VSメルロレロ・ルルロポンティ(前篇)
二日目、朝。
「つつ、流石に全快とはいかないか」
のそりとテントから這い出し、軽く背伸びする。包帯の巻かれた身体のあちこちはまだ鈍い痛みを放ち続けていた。
「…」
「うん、おはよう幸。今日も頑張ろうな」
現時点で撃破数は七。同じ陣営の連中がどこまでやってくれているかわからないが、少しでも他陣営の敵を倒しこちらの勝利に近づかねば。
『んむ、おはよう。よく眠れたかね?』
支度を整えてインカムを装着したタイミングを見計らったかのように朝の挨拶が耳に入る。
「おはようございます。夜通しありがとうございました」
『なに、たいしたことじゃない。篠と代わる代わる仮眠を取りつつだったしね』
軽く朝食を済ませ、紙地図を広げつつ話す。
「ところで昨夜はなんすか、準備とかで引っ込んでたみたいですけど」
『ん?うん、まあ、そうだね。予感がしたからそろそろ出た方がいいかなって』
思わせぶりな発言に、思わず期待が湧いてしまう。
「来てくれると?」
『ルールの追加が行われるらしい。無論、メインで動くのは今後も君だが…仮に昨日現れた数体の敵のように、君が確実に殺される相手が出た場合の代行程度に考えておいて』
単体で山一つを吹き飛ばした怪物の余波にやられたのが効いたのか、此度の日和さんは普段より協力的だ。おそらく本当にやばい時しか助けてくれないんだろうけど。
「了解です。…それじゃ、今日はこっちに行ってみようか」
指でトンと指したのは戦域の北西、かつて森だった場所。
その一角アッシュ・ブラック。
―――――
「どこ来てもひでぇなこの世界は」
口元を手拭いで覆って、周囲の黒い木々を見回す。
黒焦げの森、その名通りに炭化した無数の樹木が乱立し散乱するここは、呼吸するだけで砕けた炭の粉塵を吸い込んでしまい気分が悪くなる。幸には森に入る手前で〝憑依〟を使用し内側に避難してもらった。
(なんの為に焼いたかは…知らないままでいた方がよさそうだ)
日和さんに訊ねればデータベースから情報を引き出してくれるんだろうけど、あまり知りたいとも思えなかった。
どうせあのどうしようもない『カンパニー』のことだ。ロクでもないことに決まっているのだから。
朝の八時半。過ぎてみれば開戦からもう二十時間を超えた。
……もう少し、ペースを早めた方がいいか?
(敵の数は多く、こっちは少ない。純粋に一人当たりのノルマは他と比較にならんほど高い。チンタラやってる場合じゃねぇか…)
密かに焦りを感じている最中、ふと黒一色の不気味な森の中に違う色を見つけた。
炭の混じる黒土に広がる楕円の赤。
(交戦の跡、こんなとこで戦った奴らがいる)
それも一人二人程度の血痕じゃない。十人そこらは死んでいる。そのわりに死体も、その欠片も見当たらないのが不思議っちゃ不思議だが。
ただ何かがいるのは確かだ。この奥から感じる魔性の気配は、間違いなく。
「ようやく、こっちの世界に噛み合う相手が出たか」
躊躇いは無い。同化した幸と心中で頷き合い、足を前へ運ぶ。
この感覚、俺の直感が正しければ敵の正体、その本質を知っているもの。
『突然だが夕陽。私達の世界では人の想いは何よりも強いものとして認知されているのはご存じだね?』
飛び回っていたカラスの姿さえ消え、静寂な森をひた進む俺の耳には彼女の声しか聞こえない。
『人の感情が人ならざるものを産み落とす。それだけじゃなく、人の想いが寄ったもの、想いが積み重なった物にも同様に力は宿る。付喪神がその最たる例だ』
姿はまだ見えない。ただ気配そのものは拡大し、拡散する。
曇天の空は満天の星空に。黒炭の森は塗り潰され、メルヘンな色とりどりの世界に描き変えられる。
