VSリビングプラネット
『Ⓙ陣営の日向夕陽、♦のリビングプラネット、双方の同意を確認』
(不味っ…)
上空に膨らむ巨大な星に、意図せず敵意を抱いてしまった。交戦が成立する。
「アレも敵か?日向の」
「アナウンス聞いたろ。信じがたいが他陣営の一角らしい」
自分で言っておきながら、こんな馬鹿げた話があるかとも思う。
夜空に浮かぶ緑色の星はカウントダウンを終えても一切の攻撃をしてこなかった。
ただ気になると言えば一つ。それは京司も同様だったらしい。
「なんかどんどんデカくなってね」
「やっぱ目の錯覚とかじゃなかったか…」
徐々に大きさを増していく緑星。地上を見下ろす不気味な顔面は次第に広がる表面積に引っ張られてますます不細工になっていく。
「日和さん、ヘルプ」
『…申し訳ありません、主様』
「ん、篠か」
インカムからは(自称)俺の従者こと篠の声。勘違いで違う名を呼んだせいかやや声のトーンは低い。
『日和様は、その。準備をされるとかで少しばかり不在にすると』
「そっか。いやいや構わないよ、むしろお前の方がオペレーターとしては頼りになる。アレの詳細を教えてくれるか?」
インカムの声を拾えない京司の不服そうな表情を横目に、〝憑依〟そのままで篠の返答を待つ。
「……流石に届かないよな」
鞘に納めた神刀を握り腰溜めに構えてみるが、不可能なものは不可能だ。
例えば五行を纏わせた斬撃を放ったとして、あの高高度に達するまで威力を保てることはないだろう。
跳ぶしかないか。
『主様!お逃げください!』
「落ち着けどうした」
焦る篠の言葉に嫌な予感を覚える。耳からインカムを外し音量を最大にした。
『「リビングプラネット」は♦陣営の物理兵器です……空洞の内側に自前で発生させた水素を溜め込み、コードによって自身を爆弾として地表に射ち出します』
「威力は?」
『墜落の衝撃、放電、そして水素による引火爆発。被害は甚大かと』
つまりキューブ山一帯は焦土と化すと。
「だそうだ鷹矢京司。このままじゃ転移で帰る前に御陀仏だぞ」
「何言ってんだ。その前にどうにかすりゃいいんだろ」
音量を適正に戻し耳に装着してる間に、京司は刀の鯉口を切っていた。
「俺が細切れにする」
「…なら、俺が消し飛ばすか」
あまり使いたくはないが、彼の出番かもしれないな。
アナウンスは警告しない。これを共闘と認識していない。
鷹矢京司はベルを失っている。この介入はもう戦争とは別個の扱いということだろう。
なら最大限、その介入を利用させてもらう。
「お前、空とか飛べる?」
「出来るわけねーだろボケ」
「じゃあ」
さらに伸びゆく髪の毛を後ろに払い、京司の手首を掴む。
「こうだな」
そして思い切り跳ぶ。
「ぬおぅ!?」
並大抵の人間なら今ので脱臼ものだろうが、流石に異世界の凄腕剣士の肉体は耐久も桁外れだった。
一息に数百メートルを直上に跳び上がり、勢いが途切れる前に掴んだ腕を振り回す。
「タイミング合わせろ、〝加速〟使え!」
京司の異能は他者に適応されないが、他者の力により自身が速力を得るのなら、〝加速〟は正しく機能する。
似た〝倍加〟という力を持つ俺には確信じみたものがあった。
腕力三百倍による人間投擲。射出と同時に発動した〝加速〟が、身を裂くような猛烈なスピードを叩き出す。
「くっそ空中での居合いなんざ普通やらねって…ちょっと待てお前は!?」
ミサイルが如く緑の星へ突っ込む京司の絶叫が聞こえる。無論俺とてこれでお役御免とは考えていない。
多少以上に荒いが言ってられるか。
(火行を足先で爆ぜさせて強引に飛ぶ!)
落下途中の足裏に生み出した火球を踏み潰すように破裂させ、無理矢理に重力に逆らう。
これを数度、階段を駆け上がるようなイメージで連続させれば。
(脚の耐久を重点的に強化!じゃねぇと炭化が先か肉片が先かの負け確チキンレースになっちまう)
「ぅうおらァ!!」
見上げた先では奔る剣閃が迸る。夜闇を斬り裂く刀の閃きが、巨大な緑星の三割ほどを削ぎ落としていた。
あまりの神速抜刀に火花すら散らなかったが、斬られた部位から特殊細胞の放つ放電、
「しゃらくせぇ!」
…すらも、返す刀で斬り潰したのは無茶苦茶としか言いようが無い。
異世界の連中化け物過ぎんか?
