VS鷹矢京司

 山が消えた。

 相手は解らない、だがこれは人災だ。……より正確には人外災とでも呼ぶべきだろうか。

 ともかく人の業ではない。

「おいテント吹き飛ぶかと思ったぞ……」

「……」

 遠方からの衝撃で目を覚ました俺と幸は、余波で散らばった野営道具を拾い集めながらその正体に思いを馳せた。

「一瞬だったけど俺でもわかった。ありゃ化け物だよ」

『その通り。君なら幸込みでの全力を以ても残機百で足りないくらいの強さだね』

 本当にずっと起きていたらしい日和さんが俺の推測を支持してくれた。この人に起こされなければ直後の衝撃にテントごとやられていたところだ。

「日和さんなら勝てます?」

『良くて辛勝、悪くて相討ち』

 勝つと断言しない日和さんは非常にレアだ。

 ちなみに俺は彼女が苦戦する場面すら見たことが無い。

『ああいう輩も混じっているわけだ。くれぐれも気を付けること。それと』

 俺達以外の足音に、片付けの手をぴたりと止める。

『新手だ』

「…了解」

 とてとてと幸が傍まで駆け寄り、来たる敵の影を見た。

「おうおう、こんな戦場に子連れで来るとは。余程の自信家か、あるいは度を超した親馬鹿か」

 嘲るように、男は片手に持ったそれを放り投げた。

 受けとると、それが散らばった荷物の一つであるランタンだと判明する。

「悪いな」

「そう思うならとっとと構えな。んな大層なモンぶら提げてんだ、少しは使うんだろ?」

 後ろ腰に紐で吊ってある刀に視線を向ける男は随分と愉しそうだった。

「重ねて悪いが、俺は使う方じゃなくて振り回される方だ。アンタほど真っ当な剣士じゃないんだよ」

「判断するのは俺だ。ほら、抜けよ」

「……」

 どの道こうして相対している以上、闘う他には何もない。戦争なのだから。

「…、アンタは」

『抜刀術の使い手だ。速度に自信ありと見える。〝加速〟の異能も扱うらしい』

「?、どうした」

「いや、いい」

 疑問は言葉に換える前に日和さんが明かしてくれた。なるほど抜刀術とは厄介そうだ。


『Ⓙ陣営の日向夕陽、♣陣営の鷹矢京司。双方の同意を確認。開始まで』


「ふうん。ただのガキじゃなかったか」

 相手は本場の剣士。生半可な我流の刃で太刀打ち出来るとは思わない方がいい。

 黒塗りの木鞘から白刃を抜き出す。その途上で幸は俺という器に浸透していった。

『5、4、』

「小娘の手も借りなきゃ満足に闘えませんってか。はっはっ、コイツはとんだお笑い種だ」

 いつもなら俺をおちょくる発言に憤るであろう幸も、同化した今となっては落ち着いたもの。

 共に在り、共に往く。これまでもこれからも、そこに一点の惑いも曇りも無い。

 だから。

『3、2、1』

「さぁ、て」

「……へっ、可愛いげのねぇガキだ」

 腰に当てた鞘を鳴らし、鷹矢京司が身を深く落とす。


『開始』

「―――!」

「ちっとくらい、揺さぶられろっての!!」


 開幕の打ち合い。

 黒色に艶の掛かった髪は座敷童子の少女により近く伸び、それがそのまま〝憑依〟の度合いを示す。

 肩ほどまで伸びた髪に視界を狭められた、なんて。

 この子に借りた力の具現を言い訳にはしない。

 ただ、純粋に、

 腕を斬られ、開始の初手は敵に奪われる。




    -----

 残像に斬られた。振った刀の先に敵はもういない。

 完全なる格の違い。

 ではなく。

(速度の特化……が、ここまで歴然だとこうなるのかっ)

 既に受けた斬撃は十数にも及ぶものの、意外にも深手には未だ至っていなかった。

 五感、特には触覚の最大域強化による防御が間に合っていた。

 速度で劣り、姿を追えない。だから刃が肌に触れる刹那を読み取る方針を選択。

 開戦から三秒後の判断だった。

(皮一枚ならくれてやる、それ以上なら首を貰うぞ…!)

 肌を裂く冷たい感覚を敵性の排除として直結。考えるより速く弾き、表皮のみの犠牲で無数の斬撃を受ける。

 出血が地を濡らすも、見た目ほど深くは受けない。分かっているのだ、敵も。

(欲張れば首が跳ぶか?)

 神速の抜刀と納刀とを繰り返し敵の周囲を疾駆し続けながら、京司は気味の悪いビジョンを予見していた。

 あの五感はこちらを遥かに凌駕している。

 対し、速度に勝る京司には微かな不穏が宿っていた。

〝加速〟は肉体にしか適応されず、それ即ち思考の遅延を意味する。

 上げすぎた肉体の速度に脳が追い付かない。『斬る』というただ一点のみに絞りを働かせても、上げ続ければいずれ加減を誤る。

『斬り過ぎ』れば、日向夕陽が捉えた異常五感に捕らえられる。

「おいおいどうした?耐えるので精一杯じゃねぇの」

「そう思うなら、来いよ」

 こめかみを一閃掠め、血液が噴き出す。

 眼球に血が入り視界が半分揺らぐが、今必要なのは視覚ではない為、問題無し。

「はっ!雑魚が、それだけの業物でその体たらく!刀が泣いてるぜ」

『へいへい防戦一方じゃないか。どうした?代わってあげようかい』

(アンタまで煽るなや…!)

