VS金色竜ヴェリテ(前篇)


「貴方は、そんな武器でよろしいんですか?」

 カウントダウン終了、戦闘開始。

 即座にバックステップで距離を置いた夕陽へと、雷の竜ヴェリテは柔らかく問い掛けた。

 どこから取り出したのか、いつの間にやら肩に担いだ戦槌の切っ先で夕陽の利き手にあるそれを指す。

「……まあ、これしか無いんでね」

 神刀の黒鞘。より正確には、白木の鞘に真っ黒になるほど書き連ねられた意味ある梵字の集積。

 言霊同様、それそのものに宿る力を濾して抽出された文霊ふみだまと呼ばれる一種の呪詛。

 あらゆる人外に対応すべくして、日和がただでさえ強力無比な神刀へさらなるアレンジを加えたものであった。

「ふぅん…へえ。ああ……なるほど」

 竜人の瞳が何かを見抜く。戦槌を握る力が思わず強まり、その脅威を示した。

「その刀、既に竜をいますね。血を浴び鱗を砕き、竜種の壊し方を理解している」

 夕陽は言葉の意味が解らなかったが、ヴェリテの慧眼は確かなものだった。

 刃離れようと、それを納めるべき器も情報は共有されている。

 デミドラゴン・マリスを屠ったことで神刀、布都御魂は竜の性質を呑んだ。鞘であろうが、その威容が損なわれることは無い。

 さらに言えば、こと雷を統べる偉大なる竜を前に鉄刀で挑まなかったことは幸いですらあった。本人もその契約者ですらも知らぬ内に発生した〝幸運〟である。

「身体の強化はそれで全開?それで充分?」

 わざわざ待っていたことを遠回しに伝えつつ、ヴェリテは慣らしで振り回していた槌をピタリと止めた。

 深度は最奥、腰ほどに伸びた黒髪が指鳴らし一つで自然と蠢き束ねられる。

「ちょっと感動してる。ちゃんと待っててくれる相手はこの戦争でかなり珍しいみたいだから」

「それはそうでしょう。人と人の戦争ならそうでなくては」

 そして、と。続けたヴェリテの豊満な肉体から弾ける火花が見えた。


「人と竜の闘いなら、それは古来より正々堂々が世の常。叙事詩、英雄譚、神話の数々がそれを語っています」


 電気が流れ、姿が消える。

「さぁ、始めましょう」

(速っ)

 掲げた黒鞘が奇跡的に戦槌を受け止め、数瞬遅れて雷撃が落ちた。

「……ッ!!」

 視界が明滅する。意識が沈み掛けるところを踏み留まり弛んだ力を締め直す。

「やはり、貴方もまた人にして常人つねびとに無く……良いですね。わたしの相手に足る英傑の一角ひとかど

「…はっ、持ち上げんな。竜を討つには色々及ばないよ」

 この地に来て何度目かにもなる格上の相手。格落ちの神エリステアに比肩する実力の持ち主。

「でも、及ばないのを承知で来てんだ。勝機の薄さを知ってて挑んでんだ。あの馬鹿姫を勝たせて今度こそ『カンパニー』を潰すって約束したんだ」

 今この時も、複数のモニターで見ているであろう、フーダニットへ語り掛ける。

「見てろ。俺達が勝つ」

 Ⓙの陣営の残存戦力は着実に勝利を重ねている。

 負けられない、遅れていられない。

「『お前で終わりでいい』だとか、そんな弱腰じゃ他の連中に鼻で嗤われる!」

 竜の豪力を跳ね上げ全力のスタンピングを腹部へ。鉄塊を蹴ったような硬い感触に足先を痺れさせながらも強引に前へ運ぶ。

「〝天機隠形・擬似開帳!〟」

「あら?」

 全力の蹴りもまるで通じぬまま、反撃に転じたヴェリテが疑問符を浮かべる。真正面にいたはずの敵が消え、戦槌は空を切る。

 右頬を打撃が襲った。

「…っ?」

 仰け反った体勢を戻すより早く肩を木刀らしき何かで叩き落とされる。『竜殺し』を得た刀の鞘はヴェリテへ痛烈なダメージを通した。

 夕陽が吼える。その健気な威勢すら隠形の術は消し去り、連撃は瞬く間に雷竜の全体を徹底的に痛め付ける。

 八秒経過。効果切れ。

(もう一度!)

