VSエリステア(後篇)
アッシュ・ブラックは更地と化した。
光の弾幕は途切れることなく重機関銃の掃射に似た勢いで白繭周辺から吐き出し続けている。
神力に対抗出来るのは神力のみ。神刀による迎撃と高速移動での回避で繭の周りを大きく円を描きながら走る。
(さて、あらかた出せるものはぶつけてみたが効果無し。繭化して位相ごと次元を区切っているのが妥当な線か。時空の彼と原理は一緒だね)
あらゆる攻撃が干渉を拒まれている。効かないのではなく届いていない。
(どうせこれも無制限ではないだろうし、光弾とじゃれてる内に解け―――)
冷静に敵を倒す算段を練っていた思考が中断される。
無数の光弾が殺到する中で、一つだけ白繭の真上で体積を膨らませ続けているものがあった。
今更巨大な光弾で仕留められるなどとは考えていまい。避けられてエネルギーを無駄に消費するのがオチだ。
ならアレは何を狙っている?
全てを察した。
「…〝我が身は陽を宿す者〟」
燃え上がる殺意を言葉や行動に移すだけの無意味な行動は起こさない。
ただ唱える。
奴は日向日和の逆鱗に触れた。よりにもよって、彼女が唯一感情を揺さぶられる人物へと矛を向けた。
日和を殺すことに手間を覚えたエリステアは、遥か彼方へ投げ飛ばされた少年を狙う。
こうすれば、必ずあの女は守る為に動くから。
不完全な神は人のそんな部分を愚かと断じていたから。
「〝重なる陽極を讃え、納めた祝詞に誓い是に遵守を示せ〟」
投げた方向は把握している。膨張した光弾は今まさに遠方の地へ向けて発射されようとしていた。
大きく跳び、その射線上に割り込む。
「〝その陽は撫ぜ愛でる調和の恩光〟」
それは棄てた名、使うことを避けていた銘。
久方ぶりに取り戻す。
「真姓解放、『陽向日和』」
退魔の血筋が名に背負う大いなる陽光の性質。
陽向日和は『晴和なりし重陽を仰ぐ者』としての真価を名に秘める。
大気を歪ませ、巨大な光弾が繭から飛来した。ソニックブームを伴う光弾は着弾まで秒すら必要としない。
だが突き出された掌はその勢いを全て受け止めた上で対抗する。
「ふん」
常識外れ、人にして人を越える者。かつて数体の神を制し、『神殺し』の人間すら殺してみせた規格外。
触れれば消滅する神の光を、よりにもよって素手、片手で押さえ付けていたのにはエリステアですら疑惑を覚えた。
白繭が微振動し、声を作る。
『人に非ず、貴様は人に非ず』
「好きに吠えておけ外道。これを除けたら殺してやる」
酷薄に告げる表情は冷たい。その内で如何に激情が唸り捌け口を求め荒ぶっているか、件の神には知る由も無い。
日和とは書いて読む字の通り、麗らかな日差しの下に和むこと。
和、とは。
和らぎ、柔らかく、穏やかに、のどかに、静かに、晴れやかに。
この一文字に集約される意味は数多くあれども、そこには無論のこと共通する項が存在する。
昂っていたものが和らぎ、強張ったものが柔らかく、荒ぶれば穏やかに、慌ただしくはのどかに、喧しければ静かに、曇りが晴れに。
転じる力、整える力、抑える力。それが『和』の言霊。
過剰なものを定値へ引き戻す。あるいは不足まで落とし込む。
激流を整流へ、あるいは緩流へ調整することを日和は、その真名は可能とする。
その力を前に、神の力などはもう『ただ強力なエネルギー』の程度にしか成らない。
人間の力でも組み伏せられるほどの威力にまで低減させられた光弾を五指でしっかり掴み止め、深呼吸一つ。
「せ、ぇ……のっ!」
逆手に持ち変えた神刀を振りかぶり、下段からの斬り払い。
縦に別れた光弾は与えられた指向性を失い、それぞれがあらぬ方向へと地を削り空を割りながら消えていった。
夕陽に害を及ぼさなければそれでいい。あの別たれた極大のエネルギー体がどのエリアへどんな被害を与えようが知ったことじゃない。
着地し、即座に敵へ突っ込む。
『ベルの破壊を確認。勝者日向日和』
そして白繭の維持限界を迎え元の姿に戻ったエリステアの胸部を貫通した神刀が、さらに刃を斜めに沈め胸から脇腹までを引き裂く。
『エリステアの強制送還を実行します』
「黙れ」
エリステアの足元から浮かび上がった魔方陣をさらに上回る大きな五芒星の陰陽陣が異世界転移を阻害する。
「何故だ。何故人よ、我を崇めない?我こそが世の理、世の全て。世界を創りしは我が権能というに」
「なら貴様を殺せば元の世界は解放されるのか、それは都合が良い」
鷲掴みにした頭部が爆散する。
「創造神なら創造神らしく創った世界を静かに見守っていたらどうだ。それを何だ、みっともなく地上に現界したかと思えばやれ信仰しろだのと」
離した体が崩れ落ちる。光の刃は間に合わない。
右腕を切断され、横薙ぎに蹴り抜かれる。
「神の時代はとうに終わっている。いつまでも人の世代に関与するな」
空から隕石と見違える火の玉が落着し、更地が燃え上がる荒野へと変化した。
「だから貴様らは害悪なんだ。貴様らのような連中の為に心優しき退魔の同胞が幾人殺されたと思っている」
仰向けに倒れる神の四肢は千切れ焼け落ち死を目前としている。
白光がエリステアを覆い、塊を形成していった。
「また
今度は様子見もいらない。今度こそ確実に殺す。
『やめなさい日和、勝敗はついた』
必要無いとは思いつつも、一応耳に詰めていたインカムから同性の声が繋がる。
「君が来たか、閃奈」
夕陽達の通う学校の女子学生寮で寮長を担当している魔性種と妖精種のハーフ、その双子の片割れ。
日和もよく知る友好的な人外だった。
『アンタ、夕陽に加担する為にそっち行ったんでしょ?殺しは大幅減点らしいじゃない』
「殺すことで有益となる塵屑はそう珍しいものじゃない」
『ああ、そう。なら』
閃奈は知っていた。こうと決めたら聞き分けない日和という女を黙らせる方法を。
『好きにしたら?夕陽がそんなアンタを好むとは到底思えないけど』
「…………」
指を鳴らし陰陽道の結界を解く。競り合っていた異世界転移術式は一気に波を取り戻しエリステアを浚って魔方陣ごと溶けて消えた。
「…ほんと、君は厄介な女だよ」
『アンタこそ、本当に面倒な女と思うわ』
互いに皮肉を飛ばし合い、くすりと笑って森だった地域から踵を返す。
「次だ。索敵と誘導、しっかり頼むよ」
『ええ、任せときなさいな』
神を打倒してもさしたる余韻も残らない。
日向日和にとっては神退治も台所のゴキブリ退治も、そう大差あることではないから。
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