13.世間知らず

「うへ……気持ちわるっ。まだ世界がぐるぐる回ってる感じがする……」


 やはりと言うか、またと言うか、絶賛二日酔い中だ。昨晩は祝いの席、酒は止められなかった……よって、例の如く調子に乗りすぎたらしい。これさえなければ酒って最高なのになぁ。

 愚痴っても仕方ないのでティナの差し出す水を一気に煽った。


「レイさん、無理するからよ?私、止めたのに」


 ティナは呆れたような申し訳ないような、複雑な顔で心配そうに覗き込む。

 あぁ、“ティナ” ってティティアナの事ね。昨日ご飯を食べてる時、ようやく俺達に心を開いてくれたようで彼女の方からティナと呼ぶように言われたのだ。


「毎度毎度懲りねぇなぁ、お前。学習能力あんのか?面倒くせぇやつだなぁ、酒くらいでよ。言って分からねぇ馬鹿には体に教えるしかないわな。ほらっ、腹パンするんぞ?腹パンっ」


 拳を握り締め、ニヤニヤ と嫌らしい笑みを浮かべながらボディーブローの素振りをするミカ兄。まじかよっ!鬼だな!!


「い、今だけは勘弁してください、お兄様」


 慌てて涙目で懇願する。今そんなことされたら、折角の昨日の美味い飯が……まじ勘弁。


「なっさけねーなぁ、アルを見てみろよ。お前の倍は飲んでるけど ケロッ としてっぞ?

 んで、買い物どうすんだよ?剣、買い直しに行くんじゃなかったのか?グダグダしてるなら俺は行かねーぞ?」


「あ、兄貴っ、頼む!三分!三分だけ待ってくれ!すぐ復活するから……」


「馬鹿言ってないで行くぞ!」


 呆れた顔でため息を吐くミカ兄はアルとリリィを引き連れ、俺を置き去りに部屋を出て行く。

 ゆっくりとでも何とか立ち上がり追いかけなければと歩き出すが、唯一待っていてくれたティナが心配そうに見守ってくれる。


「寝てた方がいいんじゃないの?」

「いや、俺が言い出した事だし。もう大丈夫だよ、ありがと」


 若干フラフラするが何とか行けると思う。ティナの手を取りミカ兄達を追いかけ部屋を出る。彼女の手はちっちゃくて柔らかかった。



 階段を降りていけばミカ兄達が待っていてくれた、何だかんだでやっぱり優しい。

 一先ず約束の報奨金を貰うためにギルドへ、昼近くということもあって人も疎らで夜とは比べ物にならないほどに静かだった。


 真っ直ぐ受付に行けば、ミーナちゃんに呼ばれたウィリックさんが姿を現し「やぁ来たね」と手を挙げて近付いてくる。この人ギルドマスターなのにお高く止まる印象もなくて喋りやすい。


「ギルドカードを貸してくれるかな?」


 カードを渡すとペレットさんが奥へと持って行く。たぶん盗賊団を退治した履歴を書き込んでくれるんだろう。俺達に向き直ったウィリックさんは ニコニコ しながら俺達を見回す。


「報奨金の使い道は考えたかい?」


「武器が無くなったので買い直そうと思ってるくらいですかね?後は美味しいものでも食べれればいいなぁってくらい」


「そうだね、たまにの贅沢ならいいだろう。あまり使い過ぎも良くないしね。一度に大金が手に入ると金銭感覚がおかしくなってしまうから使わずに取っておくのは懸命だと思うよ」


 ですよね〜。これが当たり前になっても困るし、特に欲しいものがあるわけでもない。豪遊はたまにってことで、今まで通りの生活をしますよ。

 あぁ、一人一つのベッドのある部屋を借りるくらいは良いかな?


「それでね、ギルド登録の時には話さなかったんだが、ギルドカードには他にも便利な機能がある。あまり大金を持ち歩くと危険だってことで、ギルドでお金を預かることもできるんだ。

 現金と一緒にギルドカードを出してもらえればカードにその情報が入れられる。その後ギルドに来てカードを提示すれば、どこでも好きな場所で好きな時に現金を引き出せるシステムがあるんだよ。

 これはギルドランクCの昇格の時に説明することになってるんだけど、君達は既に大金を手にすることになったから先に説明させてもらったよ」


 え……っと、ギルドでお金を預かってくれるのね?ギルドカード無くしたら大変だね!気をつけよう。


「後はね、話しておいたと思うけど、君達三人のパーティー名は決まったかい?」


 はて?どこかで聞いた単語だがどこだっけ?いやそれより決まったかいって、何?

