開幕戦は炎壁と共に
シャインフリートが目を覚ました時、そこには星空が広がっていた。
「…え?」
自身がつい先刻まで地下にいたことを思い出し、慌てて上半身を起こして再度見上げる。
竜の視力で目を凝らしてみれば、それは岩壁や天蓋に露出した鉱石から放たれた光だということが分かる。どうやらこれら鉱石が放つ光がいくつも集まって地下の空間を照らしているらしい。
そして周囲も、随分と広い。ここが夜の地上だと言われても納得が出来てしまいそうなほどの面積があった。
自分が寝かされていた場所にも一面石造りで舗装されていた痕跡が残っており、見渡せばそこかしこに塔のようなものや堅固な高い壁なども見つかった。
「……、お城?」
「みてェだな」
誰にともなく漏らした呟きに、答える声。
振り返れば、そこには妖魔アルの姿があった。体の所々に怪我が見られ、衣服の上からも何か所か出血したらしき赤い沁みが出来ている。
その様子を見て、ようやくシャインフリートは自身が意識を失う直前までの恐怖を思い出した。
そして、その混乱によって引き起こした惨事も。
「あ…のっ。僕…」
「あー。あの狐になんかされたらしいな。もう平気なんだろ?」
「え、…は、はい」
「ならいい」
きっぱりと言い切り、責めることもなくアルは右手でシャインフリートの腕を掴んで立ち上がらせる。
「他の連中と合流するぞ。ヴェリテとディアンはネガに捕まっちまったが、まァあの組み合わせならそうそうくたばることもねェだろ。まず探すべきはあの二人以外のヤツらだ」
「……はい」
淡々と先を行くアルに付いて行く、シャインフリートの表情は暗かった。
言い方を考えなければ、釈然としない。
きっとこれが雷竜や風刃竜であればこのような薄い反応ではなかっただろう。きっと頭ごなしに怒鳴り付け、冗談交じりに侮蔑し、挑発していたはずだ。
自分がそうでないのは、きっと期待されていないから。
弱いから。負けて当たり前だから。屈することを想定に入れているから。
だから怒らない。当然と考えている展開に対し憤慨する必要性すら無いと言われている気分だった。
時空竜との戦いで、少しは大人に近づけたと思えた。他の竜種や英雄豪傑達と肩を並べた大戦を繰り広げたことで、少しでも立派になれたと思っていた。
だが、現実は酷く冷たい。大小強弱の数千名でなく、精鋭たった九名の中に混じってしまえば、その優劣は嫌というほどに痛感させられる。
堪えようと思っていても目に涙の膜が張ってしまうのを止められない。
「シャイン!」
そんな少年竜の胸倉を右手で掴み、勢いよく引き回される。ついに見損なわれたかと失意に侵されそうになるも、どうやらそうではないらしい。
全力で跳び退った地点が大きく爆発し、砕けた石畳が降り注ぐ。
「…テメェは」
シャインフリートを降ろし、アルが庇うように前へ出た。
爆ぜて抉れた、燃え盛るクレーターの中央から紅蓮の瞳が鋭く光る。
赤毛の中に埋もれる水牛のような角とその火炎能力。
間違いなく火竜の系譜。分厚い鉄扉を貫き熔かして地下へ侵入したと思われる竜種。
「下がってろ」
正面に顔を向けたままシャインフリートに命じ、アルは地面から生成した刀を右手で握る。
「……?」
シャインフリートは違和感を覚える。
「貴様か」
だがその違和の正体に行き当たるより前に、火竜の女が怨嗟に満ちた声で問うた。
「貴様らか。どこへやった。あの子を」
「あ?」
ボッ、ボッ、と。瞬発的に火の小爆発を身体の周囲で引き起こしながら、火竜は炎から生まれた剣を手に握る。
「いいから白状しろ、下賤で卑賎な劣等種」
踏み出す一歩。踵から炎が爆ぜ、莫大な推進力を得た火竜が視認が追いつかない速度で懐まで迫る。
「ぐぬっ」
なんとか刀で受けることに成功するが、急襲にぐらついた体勢を足払いで完全に崩され、火竜の突撃に押し飛ばされる。
「アルさん!」
援護しようとしたシャインフリートへ火竜が手を振りかざすと、両者の間を別つように火炎の壁が噴き上がった。それは左右に伸びていき、やがてアルと火竜を完全に囲いきる。
「…ハッ、同胞とは戦わねェって主義か。さてはテメェ、
バック転で起き上がり、アルは刀を右手で握ったまま正眼に据える。
「無駄話をする気はない。ただ答えろ」
赤いミニドレスの上から白銀の鎧に身を包む火竜は、その熱量に反して極めて冷えた目つきでアルを睨む。
「どこへやった貴様ら。あの子を、メティエールを、どこへやった!!」
「わけわかんねェことばっか言ってんじゃねェよクソ竜が!!」
激情と激情が衝突する。
ーーーーー
「どっ、どうしよう…!他の人達を探すにしても、アルさんが…」
炎の壁に遮られて介入を許されないシャインフリートがひとり、事態を収める手段に頭を悩ませる。
「……あ、わわ……」
そんなシャインフリートをやや離れた砦跡の影から見ていたのは先刻の子狐。共に落下してきた子狐は、騒ぎの正体が彼らだと知るや否や一目散に逃げだそうと顔を引っ込める。
「に、にげよう。逃げなきゃ…っ」
そして。
『まあ待て妖狐よ』
子狐が金縛りにあったように停止し、その脳内に突如として大量の悪意が雪崩れ込んでくる。
「あ、あ…?ああ、あああ」
『怖いのか、恐ろしいのか?なれば簡単、怖いものを壊せばよい。恐ろしいものを殺せばよい。なぁに、その為の力は与えてやったじゃろう?』
ドス黒い悪意に染まる脳内の最奥で幼き翁が呵々と嗤う。
『逃げるな。戦え。死んでもよい、駒は駒なりに全力で
気が狂うほどの黒い感情の奔流に苛まれ、狐は喉が裂けるほどの絶叫を上げた。
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