side . Dragon 『亡くしたこと、戻らないもの』
「それでねっ。エッツェル様がね!」
「ああ、なるほどな」
時間は少し巻き戻り。
地下への道を防衛する兵士達を皆殺しにした二体の竜。火刑竜ティマリアと疫毒竜メティエールは、着々と地下深くへと進んでいた。
地下道への侵入時点で、他に入り込んだ者がいないことは臭いでわかっていた。竜種はあらゆる感覚器官が他の生物より鋭い。だが自分達が一番乗りであるということに油断せず、地下遺跡への道を降ってゆく。
実際のところ、アルの読みはやや外れていた。迷宮のような地下内部の経路は確かに両名とも熟知してはいなかった。
だが竜種は太古の故郷であった竜の都に残る滅びた同胞達の僅かな匂いを辿って正解の道だけを選び抜いていたのだ(ちなみに『探索組』の竜種はエヴレナ・シャインフリートは幼さから感覚頼りの道案内が出来ず、ヴェリテ・シュライティアは地下侵入時にエンカウントした『ネガ』や他勢力への警戒を強めた結果嗅覚が低下していた)。
結果として随分と先行する形で竜王の尖兵達は地下遺跡へと辿り着いていた。
最大限四周への注意を怠らないティマリアに比べ、メティエールはかなりお気楽に地下を進んでいた。もとより大戦期を生き抜いた歴戦の竜であるティマリアとは違い、メティエールはつい最近竜として戦い始めたばかり。いくらその潜在能力が高いとはいえ戦場を知らなすぎる差は大きい。
だがティマリアに不満は無かった。そもそもそれを理解した上で此度の神器探索に名乗りを上げたのだから。
彼女は、この危うげな少女がどうにも気掛かりだったのだ。
メティエールが楽し気に話すことの大半は竜王エッツェルのこと。残りは両親のこと。
そしてその両親は、今現在も光を灯さない瞳で幽鬼のように機械のようにメティエールの後方を追随している。
疫毒竜の父母は、既に死した躰に竜王の呪詛を掛けられて動いている死体。厄竜と呼ばれるモノ。魂宿らぬ肉の器だ。
「……なあ、メティエール」
「うん?なぁに?」
竜王について何か訊かれるのかと、うずうずした様子で応じるメティエールは顔色に似合わず活発だ。これが常であればいいのだが、生憎とそうではないのが悔やまれる。
だからつい、ティマリアは口に出してしまった。
「この大戦が全て終わった時。…無論我ら竜がこの世を統べた時の話だが。その暁には、父母のことは解放してやれ。死んだ肉親を想う気持ちは解るが、いつまでも死者を働かせるのは酷だと思わないか?」
ティマリアは『厄竜化』というものに懐疑的だった。もちろんそんなこと、口に出したことは一度として無かったが。
自分はいい。この身死しても竜の為に、同胞達の未来の為になるならば、いくらでもこの身を使い倒せばいい。
だがそれを他の同胞達にも強要しようとはどうしても思えなかった。仲間意識が強く他の種族を認めない帰属意識の強さと竜種至上主義がかえってその考えを強めていた。
現に雷竜は我の強さから意志を残したまま厄竜化していたし、森竜に至っては厄竜化してからというもの一言も発さない。命令を受けた際にもほんの僅かな抵抗の意思すら見せる時がある。
そういったものを間近で見るたびに、ティマリアは顔に出さず静かに心を痛めていた。
死した者は土に帰るべきなのだ。今は竜の時代を取り戻す為に止む無きことだとしても、全てが終わった折にはそれらを解放すべきだという考えを、ティマリアはこの地下空間で初めて吐露した。
「…………。どうして、そんなこと言うの」
そしてそんな火竜の想いは当然のように少女には届かず。
花の咲いたような笑顔から一転、棘を含んだじとりとした表情を向けるメティエール。
そこには自身を認めないものに対する敵視の色があった。
「お父さんもお母さんもここにいる!エッツェル様が生き返らせてくれた!だからずっと、ずっとずっと一緒にいるの!!」
「…違う。違うんだメティエール。それは死体だ。それは動いているだけで、意識も感情も無い。だからそれは…」
