32.危険の気配
「お兄ちゃんが誰と何処で何をしようともぉ、気になるけど気にしませんがぁ……コレってぇ、アレですよねぇ?」
己が招いた結果とはいえ傷心の俺には顔を見るなど出来なかったのだが、今のモニカがどんな顔をしているのかくらいは想像がつく。
「ですよねぇ? 人前で女性を辱めるとか、拷問の中でも酷い部類ですよねぇ?モニカの言うアレってアレですよね?」
「私ならレイ様がお望みとあらばそういったプレイでも喜んで対応させていただきますが、お二人が言われてるアレとは、もしかして先日ララ様が口にされた聴き慣れない単語の事でしょうか?」
「そうそう、アレのことよ。って、コレットってば、そういうのは断ろうよ」
止まった時を動かそうとしてくれているのか、未だ身動きをしないセレステルを感じならが物音一つしない闘技場にサラ達の会話だけが耳に入って来る。
「アレって、なんて言うのでしたっけ?」
「うーん、なんだっけ?」
「えぇっとですね、確かセック……」
「「違うからっ!!」」
声には出さずともサラとモニカの突っ込みに俺の心の声もハモると、呆れたララが三人の疑問に答えを出した。
「もしてセクハラのこと?」
「「「ソレ(だ!)(です!)(ですね)」」」
「でもセクハラよりもっと酷いわね、アレはもう公然猥褻罪だわ。犯罪者は監獄行きよ?」
呼吸の落ち着いたセレステルは疲れて寝てしまったようで「んっ……レイシュア様、こんなところでは……」とか、どんな妄想をしているのか詮索してはいけないような怪しげな寝言を小さく呟いている。
「ねぇ、聞いた?奥さま。 ウチの旦那、犯罪者ですって」
「ええ、聞きましたわ、奥さま。 犯罪者って事は奴隷ですわね?」
何を言い出した!?と驚き、流石に看過出来ずにセレステルを抱いたまま振り向くと、ニタニタと悪戯心満載の三日月形に歪んだ目で俺を見るサラとモニカが二人して口に手を当てる。
「カカさま、トトさまは首輪をしてませんけど奴隷だったのですか?」
素直な疑問に自分を見上げる雪をモニカが抱き上げると、これ見よがしに チラリ と視線を投げかけて来るものだから反論したくもなったが今は黙っている方が良さそうだ。
「そうよぉ?随分前からお兄ちゃんは私の、いえ、私達の奴隷なのよ?」
「私達の……ですか?」
「そうよ、雪ちゃん」
雪の水色の髪をそっと撫でたサラもモニカと同じように チラリ と意味深な視線を送って来ると、二人して顔を寄せて微笑み合う。指を絡ませ繋いだ片方の手で通じ合ったと言うのか、示し合わせたように同時に俺へと顔を向けると見事に声をハモらせる。
「「私達の愛の奴隷よ」」
『はい、その通りです』思わず漏れかけた言葉に表情だけで返事をすると、それだけで向けられる二人の笑顔に満足気な色が上乗せされる。
「おーおー、お熱いことで」
「レジナード様も私達の愛の奴隷?」
「そうだな、君達の身体に身も心もメロメロだよ」
「キャーーッ!やっだぁ、レジナード様ったらぁ、んふふっ」
外野のイチャラブなど耳に届かないのか、気にする素振りも無いまま後ろ手を組みゆっくり歩み寄るとあと半歩の距離で立ち止まる。
「だからね、そろそろ返してもらえないかな?」
真っ直ぐに見つめてくる青紫の瞳に俺に言われたのかと思考が巡るが、それが勘違いであった為に答えに行き着く事はなかった。
伸びてくるサラの手に何をされるのかと少しだけ ドキドキ するものの目指していたのは俺ではなく、俺へと身体を預けて動かないままでいる赤茶色の髪のかかる細い肩へと伸びる。
「あ、気付かれてましたか」
指でトントンされると寝てしまっていたと思ってそのままにしていたセレステルが ピクッ と反応し首を回す。
小さく舌を出しバレては仕方がないといった雰囲気満載で小さく溜息を吐くと、名残惜しむようにゆっくりゆっくりと身体を離して行った。
「有能な殿方というのは得てして競争率が激しいものなのですね。時間も少ないようですしこれは相当な努力が必要みたいですよ、ミル姉様?」
「リュー!何を言い出したのですか!?」
「お母様は言われました。気になる殿方の子を産みなさい、と。そして期は逃してはならないものだとも教えてくださいましたよね?
