3.親子の絆

 役目を終えた魔法陣の消え去った室内は先程までより暗く感じる。


「ありがとう、いつも心配かけてすまない」


 乱れた呼吸を戻そうと大きく息を吐くサラに近寄れば、肝心のサラが一歩後ろに退がってしまった。 その顔はまた泣き出しそうな、それでいて抑えきれない怒りの入り混じる複雑な表情。


「レイのバカ! もう知らないっ!」


 背を向けて駆け出すと、入ってきた扉を開け放ち外へと飛び出してしまった。

 そんな彼女へと伸ばされた右手が一人虚しく宙を彷徨えば、苦笑いのララがそれを取り、下ろすのを手伝ってくれる。


「サラが居なかったら死んでたのよ?そんな大事な人なんだから婚約者としてだけでなく、もう少し大切に扱わないと命が縮まる事を肝に銘じた方がいいわね。

 まぁ、今日のところは私がフォローしてあげるから感謝するのね」


「ララ」


 サラを追いかけるべく背を向けて歩き始めたララに声をかければ足を止めて笑顔で振り返る。


「なに?」

「悪い、サラを頼む」


「ふふっ、貸し一つよ?」


 人差し指を立てるのは彼女の癖だろうか。よく見る仕草にウインクを添えて再び後ろ姿を見せると、機嫌良さげに軽い足取りで扉を目指す。


「私も行く」


 一瞬俺を見たティナが刺すような冷たい視線を投げつけてきたのは、彼女の中にも吐き出し切れていない不満があるからだ。

 己の行動の浅はかさに罰の悪さを感じていれば、二人並んで扉から出て行ってしまった。




「ひと段落したぁ?」


 紙の壁の向こうから聞こえる声に一同の視線が集まると、返事がない事が不満だったのか、立ち上がって部屋を見回したアリシア。


「時間も時間だしお腹すいたわ。メアリ、人数分の食事とテーブルを用意して頂戴、ここで食べるわ」


「はい、かしこまりました」


 良く通る声で返事をしたのは、金の縁取りの施された白いプリムを頭に乗せた大人の色気漂う素敵なお姉様。プリムを支えるようにして生えるのは小さな耳と二本の短い角、彼女はシカの獣人だろうか?


 丁寧にお辞儀をすると、部屋にある魔導具に灯りを灯していた二人のメイドを引き連れて部屋を出て行く。

 短いスカートに開けられた穴から覗く短い尻尾は鹿のもので間違いないだろう。ピコピコと動くソレに見惚れているとすぐ近くに人の気配がする。


「さっき怒られたばかりじゃないの?結婚したからって油断してると愛想尽かされて逃げられても知らないんだから」


「いやっ、あの……その、ごめんなさい」


「まぁみんなに捨てられたら私が貰ってあげるから安心しなさいっ」


「ちょっとお母さん!? 私はレイさんを捨てたりしません!だからお母さんはそんな心配する必要ありませんよぉ〜だっ!」


 勢いよく俺に飛び付いて来たエレナは、可愛らしく舌を出しながら下瞼を指で引き下げる。

 その顔に笑いを溢したアリシアは冗談に本気で答えられた事に笑っているようで、以前のように本気で俺に迫るでもなく、ただその場を楽しんでいるだけの様子。若干の寂しさはあるもののそれが義理の母と娘婿である俺達の正常な関係だ。


「でもぉ〜、レイ君がどっちを選ぶかは分かんないわよぉ?」


 俺の胸の空いている部分をアリシアの指がなぞり誘いをかければ、すぐ隣に抱き付くエレナが長い耳を ピンッ と立てて緊張した面持ちで見上げてくる。


「これ以上俺の周りを乱さないでくれ。俺が選ぶのはエレナ、アリシアも大切な人には変わりないが義理母だよ」


「ライナーツぅ、二人が虐めるぅ〜っ」


 顔に手を当て涙を拭う真似をしながらライナーツさんへ身体を預けると、それを受け止めた旦那の腕の中、そんなにまで楽しかったのかと言いたくなるほどに グフフ と可笑しな笑いを零す義理母の姿に二人して引いてしまった。

 だが恐らく、陽の光と共に暗くなったこの場の空気を変えようとアリシアが気を遣ってくれたのだろう。毎度のことながら明るいアリシアには感謝の念しか浮かばない。


「それで、あちらのご老人はアリサと面識があるようだが誰なんだ?」


「ハッ! そちらの女性魔族と共にこの城に押し入り、王宮を占拠した魔族の残党でありますっ!