「『それ』って言わないでッッ!!」
感情の昂りに呼応するように、メティエールの身体から禍々しい色をした気体が噴出する。疫毒竜の持つ特徴にして体質。あらゆる毒性を生成・放出させるポイズンアーティスト。
まだ年若き竜種であるメティエールは心が大きく揺さぶられたときにそれを意図せず拡散させてしまう癖があった。
「あっ…」
「いい。気にするな」
昂って毒を散布してしまったことに戸惑うも、ティマリアは口元を押さえるだけで下がろうとはしなかった。まるでその毅然とした態度こそが、譲れない一線を示しているかのように見えて、逆にメティエールの方が数歩下がってしまう。
「言い方を誤ったこちらの非だ、すまない。だがなメティエール。いつか死ぬのは竜に限った話ではないんだ。あの脆弱な人間はもとより、我らとて、我らの旧き起源たる『祖竜』にも寿命という終わりは存在した。生物はいつか死ぬ。そして親は子よりも早くに亡くなるものなのだ。何事もなければな」
「……で、も。でも!ほらっ。二人だってちゃんと意思があるよ!?わたしにちゃんと笑いかけてくれる!わたしの頭を撫でてくれる!」
助けを求めるように顔を向けられた厄竜の父母は、求められるままに生前の笑みを模倣する。
そう。模倣だ。
今現在この二人の指揮権限は全て竜王直々にメティエールへ譲渡されている。
つまり少女が望めば、厄竜二体はどんな願いにも最大限応じるのだ。そういう風に、作り変えられている。
逆に、この厄竜達はなんの命令も指示も無ければ動けない。ただの木偶人形と化す。
「メティエール……」
大戦期以外にも数多くの戦を経験してきたティマリアには、出会いに比例した離別の経験が数えきれないほどにある。
肩を並べた仲間が、背中を預けた親友が、戦場で死んでいくのを幾度も見てきた。
だからこそ伝えたいのに、戦場に身を置き過ぎた武人は達者な口を持たず、ただただ事実を事実のままに言葉にする術しか持たなかった。
「死骸は何も想わない。死んだ命は戻らない。亡くしたことは覆らない。…失ったものは、戻らないんだ」
「―――っ!」
言い繕わない純然たる真実だけを無垢な少女に叩きつけることの、どれだけ非情なことであるか。
誰よりもティマリア自身が知っていた。
けれどこれを乗り越えなければ、少女はいつまでも先へは進めない。
でも。
「……っもういい!ティマリアのばかっ!」
まだ少女は受け止めきれない。逃げるように背を向けて走りゆくメティエールを呼び止める間もなく、それは現れた。
「…………えっ」
歪曲する空間。その先に呑み込まれる少女竜。叫んでも手を伸ばしても遥かに遠い。
そして疫毒竜はこの世界から姿を消した。
「メティエール!!!」
普段の彼女らしからぬ動揺。これがなければ、どこかに立つおかしな白ウサギが念話で口にしたその正体を知ることも出来たであろうに、消え失せた少女に冷静な思考を奪われたティマリアはそれを聞くだけの余裕が無くなっていた。
何が起きた。何が、何が。
必死に要素を探す。我々以外の誰がこんなことを出来る。
可能性があるとすれば、後続で来るであろう竜王に仇なす者達。
―――罠。
竜に及ばぬ弱く脆い生命が考え付いた、竜を陥れる罠。
そうだ。そうに違いない。
ならば殺そう。そして彼女を取り戻そう。
天蓋の一部が割れ、崩れ、何かが落下するのを確認する。
その中のひとつに照準を絞り、火刑竜ティマリアは足元の火炎を爆ぜさせて大きく跳ぶ。
許さない。必ず殺す。
友を、同胞を、必ず取り戻す。
そうしてティマリアは、妖魔に行き着く。
『メモ(information)』
・『疫毒竜メティエール』、『「???」のネガ』の結界内に捕縛。
・『火刑竜ティマリア』、『妖魔アル』と戦闘開始。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます