余談 ~適材適所~
「仮にもこれを『戦争』と銘打つ対決にするならば、明らかにそれに不釣り合いな者がいる」
『ふうん。さっきの神様モドキみたいな?』
元アッシュ・ブラックの跡地を去り、次なる戦場を求め歩む日和の話し相手は適当な相槌で応じる。
「そう。戦争とは個の力で勝敗を揺るがせていいものじゃない。それは戦争と呼ばない」
蹂躙、暴虐。力ある強者単体が暴れ回り勝ちの目を引き寄せる争い。
これはそういう戦ではない。
「だから戦争に邪魔な要因は排除する。人の戦いに神を投入とは野暮にも程がある。どこの陣営かは分からんがね」
『アンタもその「邪魔な要因」とやらに含まれるんじゃないの?』
「無論さ。だから私もこの戦争に深く介入する気は無いよ」
狙いは戦力の均等化……とまでは言わないが、突出し過ぎる敵の存在は五つ巴の争いに大きな波紋ないし波乱を引き起こす可能性が極めて高い。
かなり大雑把でいい加減で独断的な基準だが、日和は『敵』をこう判別する。
「私に傷を付けられる者を除けていく。当面はこれでいこう」
先の戦闘で擦りむけた皮膚や血の滲む拳を意識しながら、これを成せる相手に限定して戦いに挑むことを改めて決意した。
そうして、ふと日和は目下最大限に警戒せねばならなかった人外のことを思う。
「あの、鬼の神は負けたらしいね。非常に信じ難いことだが」
遠く離れた先で気配の消えた鬼の首魁。あれは日和の全力を以てしても勝てるか怪しい怪物だった。
倒してくれた猛者には感謝しかない。これで大きく損耗を抑えられたと言えよう。
それにオペレーターをしていた時から空を飛び回っていたのを確認している機動兵器。相当数いたがいくらか数が減っている。
あれも専門家に任せた方が手早い。破壊自体は容易くとも、あの巨体からベルを探し出して潰すのはかなり手間だ。
敵の数も多ければ、その種類も多岐に及ぶ。
目で見るより鮮明に理解することが出来た。
黒い騎士然とした機体を駆る一派は同質の敵を相手取ってくれる。
筋肉質な大柄の女は鬼神と同じ性質だ。徒手空拳のみで軒並み敵を打破し得る才覚を持つ。
奇妙な円盤を操り戦う戦士は詳細が掴めない。あれも異世界技術による戦闘能力の一つか。ともあれその格は我が子を凌ぐ。
……そして、金髪の幼女。小さなその身に納めた戦闘能力は突出している。この陣営でもトップクラスのもので間違いない。
それに何より気に掛かるのは、その幼女の隣を往く穏やかな表情の青年。
「……陽向、旭…」
退魔師の一族、陽向家当主の面影に、知らず彼女の顔に憂いが宿る。
『…日和?』
「うん?」
変化を察した閃奈の呼び掛けに、応じる日和はもういつもの調子だった。
「なにかな」
『…、いいえなんでも。ほら、ちんたらしてないで歩く歩く』
「わかっているよ」
声だけで背中を押されたように感じる日和は肩を竦めて敵探しを再開する。
(奇妙な巡りだ。貴方は一体、いつの頃の貴方なんだ?)
ここは異世界、時間軸は意味を成さない。深追いも詮索も無意味に帰す。
今はただ夕陽の為にやれることを。適材は適所へ赴くのみ。
―――――
閑話休題。
「なーんか、俺こっち来てから空ばっか見てる気がするなぁ…」
大きく陥没した地面の真ん中で、大の字に倒れた夕陽がいた。頭のすぐ横には女の子座りした幸も主を見下ろしている。
日和の馬鹿力で投げ飛ばされた夕陽は北西から大きく離れ南東へ。
辺り一面の草原。ロイヤル・ヤードのど真ん中で夕陽は黄昏れていた。
いくら〝倍加〟と〝憑依〟を用いてもあの速度、あの高度から墜落死を免れたのは奇跡でも幸運でもなく。
(自力でどうにかできないこともお見通しってわけね…)
投げられる際に掴み引き寄せられた胸倉へねじ込まれていた人の形を模した一枚の紙札、〝形代〟が落下のダメージを全て肩代わりしてくれていた。
「こっから拠点まで戻るのも骨だぞ。めっちゃ飛ばされたもんな」
とはいえ動かないわけにもいかず。ようやくあの神との対峙で受けた死の恐怖と震えが収まったのを確認して上体に力を巡らせる。
「もし」
「うおっ」
起き上がるべくして腹筋に力を入れた時、視界にひょっこり現れた逆さまの美人に思わず無様な声が漏れた。
「ああ、失礼。驚かせてしまいました?」
くすりと笑う可憐な表情に、眼鏡の位置を直す挙動が自然にマッチして映る。
人ならざる造形。その長い金色の髪も、腰から伸びる尻尾も、ヒレのような耳も、明らかに人間とはかけ離れている。
綺麗な知的美人。それも凄まじい女性らしさも併せ持つ。
幸や篠、同級生の女友達はもとより、スレンダー美人の日和とも異なる、『女性的な凹凸の激しい』タイプは夕陽にとってもあまり関わることのない相手だ。なんとも、目のやり場に困る。
「うおっぷ」
再度の驚き。首を引かれ、紅い絹のような温もりに包まれる。
「……っ」
夕陽の顔を抱き寄せて、幸が精一杯に細めた両目で敵視を示す。
「あらら」
人外の女性は、その童女の態度に苦笑を浮かべて数歩下がった。
『……主、様』
さらにインカムからは普段より幾分も低い鬼娘の声色。
悪いことをしたわけでもなしに、酷い罪悪感に襲われる。
「ちげえ。美人に惑わされただけだ、俺だって年頃の男の子だぞ」
「あは、嬉しいことを言ってくれますね。でもとっても残念」
金髪の女は、そう言って妖艶に笑う。
「私、敵ですよ」
『同意しますか?♦のヴェ』
『その女性は金色の竜ヴェリテ!強力な雷竜の一族ですっ!』
アナウンスに重なる形で、不機嫌そうな篠の声が報せた。
「知ってたよ」
この世界の住人ではあり得ない容姿、特徴。
味方のこんな女性の情報は見当たらなかった。
だったらもう、敵しかありえない。
双方の合意にアナウンスがカウントを開始する。
―――――
「―――あ」
『?』
不味い。とても。非常に。
感知から派生させた異能力〝千里眼〟で覗いた先を視て、日和にしては珍しい冷や汗が一筋垂れる。
「あれ、私の敵だ」
その竜は、日和に傷を付けられる。
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