vsマリス
「日和さん…」
『うん、ごめんね。今回ばかりは本当に謝るよ』
プカプカと湖の縁で仰向けに浮いたまま、虚空を見据えたまま話す。会話の相手は今は遥か遠き故郷の世界。
『幸に危害を及ぼすことになるのは君的には御法度だったよね。今後は気を付ける』
流石に日和さんもいつもの調子から外れ、素直な謝罪をしてくれた。ただ、正直これは八つ当たりだ。
「俺が悪いんですよ。こんな、何が起きるか分からない場所で、一瞬でも離れるべきじゃなかった」
警戒意識の不足。たったそれだけに尽きる。
「……」
縁で半身浴を続ける俺の隣で、着物を膝まで捲った幸が両足を水に浸して遊んでいる。
この子は悪意に弱い。あんな野郎に凶器を押し当てられて平気なわけがなかった。俺を案じて平静を装っているだけだ。
「幸」
腕を上げ手を伸ばす。水に濡れているのを気にせず、小さな右手はしっかりと指を絡ませて俺の手を握ってくれた。
「怖かったろ。ごめんな、次はもっと慎重に動くよ。だから」
手を繋いだまま、空を見上げる。この湖の水は何やら鎮痛作用なり回復向上の効果なりがあったようで、浸かっているだけでいくらか体は楽になった。血も止まっている。
出来ればもう少しこうしていたかったが、仕方ない。
「だから、頼む」
「…っ」
『健闘を祈るよ、夕陽』
『双方の同意を確認』
またしてもアナウンスは遅く、そして空から強襲する敵の存在にいち早く気付いた俺達の初動は速かった。
『男の子なら、竜殺しの二つ名くらい持っておかないとね』
「…ま、浪漫では、ありますか」
『Ⓙの日向夕陽、♦のデミドラゴン・マリス。戦闘開始まで5、4、』
火球が着弾し、爆炎が周囲の木々を消し炭に変えた。
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「晩飯はコイツにしてみるか」
幸との〝憑依〟による大跳躍で上空の竜の顎を蹴り上げ、そのまま背中へよじ登る。
『硬そうだが何事も経験だ。竜肉も少し興味があるね、鱗はかなりの強度らしいからかなり力を入れないと砕けないよ』
拳銃弾程度なら通じないという情報らしいが、〝憑依〟込みの俺なら貫ける。
それにまだ、使っていないものもある。
(やって、みるか!)
〝!〟
意識を混合した相棒と精神を繋ぎ、性質を借りる。
首を振るって頭角が唸りを上げて迫る。抜いた神刀で受け止めるが、足が離れ体が宙に浮いた。
「ふっ」
落下死を許さぬとばかりに翼を畳んで急降下した竜の爪撃と打ち合う。
巨大な竜の膂力は桁違いだった。さらに空中ということもあって踏み込みと踏ん張りが利かない。
それでもほぼ互角の威力で相殺できているのは理由があった。
一つは無論のこと〝倍加〟による強化。そしてもう一つは。
「らァッ!!」
振り抜いた刀が、接触の間際に爆ぜる。
峰の部分から火炎が弾け、その後押しで強引に力を乗せていた。
先の火球の際にも、全身を水の膜で覆うことで熱波から身を守ることに成功している。
つまりは幸を介した精霊種の力、その使役。
日和さんとは違う方法で用いる五行の術。
あの人のように馬鹿でかい火の玉で焼き尽くしたりといった真似は到底出来ないが、本来の戦闘スタイルに組み込む程度なら扱える。
「ぐう、うぅあああ!!」
爪を数本折られ焦れたか、竜は俺の眼前で大口を開けた。粘つく口腔内から何か唾液ではないものが溢れ出た。
ガソリンに似た臭い。まさか。
「させるか」
狙いを定め、向ける人差し指。
その先端から圧縮された水弾が飛び、竜の片目を叩いた。
吼えた竜の口元が弛む。
「悪い、目薬にしては勢い良すぎた」
微塵も悪いとは、思ってないが。
両手で振り落とした刀が鼻先の鱗を砕き、開いた口を強引に閉める。
次の瞬間、竜の咥内で轟音が鳴り渡り、牙を破壊して炎が吹き荒れた。
「ベルは!」
『後頭部の鱗の下、らしいよ』
焼け爛れた内部の激痛に暴れ回る竜の角を蹴って背後を取る。
四度の斬撃で罅割れたクリアな鱗の先に小さなベルが見えた。刃を突き立てる。
(まだ硬い…!)
片膝立ちで刃を半ばまで刺し込んだがまだベルには到達しない。
突き立てた刀の柄上に小さな火の玉が五つ灯る。
幸越しに火精へ飛ばす意思は単純。
(穿て)
ボボボボボゴォッ‼
さながらパイルバンカー。爆発の勢いを受け、止まった刃が五度の進撃でベルを貫く。
『ベルの破壊、及びマリスの絶命を確認。勝者Ⓙの日向夕陽』
進み過ぎた刃が脳まで達したのか、竜は咆哮を上げ続けながら地表へ墜落した。
『強制送還の前に肉を貰っておきなよ。素材剥ぎ取りは早めにね』
「了解でっす!」
風精の発動で落下の衝撃を緩和しつつ、なんとか戦力として利用できそうな気のする五行の応用法を考えていた。
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