VSメルロレロ・ルルロポンティ(後篇)


「篠、ここを頼むよ。一応、閃奈に蓮夜、それと紅葉にも声は掛けておいたけど。私の支援は余裕のある時だけで構わない」


 何かが近づいていた。それは翼を持ち、高速で飛翔する何か。

 オペレーターとしての遠隔感知でも捕捉できないそれを、日和は自前の能力で見つけていた。

 同時に、日向夕陽の死を予感する。


「はい。お任せください」

「んむ。では行ってくる」

『これより異世界転移による個体登録を行います』


 手に取ったベルからそんな音声が流れ出し、日和は露骨に顔を顰める。


「手早くしてくれ」

『所要時間は十分ほどです』

「いいから早くしろ。もしこれで手遅れになるようなら貴様ら異世界陣営の首を片っ端から刎ねて回る」


 こと実の息子のように溺愛する少年のこととなると自制が甘くなる日和の言葉に嘘は含まれていない。

 この十分の間で夕陽の存命が途絶えた時、間違いなくこの一件に関わった全ての生命は彼女の手によって殺し尽くされるだろう。




     ―――――

 まずありえない〝憑依〟の使い手同士の闘い。優位性は断然俺にあった。

 奴は〝憑依〟を理解したが、解るのと使いこなすのは別の話。加えて年季の違い、幸との同化に慣れ親しんだ俺に分があるのは必定とすら言える。

 絵本ほどではないにせよ巨大なことに変わりないマネキンの動きは精緻さを増し、巨躯に似合わぬ機敏な動きを見せた。

 とはいえ、今さら大型小型程度のサイズ差の戸惑うこともない。人外が皆一様に人と似たり寄ったりの姿形でないことはとっくに知っていたこと。

 まるっきり生きた人間そっくりに化けた〝憑依〟使いのマネキン人形は、髪を振り乱して暴れ回る。

 破魔の木刀を持つ俺にとっては恰好の的。正面から当たるだけで指が折れ拳が砕ける。

 人外特効の破魔がここまで通用するのは異世界系列では初のことだ。これまで元の世界でどれだけこの力に助けられてきたのかがよく分かる。

 だがそれでも止まらない。痛みを知らない人形は砕けた拳を新たに尖った鈍器と化して殴打を繰り返す。

 経験の違いを覆そうとする器の違い。人の身である俺が使ってこれほどなら、人外の器で扱う〝憑依〟はそれ以上。

 精密さを問わない、ただ純粋なパワー勝負なら負けている。

 そこから先は遺憾ながらに俺の得意とする展開。

 つまるところ泥仕合だ。

 殴る、殴られる。蹴って蹴られて、投げて倒されて、踏んで極められて、掴んで持ち上げて、吹き飛ばして叩きつける。

 一撃の重さは人形だった。破魔の効力はその三倍敵に強く作用していた。

「く、はぁっ…は、ぜえっ!」

 水色の少女趣味な洋服はボロボロで、それを纏うマネキンは洋服以上に破壊に破壊を重ねられている。

 物見の魔法とやらの解析があと少し早ければ、紙騎士に手をこまねいていた俺はやられていたかもしれない。

 深く深く呼吸し、痛みを和らげる。

「…お前は、何を見た?何を見たかったんだ」

 人の夢と書いて『儚い』。

 この人形は。……いや。

 あの少女は。夢の先に何を求めたのか。

「俺にはわからんが、いい加減目を覚ますべきだよ」

 夢とは、叶わなければいずれ覚めるもの。往々にしてそういうものなのだ。

 俺の叶えたい夢も、今はまだそのどちらに行き着くことも出来ずにふよふよと漂っているだけ。

 言い様のない感情の中で、俺は刀を握る。

 壊れた身体のまま作り物の星空を見上げるマネキンは、もう俺を見てはいなかった。

 せめて一瞬で。そう考えながら人形の急所を探していた俺の中で、突如警鐘が鳴り響いた。

「…………ぁ?」

 逃げろ、逃げろと。

 背中から心臓を突き潰す死の予感が迫り来る。

 言葉も、動作も、防御や回避の思考さえ追い付かなかった。

 空が割れ、光が堕ちる。

「あがッ…!?」


『メルロレロ・ルルロポンティの死亡、及びベルの破壊を確認。勝者日向夕陽』


 場違いにも程があるアナウンスがくだらない報せを告げ、光の斬撃に巻き込まれた俺の勝利数が一つ増える。

 アナウンスは轟音の中で延々と何かを垂れ流していた。


『続けて―――との戦闘に同―しま――?』


 抜刀に伸ばした腕が斬り飛ばされる。アナウンスは人形の展開していた結界を外側から破り壊した相手との交戦の是非を問うている。


『繰り返――す。―――との戦―に――し―――?』

「……、…」


 手足が千切れ、白光に呑まれそうになる俺の思考を幸の干渉が救い上げる。小さな大事な女の子は、俺のあまりの惨状に泣いていた。

 不味い、死ぬ。


(〝形、代……穢払!!〟)

「―――人の子よ。我を敬え」


 一つだけ貰った身代りの札で蘇生するも、全力の〝憑依〟は光の刃にまるで太刀打ち出来ない。

 結界の失せた黒森の中で眩く輝く何者かの光が幾筋も伸びて森と大地を引き裂いていった。

「敬服せよ、平服せよ。崇め奉れ、信じ仰げ。人よ、人よ」

「おォああァアアああああッッ!!」

 神刀全解放、布都御魂の一振りに意識の全てを委ねる。〝憑依〟に染まる肉体が神気に当てられ裂傷を及ぼす。

 しかし、それでも。


「人よ。永劫届かぬそらを畏れよ」

『確認。双方の同意を確認』


 それでも駄目だ。コイツには、勝てな


「いいやよく堪えた。君の勝ちだよ」


 視界を覆い尽くすほどに密集していた光刃が掻き消え、巨大な浮遊物体は地上へ叩き落とされた。

「立ち向かうことだけが抵抗じゃない。負けと知って挑むことが勇敢なんじゃない。君の選択は間違いなく最善だった。おかげで」


 傷だらけの身体が、ついに立つこともままならず両膝を着く。

 俺はあの怪物を恐れた。勝てないと知って敵意を捨てた。迎撃はあくまで生存本能からのもの。

 俺は、この戦闘に心身共に同意なんてしていなかった。


『❤陣営のエリステア、Ⓙ陣営の日向日和、双方の同意による交戦までカウント5、』


「おかげで、私が闘える」


 俺の知り得る限りでの最強が、そこでにっこり微笑んでいた。




     ―――――


   日向 日和


   《人物詳細》

 装飾品も身に付けず、化粧もせず、服にすら気を使わない無地のシャツに金色ラインのジャージズボンという完全自宅だらけモードの格好。

 ヘアゴムで束ねた肩甲骨程度まで伸びた黒髪を背中に流し、ロクな準備運動も無しに着の身着のままでの異世界転移を実行。

 ベルはどうせ戦争終了と同時に消え去るのだからと飲み込んだ。日和にとっては自らの死はあり得ないことで、だからこそ最も恐れるのはベルの破壊という敗北条件だった。

 通称最強。

 自称最強。



   《能力・装備》


 ??? 





     ―――――


「さぁ、来なよ天上の引き籠り。薄っぺらい信仰を求めて降りてきたのが運の尽きだ」

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