VS高月あやか(前篇)
「あはははは!正義は勝つ!正義とはヒーロー!そしてヒーローとはこの俺様!すなわち俺様が勝ぁつっ!!」
わざわざゴミ山の上に登り高らかな宣言をするは最も神に近い人間。高月あやか。
戦場となったスラップスティックには既に大量の泥が浸食しており、その場にいた荒らし人は軒並み呑み込まれてしまっている。順次皮を剥がされ泥の少女に着せ替えられていた。
「……」
凄惨。地獄に近しい光景の中で、あやかとの戦闘に合意していた女性は今、ゴミ山を吹き飛ばし一つ後ろの山積に身を埋めていた。
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六分前のことである。
戦闘開始のアナウンスを終え、まず先手を高月あやかが打って出た。無数の泥人形をけしかける。
(警告のアナウンスは…無し。まあ、幸が武装兵器扱いで許可されるんだから泥が人型を取ったくらいではルールに抵触した扱いにはならないか)
蠢く奇怪な泥の少女は数に任せて日和を包囲する陣形を敷きつつも手近な者から順次襲い掛かる。
「刀が汚れるね」
蹴りの一発で少女の首が真逆に折れ曲がり頽れる。
周囲の泥は確かに並の実力ではない、それでも日和にとってみれば雑魚同然だが。ともあれ一つ一つを馬鹿正直に相手取っていればそれだけ手間と時間と労力が掛かる。
まともに全てを倒して本体を、などという王道は通らない。
「邪魔だよ、〝集水弐式改…」
日和の周囲に泥ではない純粋な水分が集まり、意思に従い発動者を囲う円陣の形を成す。
「
声に応え、水は急速にその円環を回転させながら広げ、高速回転する水流の切断力が四周の形ある泥を纏めて上下両断する。
斬り裂かれた泥がバシャバシャと落ちるのも視界に入れず、そのまま広がる水流の円環を片手の指示で飛ばす。
チャクラムのように飛来する水刃が奥に立っていた本体の首を刎ねた。
(当然偽物。さて本物は)
日和が相手取る。それだけで敵の力量は相応のものと判断している。こんな簡単に殺せる相手では無い。
足首に圧迫。視線を下ろせば黒い汚泥の中から白い右手が伸びていた。
死んだ泥の中を這って来た。普通なら正気を保てないはずの悪辣極まりない泥は完全に少女のものとなっているらしい。
「つっかまっえたー!」
「〝伍式・
余りの水分を用いて腕に纏わせた水の装甲。防御の式は土行が最優なのだが泥に汚染され付近の精霊種が軒並み殺されていた。
足首を引っ張りずるりと泥から這い出たあやかの拳が振られ、そしてブレる。
「リロード、リロードリロードリロード!!」
一撃は二撃、そして四撃から八撃。
数だけではない。威力すらも増大し、瞬く間に視界を埋める拳の殺到。
片手間の水行で受け切れるものではなかった。
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(増幅か。それも私達の世界での異能とは規格が違う)
あんな速度、あんな無尽蔵な性能を有する異能は存在しない。少なくとも日和の世界では。
ただ無制限ではないらしい。叩き込んだ拳は数の分だけ戻った腕の一本に衝撃が集約されている。骨を突き出し皮の剥げたグロテスクな右腕は、しかし瞬時の内に元通りに治る。増幅による再生力強化だろう。
「…おっ!やっぱ生きてた!ははっ、どうよ俺様かなり強いだろ!?なんなら皮くれれば従属させてやってもいいんだぜ?」
体に付着したゴミを払いつつ、依然として油断なく泥を周囲に配置させる高月あやかが山の上から見下ろす。
全容は未だ未知だが、解った。
少なくとも、この異世界においてアレは制限を課された神エリステアより上だ。
僅かばかり、いや多少以上は本気で掛からねばならない。
「…んむ」
ピッ、と。人差し指で山の上にいるあやかを指す。
「あん?」
くてんと首を傾けるあやかには取り合わず、意識はその周囲へ。不可視の存在を捉え、この状況下で扱える術式を探る。
土は汚染されたがただそれだけ。土行が使用不可になった程度では他の術にさほど支障はきたさない。
主軸に使うとするなら引き続き水か、あるいは。
「これか」
ボゴォ!!!
「んぉお!?」
ゴミ山が真上に吹き飛び、地中から飛び出た大樹が鋭利な枝葉であやかを串刺しにし尚も空へ向け成長を続ける。
やはり土壌が死んでいるせいでかなり減衰はしたが、〝
だが、死んだ土地では木行の相生はいまひとつ。
「いやこっちだな、〝劫火〟」
あやかを貫き直上へ伸び続ける樹木のさらに上空で火花が散り、急速に大気を喰らい膨れ上がった火炎が滝のように直下へと墜ちる。
「〝陸式・
火炎放射器の数百倍にも相当する大火力が、上昇する樹木と真っ向から衝突した。当然、その先端に串刺されていたあやかが灼熱の中で塵芥と化すのは必然であった。
「―――リ、ロード…リロードリロード、……スペアァアああ!!!」
上空で木片と火炎を纏わりつかせたあやかが二つの属性を薙ぎ払って地表へ着地する。
「くっ、ははははっはははは!!どうよこれ、俺様すげー!!」
「ああ。常軌を逸している」
空を仰いで吼えるあやかの首が今度こそ刀の一閃で飛ぶ。
「おォっと!!」
首から離れた頭部を片手で鷲掴み、強引に切れ口に押し当てる。それだけで縫合も無しに切断面が癒着した。
「化物め」
「お互い様だろおねーさんっ」
大業物の一振りは〝
「まったく気味が悪い。ベルが子宮内部にあるだと?」
「そっちは飲み込んでんじゃん。普通やる?そんなこと」
互いに互いの特異な能力なり性能なりで相手のベルを把握し、その異質に互いがドン引きしていた。
打ち上げた拳で空いた胴体に日和が風穴の空く程の蹴りを穿ち、後方にたたらを踏んだあやかへと戻した足元から猛攻が具象化される。
「〝金剛参式〟」
「リロードリロードリロードリロードリドぎひゅ噛んだッ!」
地上を覆うぬかるんだ泥を破り、地中の金精がなけなしの余力を振り絞って現れる。それは粘土細工のように柔軟な動きを見せる、荒れ狂う鉄の蛇。
「〝
「リロード、キャノンショット!!」
巨大な鉄蛇を打ち砕く、拳から練り上げられた空圧の砲弾。
(子宮か。ヤツ自体を滅ぼした方が良いのだろうが、あくまで今は生殺の話ではなく勝敗に重きを置く戦争の最中)
(胃、…胃かぁ。人間の中身ってちゃんと見たことあったっけ?無かったな。よしちょうどいいや)
粉微塵と化した金剛の術式が鉄片の雨として降りしきる中、方針を固めた両名が互いに歩み寄りながら同時に言葉を放つ。
「「
どちらも一方的、どちらも最初から返答や拒否など受け付けていない。
神に近い者と神を殺した者の引き起こす激震は近傍の代理者達を知らず遠ざけていた。
「「―――行くぞ」」
塵の山々で構成されていたスラップスティックの土地が見晴らしの利く平地と化すのに十分と掛からない。
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