 連続発動、さらなる八秒で引き続きこの世界から存在を眩ます。

「なるほど」

 そして、最初の八秒の中でその力の本質を理解したヴェリテの行動は単純だった。

 尻尾が立ち、彼女を中心に雷撃の雨が降る。

「確かに極めて高度な隠れ身の術。ですがその力は本来こういった戦闘の場で活用されるものではありません」

 姿は消える。声も、音も、気配も、熱も。生物として当たり前に有る要素を全て隠し通すのがこの力。

 消えるだけの術に、攻撃を透過させる能力は付随しない。

 広域、全範囲の攻撃に対し隠形術は脆弱性を露呈する。

『……!』

 オペレーターとして状況をモニターしていた篠が歯噛みする。

 ヴェリテの言う通りだった。篠―――その真名に『藤原千方の四鬼・隠形鬼』を持つ彼女の本領は戦いではなく隠密と暗殺にあった。

 故にこの力は戦わずして役目を全うする為のものであり、真っ向からの戦闘で使用することをそもそもの想定に含まれていない。

「ぐ、ぅ!」

「はい、そーこ」

 二度目の八秒は何も出来なかった。雷撃に撃たれ、苦痛と共に現れた夕陽へ向けてヴェリテの小さな口がかぱりと開く。

 直後、閃光と轟音が衝撃を伴い一直線にロイヤル・ヤードの土地を抉り抜いた。

『ぁ…主様!?』

 特大のサンダーブレスを浴び、吹き飛ばされた夕陽の耳から外れたインカム。主を想い叫ぶ篠の声はもう入らない。


(…………さ、ち)

〝……〟


 鼻を突く異臭。比喩でなく身を焦がし熱に焼かれる身体が熱い。


(……五感接続、痛覚共有。……全て繋いで、全部借りる)

〝…っ〟


 本来の〝完全憑依〟とは、座敷童子たる幸との真の一体化・同化によって真価を引き出すもの。

 つまりは幸にこの地獄のような焦熱の苦痛と嗅覚が狂いそうになる刺激臭を体感させてしまう。

 避けたかった。それだけはやりたくなかった。

 幸は止めない、幸は拒まない。やると言えば、きっとこの子は果てまで付いてくる。


(さち。いっしょに、いこう)

〝っ!〟


 ここを乗り越え、共により高みへ至る為に。

 日向日和が望んだように、いつか人と人外が手を取り合える日々を得る為の、強さを。

 強さを。

「まだ動けます?致命傷とは言わずとも、戦うことは至難と捉える程度には深刻ですが」

 答えない、答えられない。

 既に喉は焼かれ、一言発するだけでも体力を要する有り様。

 どこからどう見ても満身創痍。

 、慣れっこですらある。

 ここからだ。

 日和をして、『異常なまでの執念から来る継戦能力しつこさ』と見込まれた粘りの強さ。

(勝とう。倒そう。…頼めるな?相棒)

〝っっ!!〟

 幸の気合いが痛みに軋む身体を鼓舞する。

「…ベルを破壊します」

 これ以上痛め付けることを善しとしない、ヴェリテの温情とも言えた。

 雷電の速度で迫り、拳が顎を打ち抜く。

「―――ぜ、ああぁあ!!」

 視線が空を向き、それでも。

 夕陽の拳はヴェリテの腹部へ確かなカウンターを喰らわせていた。




     ―――――

「…閃奈。今すぐフロント・ラインの状況を精査してくれ。私の望むものの位置をすぐさま示せるくらいに」

 顔を上げ、日和は端的にオペレーターへと頼み込む。

『よくわからないけど、了解。しばらく引っ込むわよ』

「構わない、今はそちらを最優先にしてほしい」

 日和の成すことに間違いはないことを長年の付き合いで知っていた閃奈も特に深く追及することはしなかった。インカムの通信が一旦切れる。

「悪いが時間を掛けてやる余裕は無くなった。遺言程度なら聞いてあげられるけど」

「なんだよ、随分な扱いじゃんか」

 ぎょろりと動く六つの瞳。ギロリと睨む三つ目の球体。

 そしてそれを背に負う一人の少女。

「あんた誰?」

「アナウンスを聞けばいい。ひとまずは、戦争を戦争のままに調節する邪魔者とでも」

 抜き身の刀を逆手に持ち、律儀にアナウンスが両者の合意を得るまで待つ。一応は陣営の一人として、つまらぬことで勝利の価値を下げたくはなかった。

「そっか。俺様は、あやかだ」

「そうか。興味が無い」

 泥が湧く。ドス黒い人型がいくつか起き上がる。付近の動植物が死に果て枯れ落つる。

 正気を削ぎ取る異質を放ち、高月あやかは頬を紅潮させて対面の敵を見据えた。

「つよい。強いなあんた。やばいヤバそう惚れちゃいそうだ」

 素面で狂気に身を浸す、その少女は人にして神へ手を伸ばす者。

「やろうか!おら、俺様を楽しませてみろよ!!」

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