 怒りに引っ張られそうになるも、抑え込む。

 受けて軌跡を読むこの行為はかなり神経を使う。余分なことに思考を費やせば、それだけ深く刃は沈む。

 あと十秒。

「ジリ貧とかみっともねぇからやめろよ。サクッと負けりゃ楽になれるぜ?ベル差し出せば俺だって鬼じゃねぇ、終わりにしてやれるってのによ!」

「……幸」

 血に服が赤く染まる。いくら浅いところで踏ん張っているとはいえ、流血が酷すぎれば復帰が難しくなる。

 勝負の刻は今。

「太刀筋、読めたぞ」

〝!〟

 意思を合わせ、意気を放つ。

 条件は揃った。




    -----

 俺の〝倍加〟とヤツの〝加速〟。類似する点はいくつかあった。

 だからこそ、その力の欠点にも心当たりはあった。

 能力と肉体の食い違い。性能に肉体が追い付かない不可避の条理。

 それをどう誤魔化すか?

 速すぎる体を御し切るにはどう制限を課すべきか?

 考えれば行き着くのは容易かった。

(行動のパターン化!あらかじめ斬り方、攻め型を定めておけば思考が置いていかれることは避けられる!)

 攻撃を一つの流れ、作業として纏める。

 正面から斬ったら大きく回り込んで背後から、次は右から。

 そうやって決めておいた動きに則れば、速度をいくら上げようが(肉体の破壊を鑑みた上限の範囲内なら)対応出来る。

 速すぎて見えないことに胡座をかいた戦法と言える。

 だがパターンは刻まれた体の刀傷で覚えた。当然、次に来る手も。

(左側方!)

「おっとぉ!?」

 睨み付けた先で京司が怯む。踏み込んだ左足の先端から、地面を突き破り穿った樹木が盛り上がる。

 ずっと地中で練り上げた木行の力。解放され地面から捌け口を求めた大樹が顔を出す。

「こんなのまで使えんのか!」

「足、浮いてんぞ」

 バックステップで躱した京司を追撃する。地面から足を離した状態なら〝加速〟は性能を発揮し切れない。

「舐めんなッ」

「ぐぅ…っ」

 鷹矢京司は俺とは違う。〝加速〟を抜きでも剣術は並み居る剣豪を討ち取れるだけの技量持ち。

 空中でも剣戟は分が悪かった。神刀を打ち上げられ、鍔を持たない愛刀は後方へ飛ぶ。

「まだ!」

「馬鹿かてめえは!」

 徒手で挑み掛かる俺を京司は全力で罵倒した。あるいは叱咤、だったのかもしれない。

 刀の熟達者に素手で立ち向かうことの無謀さは理解している。

 だけどな、それは前提が整っていたらの話。

 、無謀と断じることは出来ない。

 ボコォ!

「んなっ!?」

 着地した京司の足元が大きく沈む。

 大樹が育つに必要なのは土壌。土の養分を喰らい木は成る。

 五行思想に準え相剋、地に張った根は土の力を殺す理を持つ。

 枯れ果て崩れた大地を踏み、足を取られた京司の腹を打つ。

「が、ふぁっ!」

 見開いた瞳はまだ活きている。柄に伸びる手が抜刀に至る前に横薙ぎの蹴りで太腿を叩いた。〝倍加〟の働いた脚撃で、回転しながら吹き飛んだ京司に反撃の機会は与えない。

「逃がすか!」


『ベルの破壊を確認。勝者Ⓙ陣営の日向夕陽』


「……あ?」

 中腰に突撃の姿勢を作ったせいで、アナウンスによって抜けた力が空振り前のめりに転ぶ。

「え、ベル…壊した?」

 もしかしてポケットにでも入れてたのか?今の足蹴りで砕けたらしい。

「げほ、ごほっ!……なぁんだよ、こんなことなら、もっと大事に持っとくべきだったぜ」

 腹と足を擦りながら立ち上がった京司が、酷く残念そうに吐き捨てた。

「お前の負けだよ」

「そうらしいな」

 荒く吐いた息を戻しながら、京司に近寄る。

「凄いなアンタ、もっと時間があったらその剣術の一端でも教わりたかった」

「お前の本質は刀じゃないだろ。傾倒し過ぎるのはバランスを崩す要因になる、その程度の使い方で丁度良いんじゃねーの」

 悪態のようにそう言ってのけて、京司は俺の体を見回す。

「……俺が言えたことじゃねぇが、さっさと手当てしろよ。血ぃ、やべぇぞ」

「分かってる…」

 ぐいと顔の血を拭うが、それよりも全身の切り傷が深刻だ。汲んできたクリスタルレイクの水で迅速に応急処置した方がいい。

「さぁて、俺はどうするかなー」

 俺の与えたダメージをものともせずに、京司は伸びをしながら空を仰ぎ、

「…………お、い」

 視線を上空に固定したまま、

「なんだ。アレは」

「何がだよ」

 並々ならぬものを感じ、京司の倣って空高く顔を上げる。


『同意しますか?Ⓙ陣営の日向夕陽、この戦闘に同意しますか?』


 アナウンスはどこまでも我関せず、素知らぬ声音でただ告げる。

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