 リリィを見ると首をフルフル、アルを見ても首をフルフル、ミカ兄を見ても首を……ん?ミカ兄?なぜ目を逸らす!


「言ってなかったか?決めとけよって」

「初耳ですけど!?」

「あれ?そうか?わりぃわりぃ」

 おいおいおいおいっ!連絡重要っ!ウィリックさんも呆れ顔だよ……。


「ミカル、僕は言ったよね?」

「っせーな、忘れたもんは忘れたんだよっ。いまさら文句言うなよ」


 逆ギレかよっ!

さてどうしたもんかな。いきなりそんなこと言われても……


「ミカ兄はギンジさんとパーティー組んでるんだっけ?」

「ああ、二人だけだけどな《銀狼》って名前だ」


 何それ!?超カッコイイじゃないですか!俺達はどうするよ?なんも思い浮かばないぞ。


「《ヴァルトファータ》……なんてどう?古い言葉で “森の妖精” っていう意味よ、どうかな?」

「はい採用!アルは?」

 親指を立てている。オッケーだな。即興で出て来た割には凄くカッコ良いと思う。そんなのがパッと思い付くなんて流石リリィだ。


「それでいいのかい?かっこいい名前だけど変更も出来無くはないから、万が一気に入らなくなったら言っておくれよ」

 了解ッス、ウィリックさん。


「さて、お待ちかねの物が来たよ」


 いつのまにかペレットさんがカウンターに戻って来てて、その手には俺達のギルドカードと皮製の小袋がある。皮袋はいつもクエスト報酬をもらう時のやつだけど……結構膨らんでる!!



キターーーッ!



 ドキドキするのを抑えてギルドカードを受け取ると、ウィリックさんの前におデブな皮袋が置かれる。あれが報奨金……否応無しに高まる期待、何故か緊張してきて心臓の音がうるさいくらいに耳につく。


「じゃあ改めて、盗賊団スネークヘッドの討伐ありがとう。奴等の壊滅のお陰で、また少しこの町が平和になった。その感謝の気持ちを込めて、賞金、並びに報奨金を贈ります」


 ウィリックさんに押されてカウンターを滑り、遂に俺達の前にやってきた皮袋。高鳴る鼓動は速さを増し、頭の中で早鐘を打っているようだ。


 カウンターにかぶりつく俺達三人に対し、一歩下がり、微笑ましげにそれを見るミカ兄。

 あれ?ミカ兄?


「四人で貰うんだよな?」

「馬鹿言え、俺はなにもしちゃいねぇ。それはお前達が成し遂げた事に対する報奨金だ」


 は?なに言ってるの?頭、大丈夫か?


「ミカ兄も盗賊倒したじゃんか、ミカ兄こそ何言ってるんだ?ミカ兄にも貰う権利あるんだぞ?」

「ねーんだよ、馬鹿っ。誰がボスを倒した?誰がティナを助けた?よく考えろ」


 有無を言わさない真剣な眼差しが俺を刺す。絶対退かないつもりか?そんなの納得いかないぞ!

 リリィもアルも呆れ顔、なんでだっ!俺だけ?どこが間違ってるって言うんだ?


「でもよっ!ミカ兄が来てくれなかったら、俺達死んでたんだぜ?」


「それはそれだろうがっ。いい加減うぜぇな、貰うもんさっさと貰っちまえよ!減るんじゃねーのになんでそこまでグチグチ言いやがるんだっ!めんどくせーな。働いてもいねーのに金なんか貰わねーぞっ!」



パンッ、パンッ、パンッ、パンッ



「皆っ、すまない。ベルカイム支部のギルドマスター、ウィリック ・ハンセンだ。少しだけ話を聞いて欲しい」


 何の音だろうと顔を向ければ、ウィリックさんがゆっくりと手を叩き、ギルドの中に居た人達の注目を集めて声を張り上げる。


「数年前からこの地区でハバを効かせてた盗賊団 《スネークヘッド》の事は皆も知っていることだろう。

 奴等は姑息な手口を多用し、強盗、強姦、人攫いに殺人と、ありとあらゆる悪事を働いて来た。しかも自分達より弱い者しか狙わず、確実性を重んじた綿密な計画の下に個人を多数で攻めるという悪質な連中だ。我々も幾度となく相対し捕える寸前まで行ったこともあるが、その度に逃げられるという屈辱を味合わされてきた。


