VS高月あやか(後篇)
日向日和が旧姓を『遣う』ということは、彼女がもう出したくないと散々渋っていた本気の領域に踏み込むということ。
退魔師陽向日和はそういった手合いとの戦闘に心底うんざりしていた。
「どうしてこうも平和が遠ざかるものかね」
打ち返した拳撃の余波が泥ごと近傍の障害物を消滅させる。
「ははっ!おら、愚痴垂れてないでさ、もっと俺様を見ろよ!」
不気味な眼球を背負う少女のラッシュを神刀で破壊しながらも、日和はその性質にどう対処したものかと考えあぐねていた。
真名を以て『日和』の能力は解放されている。触れた対象の力を衰退、減勢させ威力を強制的に落とすのがその主だった性能。
だがほとんど意味を成していない。『日和』の性能と〝増幅〟で無尽蔵に上昇し続ける性質が競り合っていた。
無限に増えるものを無限に減らし続ける苦行。これを徒労と言わずなんとするか。
(なるほど。夕陽が異世界に辟易するのも納得だね)
こちらの世界とはまるで違う。異世界ではチートが平然と横行しているらしい。まだ純粋に力で押す神の方がやりやすかったくらいだ。
確かにこの戦争、ただの殺し合いで無くて本当に良かったと感じている。
(一撃で半身を吹き飛ばしベルを壊す)
当初は本気で臓腑を引き摺り出して子宮を切り開いてやろうとも考えていたが、それでは手間が掛かり過ぎる。それに腹を掻っ捌いたところですぐさま再生して閉じるのでは意味が無い。
手数は相手が上、だが傷を付けているのは日和という奇妙な戦況。回避するだけで通過した衝撃が周囲を粉砕していく。
ひとまずは手足を捥いで達磨にでもしてやろうかと考えるが、欠損すら修復するならこの怪物を物理的に行動不能にするのは無理なのかもしれない。
どうするか考え続けながらも何度目かになる刀傷を刻んだ時、あやかの背後から睨み続ける瞳の一つと視線が合った。
「!」
身体が一瞬だけ硬直する。直視した狂気の瞳による圧力を
「そこだぁ!!」
容赦なく差し込まれる高密度の殴打。ただでさえ人間にしては強靭過ぎる高月あやかの数千発分に相当するショットパンチを受け、日和の体がくの字に折れ曲がった。振り抜いた拳に流されるまま退魔師の姿が消えたと錯覚する速度で吹き飛ぶ。
「逃がすかよっ」
あやかが指を立てると、ひとりでに泥が持ち上がり吹き飛ぶ日和の軌道上に壁のように展開された。その内から長身矮躯の金髪モヒカン男がぬめりと現れ青白い波動の塊を投擲、直撃した日和が地上へ落下する。
待ち構えていたかのように巨漢の鎧武者が赤熱する鋭槍を携え、落ちて来る日和へその切っ先を定めた。
「……はぁ」
呑気とも取れる場違いな溜息と共に、空中で半回転した日和の振るった刀が斬撃を放つ。
鎧武者は肉体を斜めに両断され、斬撃はその直線上にいたあやかまで到達する。
「ぃぃよいしょお!」
これを難なく相殺…し切れず数歩後ろへ下がる。
「まったく、随分久しぶりだ。自分の血を見るのはね」
腹をさすりながら眉間の擦り傷から流れる血を拭う。
「完全に悪役側の台詞じゃんか!あー、さってはあんたヴィランだな!?」
ベル所有の代理者との戦闘であるにも関わらず相手の認識を間違えたままのあやかには応じず、日和は頭上を仰ぐ。
蚊を払うような仕草で青い波動弾を散らし、その手から先刻のものより十数倍は大きな波動弾を生み出す。
「利子だ、釣りはいらんよ」
豪速で放たれた波動弾にモヒカン男は中身の泥ごと爆散した。〝模倣〟の異能はその対象を理解していれば威力も意のままに調整して再現できる。
「やれやれ、…
