VS金色竜ヴェリテ(後篇)


 硬い。

 女性らしさに溢れた柔肌のように見える表皮も、人化しているとはいえやはり竜のそれ。

 衝撃に対し相応の強度となって殴った夕陽の拳を痛める。

 だが、

(浮か、せたァ!!)

 歯を剥き木刀を握り潰すつもりでがっしりと握る。

「っ」

 金色の竜は明らかに木刀の接触を嫌がっている。証拠に、拳での殴打とは違い木刀の攻撃に対しては正確なガードで急所を捉えられるのを避けていた。

 ヴェリテに対抗出来る唯一の攻め手。

 これだけは手放せない。骨砕け肉千切れようとも、これだけは。

「…いいですね、とても良い。これでこそ我らが在り様、我らが生き様。だけどやっぱり、とても残念」

 徒手空拳も織り交ぜ、フェイク込みでの木刀乱撃。ヴェリテは巨大な戦槌を棒切れか何かのように軽々振るって弾きいなし競り合う。〝完全憑依〟で人の域を超えた力を引き出し続けても、人を超える膂力に追い縋るのが精一杯。

 加えて、竜にあって人にはない攻撃手法。

「チィッ…!」

 顎先を掠める尾が雷撃の痺れを残していく。

「経験も年月も、まだ対等とは程遠い。あと十余年あれば、あるいは人化の私なら負けていたかもしれませんのに」

 跳び上がったヴェリテが落ちて来ない。翼持たずとも、人化の雷竜は飛翔する術がある。

「ああ、ああ、とても―――残念」

(舐め腐りやがってこの女…ッ!!)

 掲げた片腕から雷が集い、墜ちる。

 一度喰らって瀕死の有様。二度目はなんとしてでもあり得ない。

 その為の策は練ってあった。正確には、今の今まで練り上げていた。

(来い!)

 幸に呼び集めてもらっていた地中の金精に命ずる。地面の鉄分が寄り集まり形を成し、それは無数の鉄柱として地を突き破り屹立した。

 簡易的ではあるがその効果は著しい。雷撃は軌道を変え鉄柱をなぞり、地を這い拡散される。

「避雷針、とやらですか」

 敵の声には応じない。踏み出すタイミングで火精を足裏で爆裂させ常人では成し得ない大跳躍を成す。

 空中のヴェリテと数撃打ち合うが、やはり竜の撃力には叶わない。

(殺したくは、ありませんが)

 それは人を見下す竜種の慢心か憐憫か。ともあれ殺し合いとも取れる戦争の中で、雷竜ヴェリテは人の健気な反抗に敬意を持って生かしたままの勝利を望んでいた。

 夕陽はそれが何よりも気に喰わない。

 何がなんでも追い込んで、その上で全力の竜を討つ。

(…殺すぞ…!!!)

 だから、殺しに来い。

 間近で見据える眼光の鋭さに、ヴェリテは言葉以上に人間の真意を読み取った。怖気すら覚える意地と不屈の権化。

 足りない経験を意志で、及ばぬ年月を執念で補う。

 元々の地力が違い過ぎる竜に対し、何故人が勝つ物語が一般的なのか。

 その瞳にヴェリテは思い出した。

 一瞬でも敗北を意識させられた雷竜の咆哮が、意図せず人化した口から洩れる。

 放った瞬間に後悔した。二度目のサンダーブレスに抗えるほどの耐久を、今の少年は有していない。

 自身ですら目を細めるほどの雷光の先から、伸びて来る黒焦げの左手。胸倉を掴まれる。

「!?」

 さしもの雷竜もこれには驚嘆を禁じえなかった。ブレスの中から五体満足で人間が現れるなど見たことも聞いたこともない。

 とある神社でひたすらに神気を溜め込む幻獣種の片割れ。あらゆる邪悪を跳ね除け拒む戌の人外。

 拒魔こま、すなわち狛犬としての威容を宿す巫女娘、紅葉くれはより餞別に貰った護りの札。その三枚全てを重ねた大防御が無ければ塵も残さず消え失せていたところだ。

 胸倉を掴んだまま、一片の容赦も無い木刀の一撃で地表まで殴り飛ばす。落下までの時すら惜しく、その間にも二撃、三撃とヴェリテへ竜殺しを帯びた破魔の力を浴びせる。

 勝機はあった。あとはそこまでをどう持っていくか。どれか一つでもしくじれば負ける、死ぬ。

 ヴェリテの尻尾が肩に突き刺さる。流れる雷に体の自由が幾分奪われるが、寧ろ好都合。距離を取られる前に尾を掴み共に墜落。重力と体重を一挙に乗せた垂直落下で如何程のダメージを与えられたかは期待していない。

 すぐさま拳を握り、その内にある攻性霊力破魔の符の威力を解放。本来は圧縮して砲弾や弾丸のように射出するものだが形振り構っていられない。

 ブーストされた打撃はヴェリテではなくその真横の地面を叩いた。大きく揺れ、二人の落下で生まれたクレーターがさらに深く広がる。噴煙が巻き上がり土煙が四周を覆った。


 ―――リンッ。


(…煙幕、…と?)

