恐慌の離散
地下を行く最中、アルは手元の小さな水晶型通信端末で連絡を取っていた。
相手は遥か頭上、行政区で戦後処理に邁進している最年少委員。
『ふむ。では敵は竜王軍だけではなく他にもいると』
「セントラルの警備はどうなってんだ。色々入り込みすぎだぞ」
時折咳き込むモンセー・ライプニッツに現状の報告をしつつ、あまり彼女を責める気にもなれないアル。
そもそもが仕事をしていていい身体ではない。時空竜戦での疲労は未だ癒えておらず、元々あまり強くもない体質が災いしてかなりの後遺症を引き摺っていると聞いた。
だが彼女は水晶の向こう側で書類を繰る音と何か筆記するような小気味いい音を繰り返しながら応答を続ける。どうやら状況報告を受けながらマルチタスクで別の作業を行っているらしい。
『確かに由々しき事態だな。警邏と外周警備の数を三倍に増やそう。それと地下へ続く経路に付かせる兵士も再配備せねばな』
「あと仏さんの回収もさせといてくれ。火傷と毒の腐敗が酷ェから丁重にな」
『承知した』
「随分とお優しいじゃねーの。てっきりお前なら『雑魚が出しゃばって勝手にくたばってたから死体どっかやっとけ』とか言うと思ってたが」
通信の合間、茶化すようにディアンが隣で言うと、アルは燃える剣を松明代わりに無表情で前を歩きながら、
「何かの為に戦ったヤツを小馬鹿にするほど堕ちちゃいねェよ。確かに連中の抵抗は無謀だし無茶だったかもしれんが、無駄ではなかった。稼いだほんの十数秒でも、俺らが追いつく為の糧になってる」
現に進行速度は悪くない。既に地下を三層ほど迷いなく進めている。
これは単純に純粋な差だ。
竜種達はおそらく手探りで迷宮のような地下を遺跡へ向け進軍しているが、こちらには遺跡までの道のりを数多の犠牲の上にマッピングし、それを頭に叩き込んだシスターの存在がある。
一般兵士が竜を相手に立ち塞がった十数秒は、きっと仇の背中に追い縋るに必要なものとなる。
「次の角を右。少し先を進むと階段がありますのでそのままさらに下へ」
前を歩くアルとディアン、ヴェリテ。ガイド役のクラリッサは縦隊の真ん中で進行指示を出し、その前後を(白ウサギを抱えた)エヴレナとシャインフリートが護衛している。殿はシュライティアが務め、ロマンティカはその縦隊内を飛び回っていた。
時に狭く、時に広い洞窟のような地下をひた進む。
「しっかし、神器…だったか?見つけたはいいとして、んな大層なモンを誰が使えるってんだ」
「そりゃここにいる今代神竜様だろ。なあ?」
「えっわたし!?」
ディアンとの雑談で話を振られたエヴレナが驚愕に顔を上げる。
「素材の元になった種族が使うのが一番だろ。なんならお前の骨肉を使って神器とやらを造ってやろうか?俺が」
「うわスプラッタ!」
「あんまりエヴレナを虐めないでくださいね」
なんのかんのでわいわい話をしつつ歩いていた時、
「ッ何奴!!」
ふと瞳を光らせた殿のシュライティアが、通過したばかりの角の先へと双剣のひとつを投げつけた。
「ひっ…!」
壁に突き刺さった剣の近くから短く悲鳴が聞こえ、次にはその場所からふっと小動物が現れた。
「…子狐?」
「擬態能力か。よくわかったなお前」
「空気の動きが不自然だった故に」
現れたのは二又の尻尾を持つ小さな狐。不自然なほどにカタカタと震え、存在を知られたことに恐怖を隠し切れない表情をしていた。
「わあ、可愛い」
真っ先に近づくのはシャインフリート。めっふぃの件といい、男ながらにまだ子供。格好いいものはもとより可愛らしいものにも惹かれるらしい。
そんなシャインフリートの接近に、過敏に反応を示した子狐。
「…こわい、やだ……こないで、怖い……!!」
「どうしたの?だいじょうぶ、みんな優しいひとだよ」
時間の浪費には違いないが見捨てておくのも目覚めが悪い。そんな様子でこの場を看過していたアル達大人組だったが、それも数瞬後には一変する。
「こないでっ!!」
一声と共にぶわりと嫌な空気が肌を撫ぜる。途端、胸の奥底から湧き上がる負の感情を皆が自覚していた。
「これは…」
「やべェな、離れろシャイン!!」
ヴェリテとアルが己の内に渦巻く感情を押し殺しながらもシャインフリートを引き離そうと手を伸ばすが、それもやや遅かった。
「う、ぅ―――ああ、アァァあああああああ!!?」
両手で頭を抱え、うずくまったシャインフリートの身体が強烈に発光。
本来の白金の輝きを持つ竜の姿へと変貌し、そのまま暴れ回り始めた。
『ああっ!ひっ…うわああああ!!』
見えない何かに怯えるように翼を爪を頭を振り乱し手当たり次第に攻撃するシャインフリートを中心に地下全体が震え、やがて。
「チッ!」
「ねえこれ不味いんじゃ!?」
「近くの者の手を!」
いくら仔竜とはいえ竜化状態は十数メートルに及ぶ。そんな巨体がこの地下で本来の姿に戻り暴れれば、当然地下空間は無事では済まない。
事実、彼らが立っていた地面は亀裂に従い割れ砕け、九名は浮遊感に包まれながら崩れる地下空間のさらに下層へと落下していく。
「誰かあの小僧を守れ!!」
「私が!」
「畜生手間掛けさせやがって!」
真っ逆さまに落ちていく中でアルの言葉に反応を示したのはヴェリテとディアン。
雷を纏い、瓦礫を蹴って、二名が恐怖に暴れる浄光竜のもとへと飛ぶ。
―――ブブ、ブ。
奇妙で気色の悪い、羽音を聞いたのはその瞬間だった。
シャインフリートへ続く最短経路の途上で、虫の羽音を蠢かせて空間が歪むのを二名が確認する。
『『腐乱』のゴーン・オフ』
「馬鹿、な」
「こんな時に!」
いつの間にかリートが留まる逆の肩に乗っていた白ウサギが呟き、抵抗する意思を見せるより早くヴェリテとディアンが虚空に消え去る。
『ああ、アアああああああああ!!』
「クソッ届け……!!」
「クラリッサさん!手を!」
「ええ!」
「レディ!」
「わわっ風が!?」
崩れゆく地下世界の中で、手近な者達は互いに互いを手繰り寄せ、なんとか単独となることを防ごうとする。
そうして轟音を引き連れ、九名は地下遺跡へと落ちていく。
『メモ(information)』
・『幻妖狐トラン』の影響により『浄光竜シャインフリート』錯乱。
・『雷竜ヴェリテ』及び『ディアン&リート』、『「腐乱」のネガ』の結界内に捕縛。
・地下崩落。『探索組』離散。
・総員、『エリア0-3:地下遺跡』へ落下中。
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