鬱陶し気に足元の泥を蹴り散らしながらゆっくりと歩く日和の右手が、人差し指と中指とを立て印を結ぶ。
「〝魔を祓う。この身は邪に『臨』む『兵』〟」
「おっなんだ必殺技の気配がする!やっちゃえ皆の衆!!」
主の声に泥から次々と皮を被った人型が湧いて出る。この異世界で出会った数々の生命。エルフを筆頭にゴミ山を漁っていたこの国の人間、野盗、どこぞの陣営に所属していたらしきヴィランの姿まである。
「〝討ち滅ぼす。この身は退魔を担う『闘』う『者』〟」
流れるように斬り殺し、泥に捕縛された命を解放していく。日和の視線はただあやかのみを捉えていた。そんな冷徹に目標を見据える瞳にあやかはゾクゾクしていた。
「〝解き放つ。『皆』は『陣』を敷き『列』を組め〟」
指先が淡く光り始める。大した脅威こそ感じないが、相手が相手。どんな力を出してくるかわかったものではない。
陽向日和は泥人形では相手にならない。即断即決で自ら跳び出る。
「〝九字の法。我が仇敵は眼の『前』にこそ『在』り〟……ほれ」
より輝きを増した二本指で中空に線を引く。
縦に四、横に五。
条件成立、術式展開。
「〝
「ぶぅっ!?」
「いだだだだだだっ!なにこれなんだこれっ」
「…人間にはさほど効果は無いはずなんだが、その後ろのに反応してるみたいだね」
背後の眼球ごと囲う大きな光の檻。その内側にあやかは捕らわれていた。
『成身僻除結界護身法』。より一般的には『九字護身法』と呼ばれるもの。
九つの意味ある文字から成る『九字』に依り、特殊な印と所作を成立させることで引き起こされる陰陽道の術法。
調伏の格子は対人外において無類の硬度を誇る。
そう。
対人外においては。
「リィ……!!」
ビキビキと音を立てる拳を思い切り引き絞り、あやかが力を増幅させる。
ただの怪力を前に退魔師の扱う不可視の障壁は本来の強度を発揮しない。精々が背後の魔女を縛り上げる程度。
「ロォ」
「させるか」
だからもう一つ、足す。
「〝五行結界・
あやかを中心に五芒星が浮かび上がり、各頂点に追加で現れた五つの円陣が梵字を加え方陣の意を印す。
「ド―――ッ!!」
光の檻に迫った拳が寸前で止まる。否、止められる。
腕を縛り上げる鉄鎖が幾重にも絡まり片腕を封じた。
炎の鞭が左足を焼きながら纏わりつき、樹の蔓がもう片方の腕を締め上げる。土の枷は右足を深く地に沈め、最後に水の縄があやかの首を縛って地面に杭を穿った。
五行隷属使役法、最奥の秘技。
神種すら簀巻きに出来る陽向家の奥義。
よもや人を相手に使う日が来るとは思いもよらなかったが。
「ふぬぬぬ!…リロードリロードリロードリロードリロード!!!」
「無駄だ脳筋、もう物理でどうこうできる領分じゃないんだよそれは」
今なお光る二本指でつつと刀身をなぞると、九字の術式が刀へと移行する。
九字の法は縛るだけのものじゃない。縛り、滅する。そこまでやって〝九字の刀印〟という術式は完了する。
「〝早九字・
居合いの要領で鞘の無い刀を腰溜めに引き抜く動作で振るう。
魔を討つ断魔の太刀はあやかの下腹部の位置から真横一直線に上半身と下半身で両断。次いで背後に背負う七つの眼球も破邪に当てられ刹那の内に蒸発した。
「―――あんた、ほんとに人間?」
「……聞き飽きたよ、その言葉は」
溢れ出る臓器の中から二つに別たれたベルがころんと落ちる。
傾く上半身。視線を数秒交錯させ、振り抜いた刀を両手で掴み直し大上段。
二発目の断魔を直上から振り落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます