VSエリステア(前篇)


 神は人の決めた規定ルールには従わない。

 彼女は戯けた異世界連中の求める条理レールなど辿らない。


 交戦開始の残り四秒なんてものを数えるアナウンスにはどちらも耳を傾けない。


「ちょっとだけ返してね」

 斬り飛ばされた際に落としたものを、いつの間にか拾っていた日和さんが利き手に緩く握る。

「待っ…日和さん!」

 制止の声も間に合わない。

 駄目だ、その攻撃は防げない。

「平気だから、そんな顔しなさんな」

 半身だけ体を振り返り、日和さんは見もせずに光の斬撃を片端から消し飛ばす。

 同じ武器を使っているのに、起きている現象はまったく異なるものになった。

「文字通り格の違いというやつか。神格持ちは次元の異なる力を振るうが、対抗策なぞ山程あるのさ」

 借りていた破魔の白刃は、本来の使い手に渡った為かより強い神気を放出しているように見える。

「例えば異能による抵抗。君も無意識の内に〝干渉〟を用いて足掻いていたじゃないか。性能が神格に追い付かず拮抗し切れなかったから防御不可に感じただけ。普通なら細切れに分割されているところだ」

 抜いた漆黒の木鞘を俺に手渡し、日和さんが俺の胸倉を掴んで引き寄せる。

 目と鼻の先で真っ直ぐ見つめられた。

「ひ…日和さん?」

「本当ならこの闘いを見せたかった。君の今後の為にもね。でも巻き込んでしまうから……夕陽、〝倍加〟で身体耐久を引き上げなさい。幸も夕陽を守って」

 何一つ口にすること叶わず、日和さんの細腕に体が浮き上がる。

「全身体能力、〝倍加千倍〟」

「ッ」

 強烈な重圧と浮遊感。子供を見送る親のように片手を振るう日和さんの姿が二秒で見えなくなり。

 俺はアッシュ・ブラックから強制的に離脱した。




     ―――――

「あとはまぁ、手軽くやるならこう」

 空高く投げ飛ばされた夕陽へ視線を向けた一瞬で日和は間合いを詰める。より輝く真白の刀身はただならぬ霊力に満ちていた。

「神代三剣の異名は伊達じゃない、ってね。これは紛うことなく神域へ届く大業物」

 伸ばせば手で触れられるほどの距離で、刀と光は鎬を削る。

「人の子が、神代の神秘に触れるか。愚かここに極まれりよ」

「出たよ神様アピール。なんでもかんでもを担ぎ上げるだけの玩具か何かと考える、その愉快な頭はどこまで腐敗が進んでいるんだ?」

 弾くだけで散らばった神性が世界を蹂躙する。森は半分以上を消失し、光の残滓が砕いた物質ごとあるべき天上へと還る。

 神刀・布都御魂はそれそのものを以て神格に刃を通すものだが、ただ単純に斬り捨てた人ならざるもの、霊障怪異心霊その他諸々の力を還元した上で貯蓄する性質もある。

 故に敵が亡霊ならば霊力で。

 故に敵が神霊ならば神力で。

 同格同質の力で敵を討ち、滅ぼす。

 常に人と人外との闘争の中で使い手を変えてきた神刀には錆も曇りも付いてはおらず。

 その刃、これまで五の神格を喰らいて今代へ至る。

 その内の三が日和が使い手として振るい始めて先のものだった。

(……わりと警戒してはいたんだが、異世界の神とはこの程度か?)

 日和の知る神といえば、指先一つで見える一帯を消し炭に変えたり、時を逆戻したり、視界を埋める大軍勢を複数呼び出したりしたものだが。

(これが信仰を求める理由か。これでは神格手前が関の山だ。そもそも)

 第三者からでは何がどう動いているかも分からない攻防が、両断された光の翼を切っ掛けにして傾く。

 重心のズレか、はたまたあるのかも不明な痛覚によるものか。ともあれグラリと揺れたエリステアの腹部へと掌底がめり込む。

 さらに掌から具現した火球が指向性を付与され爆散。

「〝劫火ごうか壱式・鳳発破ほうはっぱ〟」

 かつての退魔一族が扱っていた五行隷属使役法、基本を踏襲した火行の壱。

 爆熱を受け、唸るエリステアの巨躯が地面を離れ浮き上がる。

 スニーカーの爪先が地を小突く。強引に励起させられた精霊種が力を万象へ変異させる。

「〝壌土じょうど漆式・牙嚼宮がしゃっきゅう〟」

 エリステアの真下の地盤が丸ごと生物のように蠢き、突き出た巨大な一対の顎が両側から敵を閉じ込めた。

 内部は鋭い棘の生え揃う拷問具が如くに対象を刺し穿ち致命傷を与える。直撃ならば即死の術式。

(そもそも本物の神なら、精霊を基調とした術なんて通じない)

 天神種、魔神種を相手にしてきた経験のある日和にはそれが不思議でならない。

 何故神を名乗る輩が、の法則に抗えないのか。

「…話にならんな」

 過保護が過ぎたか。これなら出張る必要は無かったかもしれない。

 早々に片付けるべく、天を衝くように聳える巨大な顎を直上から縦に断ち切る。

 そして、

「……ふうん?」

 内部で噛み潰されていたはずのエリステアの姿はどこにも無かった。

「話にならぬな」

 そして背後から嘲りを含んだ声が放たれる。

 人の体など容易に粉砕する拳のラッシュを刀で受け流しつつ、思考に耽る。

(瞬間移動…転移の類か。四門家じみた真似をするな)

 光を操る神性故か、拳の動き一つで光が瞬き衝撃波を伴って日和の皮膚や髪を掠めていく。

「光の斬羽はどうした、えらく燃費が悪いんだね」

「人の子一人葬る程度、必要に駆られるものでもない」

 嘘だと確信する。

 身を纏う神性に制限を課されている現状、エリステアは本来の性能を発揮し切れていない。十全ならば常時展開出来ているはずのものが出来ていない。

 上限あるいは使用時間が設定されている。

(ざっくりだかおおよそ二、三分か。翼はどうかな、ここへ来るまでの時間も合わせれば連続稼働は十分に満たないはずだが)

 考え事に浮わついた刀捌きが鈍り、思考の継ぎ目を狙われた。

 心臓を抉る軌道を刀の腹で受けるが片足が威力に浮かされる。間髪入れず繰り出された脚撃でついに両足が地面から剥がされた。

 途端に知覚不能の瞬間転移。

(は、厄介だな)

 背後を取られた日和が真横に吹き飛ぶ。森の残骸に突っ込んで炭の粉塵が巻き上がった。

「逃がさん」

 倒したとは思っていない。首を捥ぎ取り心の臓を潰すまでは。

 再びの転移―――は、不発。

 躯が動かない。殴った拳の甲には一枚の符が貼り付いていた。

 身縛りの術、〝物忌ものいみ峻拒しゅんきょ〟。

 からの。

「〝劫火玖式・活槍燼かっそうじん〟」

 動きを止めたエリステアを囲う大焔の槍が七本、神を串刺し爆ぜた太い火柱が空へと昇る。

「…なんだいこれ、黒炭じゃないか。わかってたらもっと違う場所に飛ばされるよう誘導したのに」

 汚れた服を手で払いながら不満顔の日和が現れた。

「……それで」

 火柱が失せたあとに残ったものを見て、つまらなそうに彼女は呟く。

「それは何の真似だ」

 大きな白い繭が、焦げ目も付けずにその純白を死守していた。

 警戒心も漫ろに一歩二歩と近寄る日和へと、中空に発生した無数の光弾が一斉に狙いを定め放たれる。

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