 既に耳にしている者もいるだろうが、先日、我々が手をこまねいていたこの盗賊団は壊滅することとなった。事を成したのは此処にいる新参の冒険者パーティー《ヴァルトファータ》のメンバー、レイシュア・ハーキース、アルファス・ロートレック、リリアンヌ・コーヴィッチの三名だ。


 若干十歳という若さにして勇敢な彼等は冒険者登録をして一週間足らずにも関わらず、盗賊団のアジトに潜入し見事ボスの首を討ち取るに至った。

 そして手伝いに入った彼等の後見人であるミカル・ファルハーゲンと共に盗賊団を全滅に追い込むと、囚われていたレピエーネの貴族令嬢を救出したのである。


 よって、冒険者パーティー・ヴァルトファータの三名に、スネークヘッドのボス〈ネストール・サナエス〉の討伐賞金並びに、盗賊団スネークヘッドの討伐報酬を進呈する運びとなったのだが、意義のある者はいるだろうか?」


 ギルドマスターとしてギルド内に居る人達に問いかける。食堂の方で酒を呑み、ワイワイ騒いでいた人達もみんな真剣な顔で聞き入っていてびっくりだ。かっこいいぞっギルドマスター!


「意義なーーっし!」

「すげーなアイツら。おめでとう!」

「おめでとーっ!」

「やったな!俺にも奢れよ?」

「討伐ありがとなー!」

「あの子かっこいいね!」

「花々しい新星のデビューだなっ!」

「リリアーヌちゃーんっ!俺と付き合ってくれ!」

「やるじゃないか!おめでと!」

「仇を打ってくれてありがとよっ!」

「私もパーティーにいれてーっ!」


 拍手と共にすんげぇ沢山の祝福の言葉が降ってくる。俺達そんな凄いことしたんだ……。でも、そんな祝福をミカ兄が受けてないことが納得いかない。ミカ兄だって盗賊退治したじゃないか。


「どうだい?君達のした事は。これだけの事を君達は成し遂げたんだよ?」


「あぁ、凄いことなんだね。でも……さ。ミカ兄がいなかったら俺達は……」


「あのな、最後にちょこっと行っただけで報奨金掠めとろうなんざおとこのすることじゃねーんだよっ。そんなんで弟達の金なんか取ってみろっ、俺は町中の笑い物だよ。

 いいか?よく聞け。お前達が奴等のアジトを見つけ出し、尚且つボスまで倒した。過程なんざ関係ない、結果が今、お前達の耳にしている状況なんだ。胸を張れや!」


 珍しくクソ真面目な顔で諭すように語りかけるミカ兄、俺は少し違っていたのかな?横目で見ればリリィもアルも頷いてくる。


 ウィリックさんまで俺を見て頷いた後、再び声を張り上げた。


「心は晴れたかな?さて、もう一つ聞いてくれっ。先程も言った通り彼等は冒険者となって一週間だ。だがギルドランクEにしてこれ程の功績を残してくれた。

 異例ではあるが《ヴァルトファータ》のメンバー三名は、この私ウィリック ・ハンセンの権限と責任で、今、この時をもってギルドランクCに昇格する事をここに宣言するっ」


「おおーっ!」

「すげーなっ!」

「本当にかよっ!!」

「おめでとーっ」

「登録してたった一週間?」

「まじかよっ!すげーなっ」

「あんなガキ共に負けてられねぇなっ」

「いいなぁ〜」

「アルファス君、抱いて〜」

「俺達も頑張るぞ!」

「ヒュー!ヒューっ!」

「これからも頑張れよっ」



パンッ、パンッ!



「以上だっ。皆、ありがとう」


 再び手を叩いて締めると注目していた人達もそれぞれ自分達の世界へ帰って行く。


「これは、君達三人で受け取ってくれるかい?」


 ウィリックさんが改めて報酬の入った袋を差し出し俺を見つめる。それを断る理由はなく、素直に両手で受け取れば味わった事のない重量感。


 とても重かった……これが、俺達のやった事の重さか。


 たまたま罠に嵌り、たまたま捕まって連れて行かれ、たまたま盗賊団のボスを倒し、たまたま上手く逃げられた。いくつもの偶然が重なり大きな事を成す。単に運が良かった、ただそれだけだった。

 しかしその結果、みんなの為になる大きな功績を残し、俺達の手に大金という価値を生み出した。


 世の中、何が起こるか分からないな。諦めずに立ち向かう事の大切さを噛みしめた瞬間だった。


 リリィに小袋を手渡し、次にアルもその重さを実感する。そして俺達三人はウィリックさんに向き直ると頷き、声を揃えた。



「「「ありがたく頂戴します」」」


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