 覆い被さっていた夕陽は拳を叩きつけると同時にヴェリテから離れ煙に紛れた。体勢の立て直しを図るつもりだろうがそうはさせない。

 既に煙る視界のそこかしこに鉄柱は配備されていた。落雷は当たらないだろうがどうでもいい。

(全域を破壊してしまえばそれまで)

 先程と同じく、見えないのなら見える全てを巻き込めばいい。最強に次ぐ実力者の雷竜を前に五感の一つを封じたところで無意味だということがまだ分からないらしい。

 チャージまでそう時間は掛からない。阻害しに来るならそれも良し。

 爆雷に呑み込まれるか、再び白兵戦に持ち込むか。

 人間は後者を選んだ。視界の端で人影が動く。背後を取る前に気取られたのは痛かった。

 目にも留まらぬ速さで振られた尻尾が人影の脇腹を打ち、動きを止めたところで貫手を胸部へ刺し込む。さらに追い打ちで流し込んだ雷は並の人間を感電死させるに十分な威力だった。

「ごはっ、が、ぁ……!」

 内外から身を焼かれ、多量の黒煙と鮮血を吐き出した男が最期の足掻きとばかりに胸を貫くヴェリテの腕を抱えた。

「…。―――…っ!」

 勝利を確信したヴェリテの表情が疑惑から驚愕へ変わる。

 眼前の男…その輪郭が掴めない。いや男なのかすら、分からない。中年の男性に見えているはずの認識は秒刻みで揺らぎ、その正体はこの距離ですら判明しない。陽炎のように揺らめき続けるこの男は、日向夕陽ではない。

『やぁれ、やれ。こんな役回りばかりだな僕って存在やつは』

 即死級の重傷を負って尚も不敵に笑う男(?)は、そう言って指で自分の耳に付けられているものをコツンと小突いた。

 それはブレスの直撃で夕陽が落としたまま行方知れずだったインカム。

『「服の内ポケット」。…子鬼のお嬢ちゃんからの伝言だよ』

 ヴェリテに向けた言葉ではない。『服の内ポケット』、そこに何があるのかを知っている。それを壊すことが何を示すのかを知っている。

「りょ、う、…かいっ」

 掠れ爛れた声帯を震わせ、振り返るヴェリテより一手素早く。

 なけなしの余力を振り絞り生み出した掌の火球を爆散させ、正確な位置を知らない大雑把な爆発がヴェリテのベルを破壊した。




     -----


 ―――…………、


『先に言っておくけど、負けた腹いせに彼を殺そうってんならやめておくことだね。次に死ぬのは君の番だから』

「…貴方が、私を?」

『まさか。もっとおっかない人がいるのさ、この少年の上にね』


 ―――………、


「そんなこと、しませんよ。負けたのだから、潔く去りましょう。ただ…彼をこのままに、とはいかない。手酷く傷付けた当人…いえ当竜としてはね」

『そりゃいい、なんとしてでも介抱してあげてほしい。はもう現界の限界だ。まったく十二時間のインターバル直後に呼び出されるとは思ってもいなかった』


 ―――……、


『さてもここから消えるよ。君にやられた傷が痛すぎてもうこの世界に滞在していたくない』

「それは失礼を。まあ、貴方は多次元重複の性質をお持ちのようですし、『今の貴方』は次元移動ですぐ消失するのでしょう?」

『理屈の上ではね。っとと、ほんとに限界だ。それじゃ、精々彼を労わってあげてよ。君が散々見下した人間の勝利を』


 ―――…、


「…ええ。久方ぶりに、人の真価を魅せてもらいました。その御礼はしませんと」

「……」

「そんなに警戒しないでくださいな、お嬢さん。もう、彼に手出しは致しませんので」

「…っ!」

「…小さな女の子にここまで嫌われると、結構、くるものがありますね…。私、他の竜の仔には好かれる方なのですけれど」


 ―――、


「日向夕陽、でしたね。ひとまずは彼の手当てを行いましょう?貴女も、主の死を看取りたいわけではないはずです」

「……」

「はい、ありがとうございます。ふふ、私これでも医療の心得があったりするんですよ?電気治療とかすっごい好評なんですから。…殺す者、壊す者は同様に癒す者、直す者であるべきですからね」


 俺の意識は、ここで一旦途絶した。


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