異世界の地でさらに切り取られる異界の領域。
『アレもその一つ。人の想いの先、零れ出した夢の一端』
巨大な絵本が開く。誰かの想いを曝け出して、一体のマネキンはぎこちなく顔を上げた。
『双方の同意を確認。5、4、3、2、1』
「概念種の人外」
『まさしく。しかしてそれは人の夢。覚める時が来たというわけだ』
後ろ腰に提げた刀を鞘ごと手に取る。相手がこの手のモノならば、刀は抜く必要すらない。触れた傍から、この一振りは人ならざるものを滅ぼす。
『交戦開始』
初動は同じ。突撃する俺に対するように背に巨大な絵本を浮かすマネキンは後ろへ下がる。
速度は〝倍加〟を巡らせた俺の方が上。だが距離を詰める前に、ひとりでに破れた絵本の紙片が騎士の形となって向かってくる。
「邪魔だ」
それぞれ刀剣やら槍やらを持って攻撃してくるが、動きも技量もたいしたものではない。一体一撃で確実に始末して前進を目指すものの、数だけは非常に多かった。
十が気付けば二十。倒したと思えば三十に。
絵本から千切れて落ちる紙片がどんどん騎士を形作る。
本体らしきマネキンは絵本の前で立ったまま、ギシギシと関節を鳴らし両手で握る筒でこちらを覗いていた。
「舐めてるのか、それとも何かの能力の予備動作?」
『後者だね。物見と創造の魔法、あれで視たものを再現することができるらしい。何を視ているのかまではわからないけど、異能の再現も可能かのかね?』
呑気に疑問を口にしている日和さんに付き合っている暇じゃない。もし仮にこちらの手を全て暴かれた上で再現できるのだとしたら相当に不味い事態だ。
(マネキンを壊す!)
ぐっと強く踏み込み、解放。紙騎士の群れを跳び越え一気に本体のもとへ。
「っ!」
空中にいた俺の足首に鈍痛。見下ろせば、そこには騎士の一体が爪を食い込ませ足を締め上げているのを確認する。
紙騎士同士は十数体で足を掴み、一本のロープのように連なって空の俺を捕らえていた。地上で踏ん張っていた四体が一斉に掴んでいた騎士を引くと、それに連動して全ての騎士が、また末端の騎士に掴まれていた俺までもが地表に叩き付けられる。
「くっそ!」
掴んでいた騎士を木刀で消し飛ばし起き上がるが、もうその頃には飛び掛かる騎士の総勢に囲まれていた。
(…せめてっ)
腰のホルダーから符を一枚取り出し、狙いを定め投げつける。
直後に雪崩れ込むように頭上と前後左右から騎士の圧迫に見舞われた。
―――――
絵本の紙が底を尽き、ようやく最後の一体にとどめを刺して向かい合う。
騎士の包囲に呑まれる寸前に射出した破魔の符は霊力の弾丸と化してマネキンの手にある筒を貫いた。これで物見の魔法とやらは封じれたはずだった。
だが、
『手遅れだね』
「…まさか」
眼前の光景に、日和さんの言葉に、動揺し狼狽する俺の心に幸が同調した。
随分と薄っぺらくなった巨大な絵本は、そのまま青いマネキンの背に吸い寄せられるように消えてしまう。そうした後に起きた変化は、やけに既視感のあるものだった。
ガタガタだった関節は滑らかに駆動し、作り物の肌に血色が宿る。
虚ろな瞳に光が灯り、そして黒い長髪は光沢と艶を放っていた。
取り込んだ。
いや。
取り憑かせた。
『異能は君自身に宿るもの、たとえ理解できたとしても再現など土台不可能な話さ。だがそれは違う。構成、構造、システムさえ理解できたのなら、発動自体はさほど驚くことじゃない。元より概念種とはそういうものだからね』
形代が行った、儚き〝憑依〟とその結果。
人の夢を纏った人形の、断末魔にも似た抵抗が始まる。
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