「まぁいいや、残りは七割体積!やれるかおっさん?」
ポケットから取り出した朱色の鈴を弾いて鳴らすと、すぐ間近に輪郭の朧気な人影が現れた。
中年らしき人の影は顎の無精髭をさすり、
『うーんでかすぎ。消せて半分かな』
「あと二割……!京司ぃ!!」
「お前も働けクソガキ!」
火行の爆力推進は引火を起こすから使えない。代わりとばかりに白刃を露が覆った。
水行による切断強化。及び発火防止。
落下する京司と上昇する俺との二振りが、入れ違い交差するように緑の惑星その半分を切り捨て分断した。
「頼むぞおっさん!どっか違うとこに跳ばしてくれ」
『たまに喚んだらこれかい。はいはい御意に御意に』
斬った二割の放電までは対処できない。バヂリと弾けた電気が漏れ出た水素に着火する。
光る真っ赤な視界、衝撃と爆炎に鼓膜が震える。
『次はもっと楽しい時に喚んでくれたまえ夕陽君。宴会とかね』
パンと叩いた両掌の音が爆音を上書きして響き、緑の惑星はその半分を大爆発間際に消し飛ばされていた。
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《装備》
・朱色の鈴
都市伝説『時空のおっさん』がかつて親交の折に残していった召喚媒体。
戦闘能力は皆無だが、多次元多時空間に重複した存在であるが故に死なない特性を持つ。主に囮として有用。
さらに都市伝説としての能力で、一時的にその世界とは異なる時空を展開、その内側に対象を捕らえる『隔絶結界』を使用する。発動者も結界内部に呑み込まれるが、上記の性質により自爆に巻き込まれても犠牲にはならない。
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かの都市伝説が他空間に呑み込めたのは全体の半分程度。つまり残った二割の爆発は間近で直撃する羽目となった。
「……と、とりあえずキャンプ地が焼け野にならなくて済んだから良しか」
「…っ、っ」
服も靴もボロボロで黒焦げ。壊死までいかなかっただけ幸の〝幸運〟に感謝せねばなるまいて。
そんな幸は仰向けに倒れる俺へと汲み置きしておいた湖水をテントから何度も往復しながら運び身体にかけてくれている。
「お前のせいで酷い目に遭ったぞクソガキ」
起き上がれずにうんうん唸っていると、俺と同じような惨状の京司が刀を肩に担いでやって来た。
「生きててよかったネ…」
「馬鹿か、ずっと向こうの湖まで吹き飛んだわ。林に突っ込んで湖に着水したから生きてたものの」
凄いなコイツの幸運も。
もしかしたらこの男も、かつての『ベイエリア』社長が口にしていた補正持ちとやらなのかもしれない。
「あー、これで何体目だっけ幸…?ああ、七体か。しんどいなこれ」
やはり難度は戦闘実験やアルファベットシリーズとは比較にならない。今宵は切り上げて体を休めないと本当にキツイ。
「お前は?どうするんだ剣士」
「帰るさ。負けた以上は部外者だ。ここで他の使い手連中に茶々入れてってもいいんだが、そうなりゃ各陣営も黙ってねぇだろ」
言うが早いか、京司の足元から暗闇を照らす魔方陣が現れる。
ペナルティーを侵した者や絶命・瀕死の状態に陥った者でなければ敗北後の転移はある程度先延ばしに出来るみたいだ。
「本当ならガチの剣術使いとやり合いたかったが、負けちまったんだから仕方ねぇ。お前とも、また今度だ」
(次があってもらっちゃ困るんだけどなぁ)
胸の内でのみ呟き、半身を起こす。
「奇縁だったな、対決の直後に共通の敵を倒すだなんて」
「まぁ後にも先にもそうあることじゃないのは確かだわな」
特に別れの挨拶はなかった。京司にとっては『次』に相見える時を想定していたからか。
神速の抜刀術、居合いの達人。やはり奴もまた格上の相手。
鷹矢京司は魔方陣の光の中で、少しだけ抜いた刀身を一気に戻す。
キィンッ、と。金打の鍔鳴りを一つ響かせて、此度の仕合の締めとした。
「勝手なことを」
ぼやき、こちらも仕方無しに同じ所作で鍔を鳴らす。
交えるべき時が、互いにとっての『次』が来ることは、おそらく無いだろうけれど。
せめて形だけでも合わせることが、あの剣士へ返すせめてもの礼儀だと思ったから。
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