるのなら教えておいてくれればいいのに」


「え?」と小さく漏らすと俺の顔を見つめたまま固まったチョコレートちゃん。あれ?俺ってば言っちゃ駄目な事でも言ったのか?


 属性竜探しちゃ駄目ってルール、無いよな?


「兄さん!やっぱりウチを雇ったって!後生やからホンマもんのお願いや!

 実を言うとな、馬鹿にされるさかいホンマは内緒やったんやけど、ウチも属性竜に会いたいんよ。第五十層、行ってみたいんや。

 なぁ、ええやろ?どうせガイド雇うのならムサイおっさんより若い娘の方がえぇんと違う?なぁ、お願いや、兄さぁんっ。ウチを雇ってぇ!」


 俺は腕を組み、外からは難しい顔をしているようにしてちょっとだけ考えてみた。



──さてはて、一体どうしたものか



 土竜は果たして本当にダンジョンの奥底にいるのだろうか?

 全くの手がかり無しでは探そうにも探せない状況だが、この子の言うことをハイそうですかと簡単に信じるというのも如何なものかと思う。

 だがしかし、ルミアが保冷庫を持って行けと言うのはダンジョンに潜るのを想定しているようにしか思えないという事実もあるんだよなぁ。


 そしてアリサ、もし俺達がリーディネからティリッジまで二ヶ月かかると読んでいるのなら、あと半月以上は余裕があるはず。



「お前、そのガイド仲間とかで人を探せないか?」


「え?人を?ガイド同士の情報交換する場所はあるから探せなくはないんちゃうかな。それも兄さんの目的の一つなん?」


「もう一つ聞かせれくれ。ダンジョンって半月で攻略は可能なのか?」


「はっ、半月ぃぃ!?兄さん、ダンジョンすら潜ったこと無いのにそんな無茶苦茶なこと言うわけ?そりゃスラスラっと進むだけなら一日で第十五層まで行って帰って来る人もおるけどな、めっちゃ大変やで?きっと。

 それに踏破されとるのは第三十層までなんよ。つまりそれ以上奥の層は地図無しになるって事や。第三十層まではサクサク行けても、そっからはチマチマ手探りで進む事になるんよ?


 もう一つ問題があってな、深く潜ればそれだけええお宝が手に入るのがダンジョンなんねんけど、その分魔物も強くなるんよ。噂だと第三十層から奥は中級モンスターが出るとか、第四十層を越えると上級モンスターまで出るとか出ないとかって話なんよ?

 そない奥まで行ける人なんて殆ど居てないから、あくまで噂やねんけど……兄さん達がどれくらい強いかは知らへんけど、そこんとこは大丈夫なん?ウチ、まだ死にたくないよ?」


 それは逆に楽しみになって来たな。上級がうじゃうじゃ出て来たら厄介だけどこのメンバーなら負けることは無いだろう。中級程度なら俺達であれば多分楽勝?案外、ダンジョンもチョロいかもしれないな。


「そういう話だけど、どうするよ?

アリサの予測する俺達の到着予測時間に間に合うかは分からないけど、このまま街を ブラブラ とあてもなく、居るか居ないか分からないアリサを探すのもどうかと思う。

 それならいっその事、アリサ探しはこの子の情報網に頼って俺達はルミアの予定通り地下に行くのも有りかなとも思うけど?」


「お兄ちゃんに任せるわ」

「そうですね、レイさんが決めればいいと思います」

「私も同じね、レイが決めたらいいんじゃない?」

「お任せします」

「上級?面白そうじゃない。こんな人混みであの人探すより、よっぽど魅力的ね」


「アルはどう思う?」

「別に待ち合わせしてる訳でもないんだろ?さっさと行ってさっさと帰って来ればいいだけの事だろう?」



 俺達の会話を聞いていたチョコレートちゃんの顔は パァッ っと明るくなっていく。まだ雇うとは言ってないんだけどな。それに、この子が言う通りムサイおっさんがモニカ達の側にいるよりは良いけど、この子を信用しても良いものかどうか迷うところだな。


「条件がある、それでも良いか?」

「何なに?飲めるかどうかは聞いてみんと分からへんけど、ウチ頑張るよ」


 いきなり『大丈夫』とか言わなかっただけでも合格ラインかな?まぁ悪い子には思えないし、この子で良いか……。


「一つ、さっきも言ったように人を探して欲しい。俺達がダンジョンに潜ってる間にこの町に現れるはずの女を、だ。君の情報網で探っておいてもらえるように手配しておいてくれ」


「うんうん、それくらい問題ないよ。あ、でもその分のお金は頂戴ね」


「二つ、三十層までの地図は頭にあると言ったな?それ以上奥の地図が手に入るのなら手に入れること」


「多分第三十五層までのなら手に入るかなぁ、聞いてみんと分からへんわ。地図代は兄さん持ちやろ?えぇよ」


「三つ、これが一番大事だぞ?さっきの君の行動からのみんなの反応で分かるだろ?無闇にくっつかないでくれ!」


「うぐっ……兄さん、ええ男やのに……仕方ない、背に腹は替えられへんから努力するわ」


 努力かよっ!お前のせいでどれだけ俺が責められたのか見てたよな?それともワザと俺を貶めるつもりかっ!?