ミル姉様、ご自身を誤魔化しても側から見てればわかりますよ?ミル姉様はレイシュア様の事が気になって仕方がないご様子、ならば思い切ってセレステル様のように努力なさってはどうですか?」
不穏な会話が耳に入り膝の上に居座るセレステル共々視線を向ければ、握り拳を口に当てキョロキョロと目を泳がせて困惑するミルドレッドがいる。
「!!」
目が合った途端、悪戯でも見つかったように ビクッ とした彼女は慌てて目を逸らしたが、ユリアーネに似た雰囲気を持つ彼女に迫られたら断り切る自信がないので『勘弁してくれよ?』と心の中でお願いしてみたのだが、その間もセレステルの視線はミルドレッドへと静かに注がれ続けていた。
「はいはい、そこは雪ちゃんの席だからね。どいてどいて」
「えっ?あっ、ちょ、ちょっと待っ……」
腕を引っ張られて転びそうになりながらも膝の上から強制退去されて行くと、セレステルの代わりに雪がちょこんと乗っかった。
にへっと笑顔を浮かべる可愛い雪の頭を撫でると今度は俺の手が引っ張られる。
「お兄ちゃん、ちょっと早いけどお昼にしない?」
なんだかんだでそんな時間かと雪を片手に立ち上がれば腰に当てられる手の感触。振り向いてみれば、大空で輝く太陽のような屈託のない笑みを浮かべたリュエーヴがこれみよがしに両手を上げるではないか。
「レイシュア様、私も抱っこしてください」
雪の片方の手が伸ばされた手へと繋がれるので、それじゃあと右手を回して抱き上げてやる。
精霊である雪とは違い人間味のあるしっかりとした重さが感じられるなぁなどと考えてると当の本人は横目にミルドレッドを見ていたので、これは彼女なりの発破のつもりだったのかもしれないな。
「早く行こう〜っ」
昨晩から何故か行動的になってきたセレステルが入り込まないようサラとモニカに両脇を固められ、更なる刺客が送り込まれない内にと気を遣ってかふさがってる腕を少々強引に引かれて行く。
「エレナ達はどうすんだよ」
「体調悪いならお昼も食べられないでしょ?いいのいいの、コレットに任せておきなさい」
面倒事を押し付けられたと言うのに振り向けば笑顔で手を振るコレットさんがいる。すると、まだ何かを躊躇うように動けずにいたミルドレッドの肩を叩いたセレステルが慌てて駆け出し、俺の背中を押すように手を添えて来た。
「ご飯なら私も行きます!案内しますねっ」
「勝手に食べるからお構いなく〜」
「お構いなく〜」
逃げるように駆け出した二人に引っ張られ闘技場の出口へと向かうが、そんな状態で逃げ切れるはずもなく、ニコニコしたままのセレステルも当然のように一緒に走る。
「いえいえ、貴方がたは族長のお連れした大切なお客様です。粗相があってはレッドドラゴンの名折れ、誠心誠意お世話させていただきますっ!」
「いいえ、結構けっこー、コケコッコー」
「身内だけでのんびりしますので、貴女はエレナ達の世話をお願いしますっ」
モニカもモニカなのだが、普段のサラとは思えない態度に『どうした!?』と驚きが顔に出るがそんな事には誰も気付かない。
「身内だけ〜とか言ってもリュエーヴも一緒じゃないですか!もう一人増えたからと言って変わりありませんよね?お供しますぅ!!」
「しまった!そのための布石かぁ!?」
「やられましたね、むぅぅ……」
走りながら漫才を繰り広げる三人に囲まれながら、歳も近いせいかキャッキャ言って仲睦まじく楽しそうにする雪とリュエーヴを抱いたまま外へと続く薄暗い通路を駆け抜ける。
セレステルを突き放そうとする二人は彼女に危険なモノを感じたからの行動なのだろう。
女のカンが働けば頼むと言ったのは俺自身。こうまで積極的な行動に出るとは思いもしなかったが二人の新たな一面が見られて嬉しく思う自分がいるのに気が付いたとき、明るい外へと飛び出した。
「はぁっはぁっはぁっはぁっ、しつっこいわね、はぁはぁっ」
「いい加減に、はぁはぁはぁっ、あきらめてください、はぁはぁはぁ……」
後衛とはいえたったこれだけで息が上がってしまっては問題がある。魔法を得意とする二人にも体力トレーニングは必要だと思い出したところで歩は止まり、その程度では何ともないセレステルが勝ち誇ったように二人へと笑顔を向ける。
「ご飯は大勢で食べた方が楽しいですよ。そういうわけで、行きましょうか」
「「行きましょう〜!」」
ウインクと共に指を振りかざした彼女に賛同した幼き二人が思惑無き純粋な拳を空高く振り上げると、細かい事は気にせず今を楽しもうという気になってしまう。
せっかくサラとモニカが止めてくれてるというのに後先考えない軽率な行動だと笑われるかもしれないが、それでも今はこの二人に乗っかりたいと歩き出したセレステルの後に続いたのだった。
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