VS草陰

 竜退治を終え、肉塊を一つ抱えて山麓へと戻る。

 感想から言って美味しくはなかった。

『調理法にもよるだろうけどね。しかしどうやってもその筋張り方では限度がありそうだ』

「噛みづれぇ…!」

「…っ、っ……!」

 幸には極力柔らかめな部分をあげたが、それでも咀嚼に四苦八苦していた。

 四戦交え、拠点に戻ればもう日暮れ。火を焚いて肉を調理する頃には夜になっていた。

 正直、これはかなり厄介な戦争だ。予想していた以上に。

「思考能力、言語、意志。有無に係わらず攻撃してくるヤツは来るんだ。同意がなくても……いや」

 同意を得られなければ得るしかない状況に持ち込めばいい。

 今戦争では敵意を抱いた時点で条件としては成立する。そして一度成立してしまえばどちらかが負ける。逃走は敗北に繋がる為逃げられない。

 詰みだ。

 同意前の攻撃的行為によるペナルティーを度外視さえすれば。

 つまり陣営との協力関係、社長への貢献、利害の一致。それらを惜しまなければ。

 連中は容赦なく先制を叩き込むだろう。

『睡眠中は私と篠で絶えずモニターを続けるから、そこは心配しないでいい。ただ』

「不意急襲的な動きには注意が必要…ってことですよね」

 あの竜のようにいきなり仕掛けてくる場合だってある。

 警戒は厳とせねばなるまい。

「……とか、言ってるそばからこれか」

『そのようだね。来るよ夕陽、先の竜ほどではないが大きい』

 接近する大重量の金属音に、寄せた眉根が戻らない。

 夜闇に紛れそうな灰色の塗装を施した人型のロボット。他陣営との戦闘の影響なのか、体の各所から煙を噴いていた。

「……次の、相手か」

 やはり昼夜を問わず敵は来る。

 空から舞い降りたロボットは、俺の正面に立つや機能停止したようにその場に留まっていた。

「待ってるのか。俺の準備を」

 竜よりよほど紳士的なロボットだった。あるいは自陣営へ悪評を流さないようあえてそういう風にプログラムしたのかもしれないが。

「なら無用だよ。俺はいつでもやれる、始めよう」

 テントから離れ、焚き火の灯りからも遠退いた薄暗いそこで、俺は拳を握って戦闘を促す。

 灰色のロボットも、それに反応しゆっくり歩いて俺から一定の距離を取った。

「Ⓙ陣営の日向夕陽、♦陣営の草陰。双方の同意を確認。戦闘開始まで5、4、3、2、1、始め」

 今度はスムーズに幕を開けられた。

 カウントダウンの段階から〝憑依〟は済ませ、開戦の合図と共に真っ向から駆け出す。

 対して草陰は煙を引いて大きく後退しながら筒状の何かを三つほど射出した。

 砲弾かと警戒したが、放たれたものは走る俺の進路のどこにも着弾しなかった。どころか軽い音で落下し地面に転がる。

 正体に気付いたのはそれが勢いよく煙を吐き出してからだった。

(煙幕!)

 掌に生み出した火球を正面に飛ばす。煙に紛れた草陰には避けられたが構わない。

 本命は着弾で発生する爆風。煙が一気に晴れた。

 ただし、今度はその逆側から煙が押し寄せる。

(いくつ持ってんだコイツ!)

『撹乱を狙いに重点を置いた機体だ。正式名称清夜。実弾と物理兵器。相性は悪いね』

 データを参照して特徴を教えてくれる日和さんに頷く。その間にも濃くなっていく煙の奥から銃弾がバラ撒かれた。

 明らかに俺の位置を把握している。

「ありゃ熱探知ですか?」

『ロボットだし色々あるんじゃないかな?相手はAIだしきっと使い分けてくるよ』

 不利なのはこちらだけ、向こうに動きが筒抜けなら隠す必要は無い。

 叩き壊す。

(五行解放。幸、喚び集めてくれ)

 人間の俺には精霊の声は拾えない。幸に喚び掛けてもらい、集った力を俺が束ね具象とする。

 辺り一面に靴底が湿る程度の水を張り、強化した聴覚で移動に際し発生する水音を探る。

 後方右斜め、ブースターが水を叩く。側面へ跳ぶと同時に機関銃が炸裂した。

(俺の五行は大した威力を出せない、けど…)

 ようはやり方次第だ。

 右手の内の発火に風を送り火力を上げる。大気を喰らい膨張する火球はみるみる内に膨れ上がった。

『そういうこと。足りなければ合わせればいい。五行の本質とは属性の優劣を掛け合わせる相剋と相生にある』

 楽しそうに日和さんはインカム越しに俺の意図を読んだ。

『単一の属性を極めなければ威力を出せないのは三流。一流は極小の二つを掛けて一つの極致を上回るものだ』

(…天機)

 視界は見えない。だが俺には敵の接近が分かる。

 飛翔により水音を避けた草陰を確かに捉えていたのは、俺の左手にある一枚の白い紙札。

 敵の存在を、札を染める黒色の具合によって知らせる紅葉からの餞別。

「隠形!」

 紙札が真っ黒に染まるタイミングで身を伏せ、疑似開帳。

 生憎と性能の違いが出た。視界を覆う程度の目眩まししか使えないロボットが、あの子の 力を見抜けるわけがない。

 センサー類をフルに使っても感知出来なかった草陰の脇腹を抉るように巨大な火球をぶつける。

 燃え広がり火炎の衝撃に呑まれた草陰が今度こそ機体破損による黒煙を噴いた。

『ベルは胸部右側。まだ機能は死んでないよ』

(俺が力に慣れるまで黙ってやがったなこの人!)

 刀を抜いて向けられる前に機関銃を握る腕ごと斬り捨てる。拳銃はそもそもこの距離だ、使わせない。

 草陰も刀を抜いて応じるが動きが鈍い。火球の一撃が響いている。

 量産された一般武装など問題にならない。亀裂の走った草陰の刀を砕き、柄で胸部装甲をカチ割る。さらに射出されかけた煙幕筒も意味は成さず。

 必要最小限に破壊した装甲へ貫手を突き入れ、持てる渾身の火行でこれを爆破。


『ベルの破壊を確認。勝者Ⓙの日向夕陽』


『お見事』

(こういう敵も……まぁいるとは思っていたけどさ)

 まだ弱い部類だった…方だろう。おそらくは戦闘を主眼としていない機体。

 索敵、あるいは偵察。

 それらに準じた敵機と見てほぼ間違いない。

 今後もこの手の相手が現れる可能性を考慮すれば、丁度良い肩慣らしだったと考えられるか。

 半壊した草陰が魔方陣に取り込まれ消えていくのを見届け、テントへと戻る。

 一日目の夜。

 ひとまずは仮眠を先決すべきか。

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