16.こだます声
相対する男はアルほど雷魔法を使いこなせている様子はなく、魔力が剣に満ちるものの時折小さな稲妻が走る程度で期待した程ではないだろうと予測がつく。それでも弱者を強者へと跳ね上げる雷魔法、油断することは出来ない。
限界まで魔力を高めているのか、額から汗を垂れ流し始めた男……そろそろ来るかな?
「うぉぉおぉぉおぉぉっ!!」
雷魔法と一言で言っても使用者の能力によって程度の差があるのは仕方ない。やはり日頃の鍛錬が大事なのだと改めて考えさせられていると、一瞬で目の前へと迫る雷を纏った剣。
それは間違いなく全力の一撃だっただろう、俺を捉える直前で朔羅に弾き返され驚愕する男を哀れに思いつつも心臓を一突きにして早々に終わらせた。
「お前、何者だよ。まさかこうもあっさりとケディが倒されるとは……まぁいい。この俺が直々に相手してやろう!」
腕組みしていたボスが勢いよく手を広げると同時、羽織っていたジャケットが破れ去り蝙蝠の羽を大きくしたような翼が現れる。
「ハッハッーァ!どうだ驚いたか!俺様は魔族。貴様如きが敵う相手ではないんだよっ。クックックッ散々やってくれたんだ、今更命乞いしても遅いぞ?覚悟しろっ!」
上空へと飛び上がったボスは両手で剣を構えると、俺を串刺しにするべく一直線に向かって来る。
いや〜嬉しいねっ、自分から死にに来てくれるなんてさ。ケネス以外の魔族との初戦闘、どれくらい強いのか気になるが憎むべき過激派の魔族、穏健派の男に言われたのもあるが根絶やしにするため殺れるときに数を減らしたい。
ボスの剣を受け流すと、敢えて進行方向に身体をねじ込み鍔迫り合いに持ち込んだ。
「一つ教えろ。お前は転移魔法が使えるのか?」
「何を言うかと思えばそんなことか。そんなもの使えなくともお前を殺す事なんて出来るの、さっ!」
力任せに押し退け再び空へと飛び上がる魔族。それを追いかけるのは俺の用意した十もの小さな火球だった。
「なにっ!?」
俺の前に並んだ火球は僅かな時間差をつけて空中へと飛び立って行く。
だが咄嗟に気が付いた魔族、素早い身のこなしで全てを避けた……かと見せかけて最後の一発だけに纏わせた風魔法を操り、回避しきって油断した直後に軌道を急変させてやった。
「うぉっ!あぶね!!」
間一髪で避けられたと錯覚させた直後、再び放った十の火球。直線的な軌道なら縦横無尽に飛び回る魔族からしたら避けるのはさほど難しくはないようだ。今回も余裕をもって避けて見せるが先程のような変化球を警戒してはいる。
しかし、当てるつもりがあれば、さっきのタイミングで当てていた。
避けた火球を目で追い、軌道が変わらないことを確かめてから意識を切っている魔族。それでも全てを避け切る飛行技術は大したもんだと感心するものの、今度は躱した瞬間に内包する風魔法を解放して小規模な爆発を起こしてやった。
「てめぇ!このやろぉぉぉっ!!」
軽くフラつきながらもすぐに態勢を整え、再び剣を構えたままに突撃をかけてくる。
空を飛べるのはズルいが攻撃手段が剣で斬りつけるしかないらしく、俺を殺そうと思ったら近付いてくるしかないようだ。せっかくの特性を活かしきれておらず攻撃も単調。油断を誘うためにわざとなのかと勘繰ってみるが、多分そうではないのだろう。
これがコイツの実力、ケネスとの差は歴然だった。たまたまコイツが弱いだけなのか、逆にケネスが強いのかは分からないが、守るべき者が側にいる以上心配したような化け物ではなくて助かる。
ただ一つ、心配があるとすれば俺の方だ。コイツが殺すべき魔族だと確信した時点からフツフツと心の底から湧き上がる黒い感情。奴等に対する憎しみが俺の心を飲み込もうと踠いているのが自分でもよく分かる。あまり時間をかけるのは良くないだろう。
気合と共に急降下をしてくる魔族。それを躱すついでに腹へと拳を叩き込む。
「ゴフッ!」
見事に決まったカンウターは魔族の軌道を直角に変え、めり込む勢いで壁へと激突する。
普通なら動けなくなっていてもおかしくはない衝撃だが、そこは人間より優れた肉体を持つ魔族。巻き上がる砂埃を押し退けゆったりとした動作で姿を現すが、顔を顰めるだけで大したダメージがないように見受けられた。
「まさかこれ程とは……ならばっ!」
「いいからそろそろ死ねよ!」
未だ背後に立ち込める砂埃を散らせて空へと舞い上がると、人の顔ほどの火の玉を五つ並べて俺に投げつける。それを追うようにして、またしても俺に襲いかかってくるがそれも既に三度目、ワンパターン過ぎていい加減に飽きたし腹の底に灯った黒い炎もそろそろ限界に近くて暴れ出しそうだ。
これで終わりだと朔羅を振るが、火球を掻き消したものの想像した手応えが返ってこない。それもその筈、一瞬見失ってしまうほどの目で追うのが困難なスピードで急旋回して必殺の斬撃を回避してみせたのだ。
ヤツの刃を受けるかと思いきや、俺のすぐ横をそのままの速度で通り抜けて行く。
油断、慢心、軽侮……『あれ?なんだ?』そう思った瞬間、目で追った奴の姿は崖下へと消えて行く。
──まさか!
足の先から頭の天辺までを一瞬にして突き抜けた悪寒は一鳴りで心臓を破裂させるほどの激しい鼓動を生んだ。『魔族を殺せ!』と沸き立っていた黒い炎など初めから存在していなかったかのように掻き消え、すげ代わるように全身を満たしたのは例えようもない最悪の予感。
すぐさま地面を蹴りつけ全力で崖下へと向かうが、一瞬の躊躇が必要な時間を浪費してしまった後だった。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」
目の前に現れた現実は予感の的中を物語る。奴に囚われたモニカの叫び声が街道にこだまし、俺の胸を深く深く抉り取った。
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