依頼その匙 『滅びた世界の残り灰(序)』
後方で続く激戦の轟音に時折身を竦ませながら、俺は日和さんが指した方角へ走る。
そして見つけた。
一見するとなんとなしに人型のようなものを保っている、灰の塊。ただし、今はその胴体部分を貫通して地に突き立っている長大な剣に動きを封じられていた。
自身の身から分離させたものなのか、灰の面をした者が数体で剣を引き抜こうとしている。
日和さんが狩り損ねたと言っていたが、こういうことか。もうほぼトドメ手前みたいなものだが。
俺も日和さんには及ばないが退魔を齧る者の一人として、相手が俺達の世界で対応可能な存在…つまりは悪霊怨霊の類だということは分かる。それにかなり力を削ぎ落とされた後だということも。
明らかに神刀とは相性が良過ぎる。一太刀でお陀仏だろう。
「幸、下がってろ」
ただし放たれる邪気は猛毒そのもの。勝利がほぼ確定している状態でまで幸に頼り切る必要はないと判断し、〝憑依〟を解いて単身向かう。
何らかの退魔仕様に魔改造されている剣がようやっと引き抜かれたところで俺は灰と対峙。その時に声を聞いた。
「……なに?」
初めはノイズじみた雑音。距離が埋まるにつれてそれが人の声、それも複数の阿鼻叫喚だと判別できた。
苦しい。助けて。嫌だ。どうして。死にたくない。殺して。楽になりたい。
無数の思念が灰の内から届いて来る。頭に直接響くような音に顔を顰める。
違う。コイツらは。
(『カンパニー』の実験生物や改造兵器とは違う。いやむしろ…?)
柄を握る力が緩む。灰共はその小さな挙動を見逃さなかった。
先程まで自身に突き刺さっていた剣を灰の末端が掴み、こちらへ投げる。
「っと!」
大きな剣身を避け、波打つ灰の突撃を跳んでやり過ごす。
手に持つ刀を一度振れば終わりだ。内包する魂ごとこの刀身は灰の全てを断ち斬る。
だけどそれでいいのか。
何かが引っ掛かる。
この無念、怨念。覚えがある。
悲鳴を上げ続ける灰は。その中身は。
「……く」
どうしても抜き身の刃を振り切れず、俺はそのまま全包囲された灰に呑み込まれた。
―――生きた肉体を持つ者が。
―――我らの痛みを知らぬ者が。
―――ああ、憎い、憎い。
―――死ね。その身を空け渡せ。
———熱い…熱い!!
―――肌が爛れる。肉が腐り落ちる。
―――どうしてこの子まで。
―――おのれ、おのれ。
―――決して許さない。
―――子が、想い人が、守るべき彼女が、共に寄り添うと決めた彼が。
―――何故こんな目に遭わなければならなかったのか。
―――殺す。
―――必ず殺す。
―――死してもなお、肉体を失おうとまだ。
―――この魂は燃えない。
―――貴様等も道連れだ。
―――我らにしたのと同じように。
―――煉獄の焦熱で、無限の苦しみを味わえ。
―――灰の海で永遠に沈め。
―――…………カンパニー!!!!
「…そうか。そういう、ことか」
理解した。
取り落しそうになっていた刀を強く握り直し、刃を返して。
峰を強く額に打ち付ける。
たったそれだけで全てが終わった。
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「…どうかしたかい?夕陽」
一時の降雨で濡れた地面をぱしゃりと弾いて、日和が両膝を着いた状態で背を向ける我が子に訊ねる。すぐ傍には幸も不安そうな表情で寄り添っていた。
「……、あれはこの世界の住人でした。元々いたはずの、無辜の人達だった」
他所からの介入が入るより前の、まともに人間が住める環境だった頃に生きていた者達。
神刀による破魔で体内に侵入を試みていた灰ごと思念の塊は纏めて消し去った。その数、数百はいただろう。
まだ足りない。ほんの一瞬とはいえ灰を介してあの魂達とリンクした夕陽にはそれが解った。
「まだいる、もっといる。これはほんの末端です」
「本体は別…ね。居場所を割り出すのにどれほど掛かるか。まぁ〝千里眼〟を使えばすぐにでも」
「船」
日和の言葉を遮って夕陽が答えて立ち上がる。
苦痛と憎悪に満ちた呪詛と一緒に流入してきた記憶を視た。
輸送船『コロペンドラ号』。
「このままにはしておけない。これほどの苦しみを放置しておいてはいけない」
乗っ取られかけたことで苦痛を共有したことも決意の一端にはあった。
けれどそれだけじゃない。これが日向夕陽が存在意義とする行動理念。
人と人外の境界線上にて双方の調和を望む者の覚悟。
振り返る。
峰で打ったことで傷つけた額から一筋の血を流して、夕陽は揺るぎない瞳で日和を見た。
「行くんだね?」
「はい」
「……」
彼女と少女は黙って頷く。
彼の全てを知り、受け入れている日和は止めることをしない。
彼に全てを委ね、受け止めている幸には止めることができない。
知った上で何も言うことなく、夕陽は差し当たって必要なものを考える。
根性論や精神論でどうなるものではない。
武器や力、あるいは人手。
数万の魂を束ねる人外を打倒するに足る要素を、集めねばならない。
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