「それだけなん?それならウチは大丈夫やで?

今度はウチから言わせてもらうけど、人探しな。これだけ冒険者の多い町での探し人や、金貨二十枚はもろてえぇよな?勿論精一杯の努力はするけど探しきれんくても文句は言わへんといてや?


 あと地図、多分高いで?ウチお金あらへんから金貨二百枚は先払いで頂戴、それに関しては余ったら返すよって。大丈夫?


 あとはウチの雇い賃やけど、一日金貨十枚でどぉやろか?」


 必要経費はどっちも認めよう、だけど小娘一人で一日金貨十枚だと?ふざけてんの?半月……十五日で計算すると百五十枚?そんなの地図買った方が安いだろ。


「人探しと地図はそれで良い。金貨十枚は無いな」

「あっ、じゃあ、金貨五枚ならええん?」


 そんなにあっさりと半額になるのか!ふっかけてやがるな……。

 ジト目でチョコレートちゃんに顔を寄せてブラウンの瞳を覗き込む。するとやはりやましい事があるのか、ジリジリと後ろに逃げていくので負けじとジリジリと追いかけ顔の距離を保つ。


「に、兄さんが近付くな言うたやんかっ。ウチ悪くないで?だいたいな、そない見つめると照れてまうやんっ。

 仕方ないなぁ金貨四枚……いや、ええ男の兄さんに免じて、金貨三枚でどうや?」


 む?命の危険が伴うとなればそんなものかもしれないけど、なんかもっと安くなりそうな気がする。別にお金などどうでも良いけど、この子に負けたくない、そんな競争心が湧いてきた。

 そういう事なので、なおも何も言わずに ジトッ と間近でチョコレートちゃんの茶色い瞳を見つめ続けてみる。


──さぁどうするっ?


「兄さん、近いって……そんな見つめても金貨三枚って相場やもん、これ以上は負けられへんよ?

……ねぇ、止めてやぁ、そんな目で見つめんといてくれへん?ね、ねぇってば……」


「金貨二枚っ」


「はぁ!?兄さんっ、ウチに首括れって言うの?ウチにだって生活ってもんがあるんよ?金貨二枚とか死んでまうやんっ!兄さん、ウチを殺す気なん!?

 ま、まさかウチが最下層行きたいなんて言ったから足元見てる!?それならウチにも考えあるよっ」


 考えってなんぞと思いきや、大きく息を吸って胸を膨らませるととんでもない爆弾を投下しやがった。



「一晩金貨三枚でウチを買って!!」



(お、おい。聞こえたか?買ってとか言ってたぜ?)

(まだ子供じゃないか?あんな子を一晩買うとか……)

(でも結構可愛いぞ?俺なら五枚でも安いと思うけど……)

(っつか、アイツの周りに綺麗な姉ちゃんたくさん……)

(スケコマシ野郎が、クソっ!)


 突然大きな声で「買って!」と叫び出したチョコレートちゃん。その声は彼女の思惑通りに周りへと響き渡り、雑踏の中という事もありすぐ近くにいる連中くらいしか反応しなかったものの、それでも何人もに白い目を向けられる事となった。


 どうやら少しばかりやり過ぎたらしく最終手段に出たようだ。

 こうなれば彼女の方が立場は上になってしまい圧倒的に不利。


──これは不味い、さっさと終わらせなければ……


「金貨二枚、三食付きでどうだ?」

「金貨三枚!」

「金貨二枚、美味しいご飯付きだぞ?」

「金貨三枚!ご飯付き!」

「おいっ!上がってるじゃないか」

「金貨三枚で買っ……モガモガモガッ!」


 手を振り上げ再び買ってと言い出しそうだったので慌てて口を塞ぐ──これ以上注目を浴びるのはよろしくない。

 なんだか負けた気がするが元々交渉なんてした事がないんだ、仕方がないか。


「分かった分かった、それで良いよ。金貨三枚な、そのかわりちゃんと案内頼むぞ?

 それとな、良い宿を知ってたら案内してくれないか?まだ決めてないんだ。出来れば部屋にちゃんとしたお風呂がある所がいいな」


「ええんっ!?ありがとぅ兄さんっ、ウチ頑張るよって!」


 口から手を離した瞬間にそう言って飛び付いて来たので思わず抱き止めてしまった。

 ハッ として周りを見れば ジトッ とした冷たい目で俺を見る十二の瞳、雪にまで白い目で見られたのは心に刺さるモノがあった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る