 風竜様の御神殿の場所を聞き出したかったようですが、アリシア様のご帰還によるモニカ様のご活躍で未然に阻止する事が出来ました!

 アリシア様の護衛をして戴いたティナ様ご一行には感謝してもしきれませんっ! 僭越ながら国王陛下に代わり、獣王騎士団団長アーミオンが御礼の言葉を……」


 旦那とのスキンシップを愉しむアリシアに代わり説明を始めたのは、銀の下地に金の装飾が施された貴族の屋敷を彩る美術品にもなり得るような、見た目にも豪華な胸当てを身に付けた凛々しい好青年。少ない布地の服の下に見えるのは細身ながらもしっかりとした身体付きで、頭に生える虎柄の耳が何処となくジェルフォを思わせる。


「だ、団長だとぉっ!?」

「……今は私が団長ですが、それが何か?」


 キラキラとした羨望の眼差しだった金の瞳に怒りの色が流れ込み、敵意とも取れるものに変わり果てる。

 ジェルフォへと向けられた視線は冷たく今にも殴りかかりそうな雰囲気を醸し出した。


「団長はこの俺……」


「すみません、誰だか存じませんが前任の団長は家族を、この国を捨てて人間の世界へと逃げ出しました。その跡を継がされたのがこの私。

 団長などという大役に不適任な私を支えてくれる皆と力を合わせ、森から溢れ出る魔物と必死になって戦いこの国を守り抜いてきました」


「待って!ジェルフォは私達を連れ戻しに……」


 不味いと悟ったアリシアが慌てて止めに入るものの余程強い想いがあるのか、急激に熱の入り始めたアーミオンは止まる事がなかった。


「今日の昼間に訪れたこの国最大の危機もイの一番に飛び出し、死んでもすぐに蘇る不死の魔物をいくつも倒して来た!

 この国に帰っていながら手伝いもしなかった貴方に今更団長などと大きな顔をされたくはない!!」


「アーミオン、俺は……」


 視線を落とし、唇を噛み締めるジェルフォはせっかく帰ってこられた故郷だというのに見ていてかわいそうだ。


「国を捨てて逃げたのはこの私、悪評拡がるライナーツも私が連れ出しただけの被害者だわ。全ての責任は私にある、責めるなら私を責めなさい」


「っ!しかしっ……」


 ジェルフォの前に立ったアリシアは激怒するアーミオンに厳しい視線を投げかける。だがそれは、彼を責めるものではなく止める為のもの。


「アーミオン、聞いて。貴方の事はジェルフォから聞いてるわ。何も言わずに出て行った彼の事、怒ってるんでしょ?

 元はと言えば私がアルミロとの結婚が嫌で逃げ出したのが悪いの。だってあんなデブでブサイクで性格悪いヤツ、誰だって嫌じゃない?」


 酷い言われようだが、残っていたメイドさんや扉の前にいる兵士を含め、怒り狂っていたアーミオンですら苦笑いをしたという事はそれが事実なのだろう。


「人間に捕まったエレナを救ってくれたのも、路頭に迷う寸前だったライナーツに助力したのも、私を迎えに来てくれたのもみんなレイ君だけど、それでもジェルフォの助けがなかったらここまで帰って来れなかった」


「え……アリシア様達を助けたのは全てティナ様だと……」


 …………ん?


 正確には、エレナをオークションで買い取ったのも、屋敷に迎え入れてくれたのも、ティナの父親であるランドーアさんだ。 俺がした事といえば、レクシャサの手により闇竜ヴィクララの住処に匿われたアリシアを迎えに行っただけ。

 話の弾みでティナの手柄になっているようだが、もしかしてアイツ、これがあったから部屋から出て行ったんじゃなかろうな。


「まぁ、細かいことは良いわ。 私が言いたいのはジェルフォが居なかったら今も私はここに居ないということよ。

 ジェルフォにも至らなかった事はあるだろうし貴方にも言い分はあるだろうけど、それはお互い腹を割って話し合って頂戴。

 血の繋がる親子ならきっと分かり合えるわ」


 さっき実の父親の脳天をぶっ叩いたばかりだというのに、どの口がそれを言うのかと白い目をしたのは俺だけではないはずだ。

 それでも何も言わないのは、唇を噛み締めて憤りと戦うアーミオンに配慮しての事。


「私のせいで崩れた貴方達親子の関係が一日でも早く元に戻ることを切に願うわ」


 と、いうか、似てる感じはしたけどジェルフォとアーミオンは親子なんだな。 あと、嫁さんと娘が二人ずついるんだっけ?これ以上の波乱がない事を俺は祈るよ。



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